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【書籍化決定】転生令嬢は旅する編纂者  作者: 采火
第二部

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51.灯台もと暗し

 私は一ヶ月の間、必死に玄蒼国語を練習した。ヒアリングと発音が弱いので、行きつけの玄蒼国料理の店に通っては、頑張って玄蒼国語会話を試みた。


 その甲斐あって、玄蒼国語は上達したものの。

 ヴィクトルから出張権を奪取することは敵わず。彼は颯爽と旅立って行った。


「私、今年になってからまだ一回も出張に行ってない!」


 気がつけば季節は秋。若々しい緑がだんだんと萎びて、街路樹が赤や黄色に染まりだした。ヴィクトルが帰ってくる頃には冬になり、一年がまた過ぎ去っていくわけですが。


「私も出張に行きたい……どうして……どうして……」

「再来年が千四百年祭だしな。どこの国もそっちの準備に忙しいんだろ。社交シーズンも国内側がごった返したから、俺らも身動きが取れなかったし」


 私の嘆きに、イェオリが静かに言葉を返してくる。そんなことは分かっているんですけども……!


「そんなに行きたいなら、双子の出張、代わってもらえば?」

「それは嫌」


 ティモとトゥロは神樹ゴドーヴィエ・コリツァ千四百年祭に向けて、アニマソラ神樹国と密接にやりとりをしている。冬になる前にも一度、アニマソラ神樹国へ出張に行く予定らしい。


 出張のチャンスがあるとはいえ、アニマソラ神樹国にはあまり良い印象がないから、可能な限りご遠慮したい。今年の社交シーズン、通訳の人が乱暴してきたことを私は忘れていないので。我が儘で申し訳ない。


 なので、最近の執務室は私とイェオリが二人だけで通常業務を回していることが多い。出張がなくても、各国からくる報告書の仕分けや、お手紙の翻訳、他国の外交官の接待など、やらないといけないことはたくさんある。


「ウガールに行きたいな……それか、ユールラッズ」

「うへぇ……なんでまたユールラッズなんかに」


 ユールラッズといえば雪原の国。幻の十三民族がいると言われているけれど、そもそも年中吹雪いているような場所で外界との交流もほとんどない。近隣諸国が国境を引いているものの、国という存在感があまりない場所。


 しかめっ面になりながら、イェオリが私担当の翻訳書簡を渡してきた。私は書簡を受け取って、どこの国のものか確認する。


「資料室で面白いものを見つけたのよ。ユールラッズの施しの英雄の話」

「施しの英雄?」


 ニュアンスだけを聞くと、前世のインド神話を思い浮かべる。そういう二つ名の英雄がいたのを知っているので。でも、このユールラッズの施しの英雄はちょっと違っていて。


「飢えた人の靴に、肉や毛皮を入れるんですって」

「なんで靴」


 私もその資料を見つけた時は二度見した。なんで靴って。イェオリだって聞き間違いかと言いたそうな顔になっている。


「毛皮はともかく、肉は靴に入れたら駄目だろ……」

「それはそう」


 でも、私が気になったのはそこではなく。


「施しの英雄は、赤い外套を羽織って、綿の襟巻きをして、鈴をたくさん付けたソリに乗って、リンリン音を鳴らしながらやってくるそうよ」

「派手な登場だな?」


 ユールラッズではそれを英雄の凱旋と言うらしい。赤く染まった外套は雪原に住む大型獣と死闘を繰り広げた証しだとか。鈴をつけたソリは臆病な小型獣への警告。私がたまたま見つけた報告書にはそう書いてあった。文字のかすれがひどくて補修用に仕分けようとしたんだけど、読める部分にそう書いてあって目が惹かれてしまったの。


 そしてこの英雄の名前はシンタクラースというらしい。訛っている。すごく訛っているけど。この名前と、報告書に書かれていた内容からして。


(サンタクロースの可能性がほんのりと……!)


 イェオリがいるので、叫びたくなるのをぐっと堪えた。転生者探しもここにきてサンタクロースというチョイス。我ながら、転生者へのアンテナが良い感じに働いていると思う。だいぶバイオレンスな感じだし、名前と見た目、謎の贈り物しか類似点ないけれど。サンタクロースが贈り物を入れるのは靴下だから、靴をその判定に入れて良いのかは微妙。


 なので、転生者を特定するまでの壁は相変わらず高くて。


「で? ユールラッズの施しの英雄が何なんだよ」

「会ってみたいなって思わない?」

「思わねぇし。そりゃ見た目は派手だと思うけど、施しの英雄なんて言われたところで、そういう偽善者の話はいっぱいあるだろ」


 と、いうのが普通の反応。

 イェオリの言う通りで、話を聞くだけではどこにでもある偽善の話で終わる。でもそうじゃない。私が知りたいのはそういった表面的なものではないんだって、声を大にして言いたい。言ったところで、理解はされないだろうけれど。


「それにそもそも、ユールラッズとは国交が断絶してる。無理だろ」

「うっ……それはそうなんだけど……」


 イェオリのド正論に私は撃沈してしまった。そうなんだよね、ユールラッズは排外的な民族が多すぎた。特産も名産も、あまりにも寒いこの地域では他国に売れるほど生産できなかった。過去、ユールラッズ側から国交を試みようとする時期もあったけれど、結局搾取されるだけだと気がついて雪原に引きこもる。それの繰り返し。


 この報告書が書かれたのも、ユールラッズの民族の一つが交易しようと試みた時期だったらしい。現在に至るまでに、交易ができていないことをみても、結果は推して知るべし。


「シンタクラース……」

「名残惜しいのは分かるけどさ。仕事してくれ」

「はいはい」


 私は書簡の翻訳作業を粛々と進めていく。ウガール王国もユールラッズも、どちらも遠すぎる。現地にいけば、転生者かどうか分かるかもしれないのに。資料の入手が困難なら、私が行くしかないのに。


「……今度の大型休暇に、観光に行こうかしら」

「大型休暇中に行ける距離でもないだろ」

「ううっ」


 年末年始の連休は、長くてもひと月くらい。ウガール王国もユールラッズも、ひと月では到底行ける距離じゃない。滞在するなら、半年くらいはほしい場所。


「これはもう、老後の楽しみね……」

「老後ってなぁ」

「大事よ? 私たち仕事人間が職を失ったら、暇を持て余してしまうだけだもの」

「実感こもってんなぁ」


 私自身の経験はないけれど。前世のおじいちゃんも、今世のお祖父様も、そんな感じだった。長く仕事に打ち込んできた人が、突然仕事から解放された時。毎日、仕事をしていた分だけの時間を持て余す。


 前世のおじいちゃんはおばあちゃんと作っていた家庭菜園を広げていた。毎朝、野菜のために早起きをして、野菜を育てて、私たちに野菜をくれた。美味しそうに野菜を食べるとおじいちゃんはすごく喜んで、またはりきって野菜作りに励んでいたくらい。だから前世のおじいちゃんは老後もパワフルだった記憶がほんのりと残っている。


 でも、今世のお祖父様は。

 官吏としての仕事を辞し、父に爵位を譲ったあと、何もしなくなってしまった。庭の手入れは庭師がするものだから土いじりなんて発想はなく、物見遊山に行くほど外出が好きなわけでもなかった。静かに本を読むのを楽しみとしていたのに、老眼のせいで目が疲れてしまい長く読めなくなった。できることがどんどんと減っていき、現役だった頃は大きく見えたお祖父様の背中は、亡くなる頃にはとても小さくなっていた。


 そんな二人の先達を見てきたからこそ思う。

 老後の楽しみは、若いうちに積んでおいて損はない。もちろん、そのために長生きする努力を怠らないことだって大切ですとも! 私みたいに未来を不安に思いがちなら尚更。やりたいことを、たくさん将来に持っていくべき。


「イェオリはそういうのないの? 老後の楽しみ」


 机の上に新しい紙を敷き、インク壺にペンを浸しながら聞いてみる。イェオリのほうをちらりと見れば、面倒くさそうな顔になっていた。


「そんなことを急に言われても、困る」

「なくても別にいいと思うわよ。外交官の老後の楽しみ典型例『各国の図書の翻訳』になるだけだろうし」

「老後まで仕事は勘弁だな……」


 げんなりしたイェオリの溜め息が聞こえてきた。でも何もないよりは健全な老後だと思う。


 特にイェオリは、伯爵家の出ではあるけど嫡男ではないし。結婚する相手の家に婿養子に入れたら家を継がせてもらったりもできるだろうけど。それも婿養子なら、奥方に子供が生まれるまでの話だろうし。結局、老後にやることはなくなってしまう。まぁ、結婚しなかったら結婚しなかったで、寂しい老後になるかもしれないけれど。


 老後に一人寂しく過ごしているだろうイェオリおじいちゃんを想像しながら書簡の翻訳を進めていると、イェオリから思わぬ反撃を食らってしまう。


「そういうフェリシアは老後のこと考えるよりも先に、結婚を考えたほうが良いんじゃないか? どこぞの助平親父の後妻とかにされる前に」

「助平親父の年齢によるわね。数年でぽっくりいって遺産相続を美味しくいただけるなら考えてみても良いわ」

「冗談だろ!?」

「冗談よ」


 そうならないように、一応お父様の許可は貰ってこうして外交官の仕事をしているし。万が一は、親戚の子を養子に取るとも言ってくれているし。


「エクサ工房との共同開発や、個人の事業が上手く軌道に乗れば、お金に困らない生活くらいはできるもの。老後もそのあたりの面倒を見つつ、諸国漫遊してみたいわね」


 あれもこれも、やりたいことがいっぱいありすぎて困ってしまうくらい。そのための資金繰りだってしないといけないことも分かっている。……まぁ、私が商売下手なのは、以前の出張で思い知ったのだけど。


「お前、いつもそんなことを考えてるのか?」

「そうね。あえて理想を言うなら、商売に明るい旦那様を見つけられたら完璧かも。私の事業を効率よくお金にしてくれる人」

「そんな都合の良い奴、いないだろ」


 呆れた顔で頬杖をついているイェオリ。私はそんなイェオリの言葉に深く頷く。


 そんな都合の良い人がいたら、私はとっくに結婚しない宣言を取り消していると思います。


「靴に肉を入れる行事」で混乱させてしまい申し訳ありませんでした。だいぶバイオレンスなサンタさんです。地球では靴下に金貨を入れてます。


昨年はクリスマス映画をたくさん見たのですが、いろんなサンタさんがいて面白かったです。特にクリス・コロンバス監督はクリスマスが好きなんだろうなぁと思うくらい、クリスマスに力を入れていらっしゃってどれも楽しかったです。

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― 新着の感想 ―
バイオレンスなサンタ。漫画などでよく見かけがちですが、繁忙期が一日に集中する業態なので体力重視になりがちなのかもしれませんね。 クリスマス映画というと「三人のゴースト」を思い浮かべますね。クリスマス…
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