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再会

 周囲の人が開けた道を、一人の男性が歩いてくる。

 そしてその男性の後ろに複数の兵士が付き従う。


(あの声は……)


 エミリーは俯きながら、その男性に背を向け、顔を隠す。

 エミリーの様子にルーカスは心配そうに声をかけた。


「エミリー、大丈夫か?」



 周囲の人たちはその男性の登場に好意的な視線を向ける。


「ハワード侯爵だ!」


「さすがハワード侯爵だな。少しでも騒ぎが起きればすぐに駆けつけてくださる」



 みんながそう褒め称える中、イーサンは真っ直ぐにエミリーたちのところに歩いてくる。


「エミリー、本当に彼が?」


「ええ。ハワード侯爵で間違いありません」


 エミリーが頷くと、ルーカスがギュッとエミリーの手を握る。


「大丈夫だ。何があってもエミリーのことは守る」


「ルーカス様……」


 エミリーが顔を上げると、その横顔を見たイーサンが驚きに目を見開き、小さく呟いた。



「エミリー……?」



 次の瞬間、エミリーはルーカスに手を引かれて走り出す。


「ルーカス様!?」



 突然のことにエミリーは驚くが、アドルフたちはルーカスの意図に気づいていたようで一斉に走り出した。



「ま、待ってくれ! エミリー!! おい、お前たち彼らを追うんだ!!」


 後ろからイーサンの叫びが聞こえたが、エミリーたちは気にせず走り続ける。



「みんな散れ! バラバラになった方が追ってきにくい」



 ルーカスの指示で、それぞれ違う方向へと走り出す。



「エミリーすまないが、少し我慢してくれ!」


 ルーカスはエミリーを引き寄せると、横抱きに抱えて走り出した。

 エミリーを抱えながら走っているというのに、それを感じさせないほどに速い。そしてさらにスピードを上げて行く。

 流石は白虎獣人だ。力とスピードが人間とは桁違いだ。


 エミリーはそのスピードに思わず、ギュッとルーカスに抱きついた。

 ルーカスはエミリーの様子にふっと笑みを見せ、耳元で呟いた。



「そのまましっかり掴まっていてくれ。もちろん私がエミリーを落とすことはないがな」



 心臓の音が直に伝わる距離と、耳元から聞こえる声に、エミリーは頬を赤く染める。



(私ったら! 今は緊急事態なのよ!)


 エミリーは気持ちを切り替えるように、何度か深呼吸を繰り返す。

 そうしてしばらく走り続けていると、突然声がかかった。



「ルーカス!」


 声の方に視線を向けると、アーノルドが並走していた。


「アーノルドか、一本隣の道を走って行ったと思っていたが……」


「ええ。この道に繋がっていたようです。やはり地理が頭に入っていない町では逃げ続けるのは厳しいですね。どこかに隠れたほうが良さそうです」



 エミリーは隠れられそうな場所はないかと、周囲を見渡す。

 そして見覚えのある景色に、幼い頃の記憶が(よみがえ)る。



「ルーカス様あちらへ!」


「何か良い隠れ場所を知っているのか?」


「はい! 確かあちらに鐘塔(しょうとう)があったかと……いつも鍵が空いているのですが、中に入ればかんぬきで扉を閉められます!」



 ルーカスとアーノルドは顔を見合わせ頷くと、エミリーの指し示した方向へと走り出した。





「これでひとまず安心でしょうか」



 鐘塔に入ると、アーノルドがかんぬきで扉を締める。


「それにしてもエミリーはよくこの場所を知っていたな。なかなか奥まった場所にあったが」



「ハワード侯爵とは幼馴染でしたので、幼い頃からハワード領へはよく来ていたのです。町への視察の時にも一緒について行って探検していたんですよ」



 懐かしい思い出にエミリーは目を細める。

 この鐘塔はこの辺では一番高い建物で、凹みもなく真っ直ぐ天へと伸びる白亜の壁が美しくエミリーのお気に入りの場所だった。

 幼い頃の記憶のまま変わっていない。


「あの一番上の鐘のところまで登りませんか? この塔の頂上はよく町の様子が見えるのです。ですから兵士たちの動きもわかるかもしれません」


「そうだな。外の様子がわかるのはありがたい。上まで登ろう」




 三人が鐘塔の頂上へと登ると、ふわっと風が吹き込んでくる。

 塔の中には窓がないが、鐘を打つための頂上は四方から外が見える。



「これはいい景色だな」


「はい。私もこの景色が好きで時々探検の途中で寄っていたのです」


「確かにこれでしたら、町で動いている兵士の様子が良く見えますね」



 三人が町を見渡していると、鐘塔の方へと歩いてくる怪しげな人物が見えた。

 その人物は目深にローブを羽織り、どこか異様な気配がある。



「ルーカス様、あの人……」


 エミリーがルーカスに伝えようと声をかけると、ルーカスとアーノルドも鋭い視線でその人物を見ていた。


「ああ。様子がおかしいな……」


「もしかしてルーカスが魔石の店から出た後に気にしていた視線はあの人物のものでしょうか?」


「おそらく……しかし人間にしては気配を消すのがうますぎるな」


 ローブを羽織った人物は、鐘塔の真下まで来ると、ピタリと動きを止める。


 その時、強い風が吹き、その人物のローブがひらりとはためいた。

 そしてその隙間から紋章が見えた。



「あ、あれは……王宮の衛兵の紋章? どうしてこんなところに……」



 エミリーの言葉に、ルーカスとアーノルドはより警戒心を強めてその人物の動きを観察する。

 するとその人物が突然顔を上げると、エミリーを見つめる。

 その表情にエミリーはブルリと体を震わした。


 あの表情は精神操作されている者に見られる感情の抜け落ちた表情だ。


「エミリー? 大丈夫か?」


 エミリーが頷こうとした時、アーノルドが叫んだ。


「なっ……あいつ何のつもりだ!!」

 

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