まさかの招待
「それではあなたは、そのマチルダ嬢から逃げるため身分を隠して、この獣王国に来たということか?」
「ええ。その通りです」
エミリーが一通り話し終えると、アドルフがエミリーの前へと無言で歩いてくる。
俯いていて表情が見えないアドルフに、エミリーは不安な気持ちになりながらも、アドルフを見つめる。
たとえどんな理由があったとしても、嘘をつくなんてと責められるだろうか……
(いいえ……確認しなきゃ! しっかり向き合うって決めたんだから)
表情を確認するため覗きこもうとした時、アドルフがばっと顔をあげた。
そしてエミリーの手を両手でぎゅっと握りこむ。
「そ、そっか……エリーばーちゃんじゃなくて……エミリーさん……大変だったんだな」
軽く目を潤まし、エミリーをとても心配気な表情で見つめるアドルフに、最初にここへ来た時のことを思い出す。
(騙してたのに……その相手をここまで心配できるなんて……やっぱりアドルフくんは優しいな……)
エミリーは申し訳ない気持ちになりながら、微笑んだ。
「アドルフくんありがとう。嘘をついていてごめんね……」
エミリーがアドルフを上目遣いで見つめると、アドルフがピシリと固まる。
そして顔を真っ赤に染め、落ち着かない様子で部屋のあちこちに視線を向ける。
「そ、それは身を守るためだったんだから仕方ないって!」
「アドルフくんは優しいね」
エミリーが笑みを深めると、アドルフはパッと手を離し、さらに顔を赤く染める。
「そ、そ、そんなことねーよ……」
そんな二人の様子をうかがっていた外野はジト目でアドルフを見つめ、コソコソと会話する。
「確かに綺麗なお嬢さんだが……ちょろすぎだろ……アドルフは絶対潜入調査はできねーな」
「それはすでにわかっていたことでしょう?」
「うん……あれじゃあ無理」
「もともとアドルフに潜入調査なんてさせるつもりもないから大丈夫だ」
そんなことを言われていることに気づかないアドルフは、エミリーをチラチラ見つめながら、はっとしたように目を見開いた。
そして今度は顔を青くさせ、小声で呟いた。
「ちょ……や、やばっ! まさかエリーばーちゃんが本当はこんな綺麗な子だったなんて……しかも貴族のご令嬢だなんて思いもしなかったから……小屋の中を半裸で歩き回ったり、寝ぼけて大欠伸したり……俺、絶対にしちゃいけないことしてね?……嫌がられたらどうしよう……」
アドルフは青い顔のまま、エミリーをチラリと見つめる。
エミリーはそんなアドルフの様子を不思議そうに見つめ、首を傾げた。
「アドルフくん? どうしたの?」
「あっ……いや、その……や、やっぱり、若い女性が一人で俺と一緒に山小屋で生活していたなんて、不安だったんじゃないかなって……?」
アドルフは誤魔化すように尻すぼみになりながら早口で答える。
いつものアドルフの行動を知っているエミリー以外の者たちは、アドルフの考えているであろうことに呆れを含んだ顔で見つめる。
バーナードに至っては揶揄いを多分に含んだ表情で楽し気に様子をうかがっている。
「そんなことないわ! アドルフくんがいてくれて、とても心強かったし……」
アドルフはエミリーの言葉にホッとしたような嬉しそうな表情に変わる。
「それに私アドルフくんのこと……」
「!?……それに俺のこと……?」
アドルフは耳をピンと立て真剣な表情で、ゴクリと唾を飲み込み、エミリーの次の言葉を期待に満ちた顔で見つめる。
他のみんなもまさかと思いながら様子を見守る。
「弟ができたみたいで嬉しかったもの!」
「お、弟……」
アドルフの表情がビシリと固まり、耳と尻尾が力無く垂れ下がる。
それと同時に、バーナードがテーブルをばんばん叩きながら、大声で笑い出す。
ルーカスとアーノルドがやっぱりなとため息をつき、ファハドがポンっとアドルフの肩に手を置いた。
そんなみんなの反応にエミリーは一人首を傾げた。
(私失礼なこと言っちゃったかしら……)
「いや〜すまんすまん! 知らない土地で魔法で姿を変えていたとはいえ、若い男と寝食を共にしているのに肝の据わったお嬢さんだと思ってな」
衝撃を受けまだ立ち直っていないアドルフの代わりに、目に涙を浮かべながら大笑いしていたバーナードが、エミリーに話しかけた。
バーナードが笑っている一番の理由はそれではないが、これ以上アドルフを追い詰めてはかわいそうだと思ったのかバーナードは無理やり笑いを引っ込めた。
「俺はバーナード・マーティンだ。熊獣人でこの獣王国の三獣騎士団の二番隊隊長だ」
「隊長……なるほど、あれほどお強いわけですね」
確かアドルフの話では獣王国の騎士団は三部隊に分かれていると言っていた。
それぞれの部隊のトップが隊長だったはずた。
獣王国の騎士団は実力重視であり、実力があれば平民でも貴族でも誰でも隊長になれるらしい。
つまり隊長になるということは国の騎士の三トップの実力があるということだ。
素直に褒められたことが照れ臭かったのか、バーナードはニッと笑うとガシガシと頭をかく。
「と言ってもここにいるほとんどがこの国でトップクラスの実力だがな」
「そうなのですか?」
エミリーの様子にバーナードは首を傾げる。
「何だ? アドルフから聞いてないか? アドルフも一応三番隊隊長だぞ」
「そ、そうなのですか!?」
今もまだ立ち直れていないアドルフにエミリーは視線を向ける。
確かにとても強いとは思っていたが、アドルフの若さで隊長になっているというのは相当な才能だろう。
「僕、ファハド・サリヴァン。黒豹獣人。よろしく」
あまり表情が変わらない美しい青年が眠た気に目を擦りながら、エミリーに挨拶する。
それに続きふっと息を吐き出すとモノクルを手で押し上げ、アーノルドが前に進み出る。
「私はアーノルド・カーター。鷹獣人です。私とファハドはルーカスの側近です」
アーノルドがルーカスへと視線を向けるのに続き、エミリーもそちらへと視線を移す。
「そして私がルーカス・エドワーズ。白虎獣人で、一番隊隊長だ。よろしく頼む、オルティス伯爵令嬢」
エミリーは全員を見渡す。
それぞれに耳や尻尾、翼があるものもいるが、それ以外の見た目は人間と変わらない。
そしてみんな美形ぞろいで体格がいい。
ヴァージル王国にいれば、ご令嬢から熱い視線を送られていることだろう。
「私はヴァージル王国を追放された身です。もう伯爵令嬢でもありませんし、私のことはエミリーとお呼びください。みなさんにはご迷惑をおかけして申し訳ありませんが、どうかもうしばらく、こちらにおいてはもらえませんでしょうか?」
ルーカスは頷くと、すっとエミリーの前へと移動して、手を取る。
エミリーが首を傾げると、ルーカスはエミリーの手を取ると流れるような動作で指先にキスを落とした。
そのあまりにも美しく自然な動作に目を奪われる。
しかし、すぐにエミリーははっとする。
(い、いったい何を……)
顔を真っ赤に染めながらルーカスを見つめると、ルーカスはくすりと悪戯っ子のように微笑む。
「それではエミリー、君を我が城に招待しよう」




