神々の黄昏
今私は神々に囲まれています。
ラセムの実はテーブルに置かれたまま、忘れ去られたようです。
さきほどから知恵の神様とササナさんがよくわからない話をしています。
私について話をしているというのはわかるんですけど、内容はチンプンカンプンですね。
「GMに聞いてみる? でもGMも個人の設定には干渉できないんじゃなかったかな」
「そうですね。たしか以前GMが権限を利用してセクハラ事件を起こしたことがあって、
それ以来プライベートな設定に干渉はできなくなったはずです」
「運営に直接聞くしかないかぁ。
でもメルシャちゃん運営に連絡する方法もわからないみたいなのよね」
「僕達が連絡したとしてもメルシャさん自身に設定を変える意志を示してもらわないと、
悪戯と勘違いされそうですね。間にGMに入ってもらえればあるいは…」
どうも私が要点をまとめると、
私に触れることが神様たちにとって問題になっているようです。
下界の者に触れてしまうと汚れてしまうという奴でしょうか?
でもどちらかといえば、私を心配しているみたい…。
ひょっとしたら神々の神聖な気は下界の者には刺激が強すぎるのかもしれません。
それなら納得できますね。魔物ではないですけど、
神様に直接触れられるなんて刺激が強いと思いますし…。
でもササナさんに触れられても問題なかったような…。
おそらくはですけどササナさんの加護を得た事で
神気に対して耐性がでてきた…いえむしろ私自身が神気に適応しはじめているのかも…。
「あの…私はこのままでも大丈夫です」
おずおずと考えていることを口に出します。
神様たちの話している間に割って入るなんて不敬な気もしますけど、
私なんかに気を使うことないですからね。心配ないですと意思表示しておきます。
このまま神気に触れることで、私自身も神聖な存在になれるかも…
なんていう打算はこれっぽっちもありません。本当です。
「それに…ササナさんに触られるの嫌じゃないです…」
すみません、やっぱりちょっと打算入ってました。
出来るだけ触れてもらって神聖な力を身に着けたいです。
そうすれば魔神にも少しは抵抗できそうな気がします。
「んんんっもぅ…この子ったら!!」
ササナさんに抱き寄せられます。今度は息苦しくないので大丈夫です。
「はぁ…まぁメルシャさんがそれでいいのなら僕達もそれ以上言う事はありません。
ですけどできるだけ秘密にしておいたほうがいいですよ。
中には変な事を考えている者もいますからね。そこのアリオンみたいに」
「ちょっなにいってんだ!? 俺はいつだって紳士だぜ」
「タビコ知ってます。ちょくちょくアンズさんの胸元見てるの。
私の方を見た事一度もないのに」
「えぇっ、アリオン君そうなのぉ。全然気が付かなかったなぁ」
「ちょっ誤解ですアンズさん。おいタビコ! それは今言う事じゃないだろう」
「メルシャちゃんに注意喚起は必要ですよ。
半径三メートル内には近寄らないように伝えておかないと」
「よしわかった。神武装甲が防御だけの職じゃないというのをお前で知らしめてやる」
「タビコ襲われちゃうんでしょうか。あっ、ササナの胸元もたまに見ていましたよ」
「へぇ…メルシャちゃんの為にもちょっと教えておく必要があるかしら…」
「おっ、待て。流石に二人がかりは反則だぞ。
というか俺が胸元ばかり見ているような言いがかりはやめてほしい」
なんだか神様達が剣呑な雰囲気を帯びています。まさか神話に語られる神々の黄昏?
その時になると神様みんなで喧嘩をするとのことです。私はここにいて大丈夫なんでしょうか?
どこかに避難したほうが――
「お前らちょっと落ち着け」
……やばかったです。もう少しで失禁してしまうところでした。
魔神の冥府から響いてくるような声で神様達の騒ぎが収まりました。
やはりリーダーと言われるだけあって、
その力は別格のようです。私なんかにこの魔神をどうにかできるのか、不安になってきました。
「とりあえずは最初の話だ。メルシャちゃんからラセムの実について尋ねるんだろう」
「ごめんごめん。ちょっとふざけすぎてたわね。
えっと…改めて聞くわね。この実ってどこで入手したのかな?」
ササナさんから尋ねられます。たぶん四つじゃ足りないから
もっと採ってこようとしたんでしょう。
言ってくれたら私が採ってきますよと伝えると首を振られました。
「いえ、自分の力で採らないとだめなのよ。
もちろん無理に教えてとは言わないわ。ここにいる人達も無理には聞かないし、
もし無理に聞こうとする人がいたら私が守ってあげるからね」
そう言ってウィンクされました。
綺麗なのに可愛くもあるなんて女神さまはやっぱり反則ですね。
とはいえ教えるのは別に問題ありません。ラセムの木を見つければいいだけですから。
ただ採ったことのない人は分かりにくいかもしれないですね。
一度見本を見せたほうが良いかもしれません。
故郷の村でもラセムの実を採るのは得意でしたから。
ただ…林に行く必要があります。故郷の村まで帰ればありますけど、
この近くだとあの林しか知りません。
さきほどまで命の危険があった場所ですから、どうにも足が重くなりますね。
「林の魔物? ふふっ、それなら私達に任せてもらえば大丈夫よ。
こう見えて私達強いんだから」
いえ、どう見ても強いのはわかります。
ただ神様達にわざわざ足を運んでいただくというのが心苦しいというか…。
でもみなさんやる気のようです。魔神さんにいたっては殺る気に満ち溢れています。
「久しぶりに冥獄甲冑をだすか…」
ボソリと怖ろしい言葉が聞こえてきました。今の鎧よりも更に危険な物でしょうか?
先ほどまで襲ってきていた魔物達が逆に可哀想になってきました。
「あっ、メルシャちゃんこれ使ってみて」
ササナさんから渡されたのは…ブレスレット?
「あまり装備を渡し過ぎるのも問題があるんだけど、これくらいならいいかなって。
このブレスレットを身に着けると防御力と状態異常の抵抗力が上がるから、
いざという時の助けになるわ」
それは青白いブレスレットでした。装飾は派手ではないですけど、
それが逆にブレスレット本来の持つ魔力を引き立たせています。
おそらくは神器。神話に語られる装備のひとつかもしれません。
きっと魔物に襲われていた私を心配してですね…。ありがたく賜ることにします。
さっそく手首に装着します。
んんっ…身体全体に見えないベールが降りて来たような…。そんな感覚を感じます。
今なら魔神とも渡り合――
目があった瞬間無理だとはっきりわかりました。
魔神は先ほど以上に禍々しい赤黒い鎧に身を包んでいました。
どうやらまだ本気ではなかったようです。
絶望。その言葉はこの魔神の為に存在しているのかもしれません。
「それじゃあ出発しようか。
この中じゃ転移が使えないから、ひとまず外に出るとしましょう」
私はササナさんと手を繋いで神々の間をあとにします。
この手を離すと絶望に捕らわれる気がして、強く強く握りしめました。
さて、一瞬で林まで移動しました。二回目ともなれば私も慣れたものです。
さっそくラセムの木を探すとしましょうか。
周囲には輝かんばかりの装備を身に着けた六柱の神々。
あっ、おひとりだけ血と臓物を塗りたくったような赤黒い鎧ですけど…
とにかくこのあたりの魔物相手なら過剰戦力といえますね。
ラセムの木は葉の形でわかります。特徴は葉の周囲がギザギザになっているところでしょうか。
私は頭上を見上げながら移動を開始します。
躓かないようにだけ注意ですね。魔物は現れた瞬間から消え去っています。
文字通り現れた瞬間です。
まるで現れる場所がわかっているかのように、
見えた瞬間攻撃が行われいなくなっていました。流石の一言です。
あっ、ありました。特徴的な葉…間違いなくラセムの木ですね。
ただ知らないと気が付かないんですよね…。
ラセムの実は葉の下に葉と葉で隠れるように生っています。
熟しすぎて地面に落ちるとわかるんですけど、
大抵は地面に落ちた時点で潰れて食べられません。
ここからは木登りの時間です。
故郷の村ではこの木登りのおかげでラセムの実を採る量が他の人よりも多かったのです。
私にとっては楽勝です。スッスッスッと枝を上手く掴んで登って行きます。
数秒で木の高いところまで来ることが出来ました。
下を見おろすと神々の方が心配そうな顔をして見ています。
あれ? 男神の方達が地面を見ています。どうしたんでしょう。
せっかくの雄姿を見ていただきたかったんですけど。
ともあれ葉の茂っているところまでくることができました。
ここで葉と葉の間の実を落とさないように採る必要があります。
ふむ……ありました。ラッキーですね。
見飽きた――見慣れたラセムの実です。
私が下の方たちにラセムの実を見せると歓声が起こりました。
よほど食べたかったんですね。
ラセムの実ですけど、一本の木にそれほど多く生っているわけではありません。
だいたいこの木くらいなら六個くらいでしょうか。
この実を探すのが結構大変なんです。葉を動かさないと見えないですし、
カバンを持ったまま木登りする必要があるので慣れていないと危ないです。
私が降りるとササナさん達が駆け寄ってきます。
「すごいわメルシャちゃん」
勢いよく抱きつかれてしまいました。
神々の間の時からササナさんからよく抱きつかれている気がします。
ひょっとしたらこれが女神さまの寵愛?
故郷のみんなに教えてあげたいですね。
故郷に女神さまの祭壇を建てても良いかもしれません。いえ是非建てるべきですね。
「これはわからないねぇ。よく知ってたよねメルシャちゃん」
タビコさんも感心したように言ってくださいます。
「故郷でよく採ってましたから」
「? 故郷?」
タビコさんが一瞬考えるそぶりを見せましたけど、すぐに元の笑顔になりました。
深く考えない方なのかもしれません。
「なるほど…この木の葉の下に生っていると…。
これはタビコさんとアンズさんにお願いした方がいいですね」
タビコさんは頷いて軽やかに木を登って…登って?
木の幹を走った気がしますけど見間違いでしょうか?
アンズさんは何か唱えるとフワフワと空に舞い上がりました。これは飛行の魔法!?
これもかなり高等な魔法だと聞きます。村でも使えるのは数人いるかいないか…。
特に制御が難しいんだそうです。
アンズさんを見ていると特に苦労しているように見えません。
フワフワと移動しながら葉と葉の間を確認してまわっています。
「じゃあ俺たちは周辺の魔物が近寄らないように警戒しておくか」
「了解です。といってもこのあたりの魔物なら問題なさそうですが」
事実、魔物が現れた端から消えていってます。上のお二人も探し終えたみたいですね。
私は落ちていた葉を一枚拾ってササナさん達にみせます。
「この周囲がギザギザしているのがラセムの木です。
これを目印に探すと良いと思います」
「なるほど…たしかにギザギザですね。それじゃあ手分けして探しましょう。
見つけたらメッセージでタビコさんかアンズさんを呼ぶという形で」
知恵の神様の提案に他の方たちも頷きます。私はササナさんと一緒に行動することになりました。
私以外は一人でも問題ないみたいですね。流石は天上世界の方たちです。
だいたい一時間ほどで神々の間に戻りました。
テーブルの上にはラセムの実が山のように。たぶん三十個はあるんじゃないでしょうか?
「メルシャちゃんのおかげよ!」
ササナさんが凄く喜んでくださいます。私も役に立てて嬉しいですね。
女神さまの第一使徒として鼻が高いです。第一使徒というのは今決めました。
「ああ、助かったよ。とてもじゃないけど自力で気が付くのは無理だったな」
魔神も喜んでいるようです。どうやら借りが返せたようですね。
ここからは貸し借り無しの勝負です。もっと強くなったら挑みたいと思います。
「リーダー、相談なんだけど…メルシャちゃんを私達のクランにどうかしら?」
ササナさんが魔神に何か持ちかけています。クランとはなんでしょう?
「今回のことがなくても、機会があったらメルシャちゃんを誘おうと思ってたの。
みんなもどうかな?」
「私は賛成ですよ。クランも楽しくなると思います」
タビコさんが笑顔を向けてくださいます。
「私も賛成かなぁ。妹ができたみたいでお姉さんも嬉しいなぁ」
アンズさんも慈愛の視線を向けてくださいます。
「聞くまでもないだろう。クランの仲間としてだけじゃなく、友達からお願いします」
アリオンさんが凛々しい顔でおっしゃいます。
友達なんて恐れ多いので謹んでお断りさせていただきます。
「……レベル差がありすぎるのが少し心配ですけど、
メルシャさんがよければ僕としても歓迎ですね」
知恵の神様がそうおっしゃってくださいます。
「そうだな…。最近は新規メンバーの募集をしていなかったし、
ちょうどいいタイミングかもしれないな。
全許可で心配なところもある。メルシャさんがよければ我々は歓迎しよう」
魔神がこちらを見て頷きます。
ひょっとしたら私を戦うに値する相手として認めたのかもしれません。
少し血が滾りますね。
「メルシャちゃんはどうかな? 一人が良いというのならもちろん無理にとは言わないし、
私はクランに入らないとしてもメルシャちゃんとは仲良くしたいから」
すごく有難い申し出です。クランというのがよくわからないですけど、
おそらくは神々の住まう世界に招かれているのでしょう。
ササナさんをはじめ魔神以外は良くしてくださると思います。
魔神もまた私をライバルと認めてくれたのでしょう。
でも…私には世界を見て回るという目的があります。
この町は食事も美味しいし、長くいたいと思いますけどいずれは旅立たなくてはなりません。
天上の世界に住んでしまうと、動きたくなくなるでしょう。
ここは涙をのんで辞退するべきですね。
「そういえばクランには温泉があるの。最初水浴びでさっぱりしたいっていってたでしょ。
温泉なら毎日でもさっぱりできるわよ」
私は二つ返事でクランに入ることにしました。




