光の木
エミリーは詰めていた息をふーっと吐き出した。
「エミリー疲れただろう?」
「すみません、私ったら……」
久しぶりにこういった場に出たので緊張から解放され、思わず気が抜けてしまった。
そんなエミリーにルーカスは柔らかく微笑む。
「こういう疲れた時にピッタリの場所があるんだ。少し寄り道して行かないか?」
「ピッタリの場所ですか?」
エミリーが首を傾げると、ルーカスは人差しを口に当て、ニコッと笑う。
「ああ。ついてからのお楽しみだ」
エミリーはルーカスに案内されるまま、王宮の長い廊下を歩いて行く。
「あの角を曲がれば、もう少しだ。そうだな……せっかくだし目を瞑ってくれないか?」
いたずらっ子のように笑うルーカスの表情に、エミリーも自然と笑顔になる。
(ルーカス様も案外子供っぽいところがあるのね)
「わかりました」
エミリーが目を閉じると、ルーカスはエミリーの両手を取りゆっくりと歩いて行く。
しばらく歩くと、ルーカスがピタリと動きを止める。
「そのまま左を向いて」
言われるがままエミリーが左へと体の向きを変える。
「よし! それじゃあ目を開いて」
ルーカスの言葉にゆっくりと目を開く。
今まで目を瞑っていたせいで、周囲がとても明るく感じ、何度か瞬きをする。
そして目が明るさに慣れ、やっと見えてきた周囲の景色にエミリーは目を見開いた。
あまりに圧倒的で美しい景色に目を奪われる。
「綺麗……」
エミリーの様子に満足したようにルーカスは嬉しそうに笑う。
「ああ。この木はいつ見ても美しい」
そこには王宮に来る時に見えていた光の木のがあった。
こうして木の根元から見上げると、大きすぎて上のほうが見えないほどだ。
幹は太く、何があってもぴくりともしないような力強さと生命力を感じる。
エミリーは何かに導かれるように光の木のほうへと足を進める。
そして幹に触れると幹の中央から優しい暖かさを感じた。
(とても暖かくて、なんだか懐かしい気がするわ……)
「エミリー?」
エミリーはルーカスの呼びかけにはっとする。
そして無意識に涙を流していることに気づいた。
「どうした? 大丈夫か?」
ルーカスが心配そうに覗き込む。
「大丈夫です。私ったらどうして……」
自分でもわからないまま次々と涙が溢れてくる。
指で涙を拭おうとすると、ルーカスに手を掴まれる。
そしてルーカスがハンカチをそっとエミリーの頬に当てる。
「目が傷付いてはいけない。使ってくれ」
ルーカスは優しく微笑むと、エミリーにハンカチを握らせる。
ルーカスに感謝しながら、エミリーはハンカチをそっと押し当てた。
そして、しばらくして何とか止まった涙にエミリーはふっと息を吐く。
「本当に大丈夫か?」
「すみません。大丈夫です。何だか不思議な感覚がして……気づいたら涙が」
エミリーの落ち着いた様子に安堵したように、ルーカスが微笑む。
そして考え込むように指を顎に当てる。
「光の木は光属性の特殊魔法を扱う者と繋がりが深いと言われている。五百年前の光の守り手もこの光の木を気に入り、よくここに来ていたと言われているんだ。エミリーも光属性の特殊魔法を使うから私たちにはわからない繋がりを感じるのかもしれないな」
ルーカスの言葉にエミリーは光の木を見上げる。
「そうなのかもしれません……何だかこの木を見ていると懐かしいような、昔別れた人とやっと会えたような不思議な感じがして、心が暖かくなるのです」
「そうか」
エミリーがじっと木を見つめていると、隣でルーカスがふっと微笑む。
「どうやらエミリーもこの木が気に入ったようだな」
「はい。とても」
「それならいつでもここに来るといい。この王宮に滞在する間はいつでも見に来れる」
「よろしいのですか?」
「ああ。もちろんだ。それに光の木も君のことを歓迎しているように見える。ちょっと前まで少し元気がなかったんだ」
「そうなのですか?」
エミリーが見る限り、木の枝や葉は青々と繁っていて、とても元気がないようには見えない。
「不思議なんだが……実は君がこの獣王国に来たころに元気が戻ってきたんだ。エミリーならこの木の中に流れる光属性の力を感じられるんじゃないか?」
光属性の力の探索に集中すると、光の木の内包している魔力の大きさにはっとする。
「こ、これは……」
「すごい力だろう? しかし少し前、その魔力量が少し減っていたんだ。でも今は以前の元気な状態に戻っている。まるで君がきたことを歓迎し、元気を取り戻したようだ」
ルーカスは自分もみんなも光の木ですら歓迎しているのだとにっこりと表情を緩める。
そんな暖かで優しい空気にエミリーも自然と笑顔になる。
二人はしばらく無言で光の木を見つめ続けた。
「ルーカス! こんなところにいたのですか?」
突然呼ばれ、二人が声のほうを振り向く。
するとアーノルドが小走りでこちらに駆け寄る。
「どうした? 何かあったのか?」
「ええ。ファハドたちが探っていた件で新たな情報が入りました」
アーノルドの厳しい表情にルーカスも嫌な予感を感じ取り、眉間に皺を寄せた。
「あまり良い情報ではなさそうだな。私の執務室に向かおう。エミリーも一緒に」
「私もですか? あの……よろしいのでしょうか?」
保護してもらえるとは言え、エミリーはこの国に仕えているわけではない。
そんなエミリーがルーカスたちの集めている情報を聞くのは問題ではないのだろうか。
エミリーは困惑した表情で二人を見つめる。
「エミリーも知りたいのではないかと思ったんだ。君の故郷の情報を」
「まさかヴァージル王国のことでしょうか?」
「ああ。エミリーにとってあまりいい話ではないかもしれないが……」
「いえ。ありがとうございます。ぜひ私にも聞かせてください」
エミリーの決意を込めてた表情にルーカスが頷いた。




