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すばらしきかなこの世界  作者: 蝉時雨
第二章 ディヴァイン編
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第二章(8) お喋りな剣

◆Firo◆


 突き立てられた剣、ダンデライオン。

 確固たる存在感を放つその異様な剣を、フィーロはただ呆然と見つめていた。理解が追いついていないとかそういうのではない。たぶん、微かな記憶を掘り起こそうとしていたのだ。

 いつの頃か。誰の言葉か。あれが、あの剣の銘がダンデライオンであるとなんで俺は知っている。

 確証はある。だが、確信はなかった。

 親父……?

 だが俺は。

『――お名前をお聞かせください、我が主マスター

「俺は……いや、つーか……お前はなんだ……喋ってんのか?」

 そもそもはそこだ。

 剣が喋る? んなアホな。

『もちろんです。ですが説明をしている暇はありません。まずはお名前を』

「……フィーロ・ロレンツだ」

『ではフィーロ殿と。早速ですが、敵性勢力が多数見られますので、それを片付けましょう。剣は振れますか?』

「一応……」

『僥倖です。では私を手に』

 矢継ぎ早でいろいろ聞きたいことなどが全部飲み込む形になってしまったが、考えてみればまだギギドがいたんだった。あまりのことで忘れてた。

 つーかこっち来てる!

「フィーロ、敵が……!」

「解ってる……!」

 シェリカに言われるまでもない。ぼけっとしてる場合ではないのだ。

 急いで剣を引き抜く。重い。片手剣にしてはずっしりとしている。造りは頑丈そうだが、果てしてこいつはアタリ・・・かどうか。

「ものは試しか……」

七魔王時代ゼブンディザステイジ魔導獣オド……タイプはヒトガタ、ギギドと合致します。上位種《ダークナイト》です。強固な鎧殻と鋼爪が特徴です。身体能力も高いので、留意してください』

「そいつは言われなくても……!」

 迫ってきた甲冑ギギドの横をすり抜け様に胴目掛けて斬り込む。

「骨身に染みてら!」

 甲冑とぶつかった音がしたが弾かれることもなく、思いのほかあっさりとすり抜けて、びっくりするほど手応えが軽かった。

 まさか外したかと焦って振り返ったら、真っ二つに割られた人外の死骸が転がっていた。刀身にも血が垂れている。ちゃんと当たってはいたようだ。安堵の息が漏れかけたが、飲み込んだ。

 しかし甲冑ごと裂いている。なんつー恐ろしい切れ味だ。

「おお……まじでか」

 ぶっちゃけ自分で斬っておいてなんだが、こんなあっさりと斬れるとは思わなかった。しかもすっぽ抜けてない。

『お見事です、フィーロ殿』

「……どうも」

 剣に褒められるとか。

『《ダークナイト》が多いですね。大戦時ならともかく、《クイーン》が上位種を投入するのは珍しいのですが、意外と長期戦ですか?』

「さあ、巻き込まれたクチでね。よく知らねーよ」

『他の神器ディヴァインの反応が見られますね。なるほど、《クイーン》を発見出来ず厳戒体制を敷かれたようですね。こうなると発見するのには少々時間がかかります』

「あっそう。とりあえずここを乗り切らなきゃダメなんだけどなッ!」

 挟撃を仕掛けてきた甲冑ギギドの攻撃をしゃがんでかわし、一方を蹴り飛ばし、残った方を両断する。切れ味はすさまじい。

『同感です』

 転がりつつ体勢を整えるもう一体の甲冑ギギドを追撃し、真上から叩き斬った。無茶な振り方をしたが、やはり疵一つない。なんだこの剣。

 まあ、剣としては文句ない。むしろ前の黒い剣よりも扱いやすかったくらいだ。シェリカには悪いけど。

 ただ。

 ただね。

『独特な動きをされますね、フィーロ殿。我流でしょうか?』

「そんなことまで解んのかよ」

『もちろんです。しかしこれもまた僥倖というほかありません。私はある意味その方が扱いやすいです。私に搭載されている《Variable MultiーAct System》は言ってしまえば器用貧乏のためのものなので』

 いや意味解らん。とりあえず器用貧乏とかゆーな。腹立つ。

 つーか待て。

『解りやすく言えば多目的戦闘に特化した可変型の武器なのです』

「おい……」

『ちょうど敵も残り三体です。チュートリアルを兼ねて実演しましょう』

 んな悠長な……。

 というかだから待て。

『心配いりません。魔導獣オドのなかでもギギドは雑魚です』

 雑魚とな。

『このシステムは使用者の命令コマンドによってなされ、タイプは全部で十一に分けられます』

 多いな。

『心配なさらずとも、名称を覚えていただければ、私が補助します。そのためのAIですので。ではまずは……そうですね、無難なところで《ライオンハート》を展開しましょう』

「おい!」

 こいつ!

 饒舌すぎる!

 ウザいんだけど!

 なんでこんなペチャクチャ喋るんだよ剣なのに! 剣なのに!

『なんでしょう?』

「いや、お前……」

『警告。敵影三、接近』

「な……くそッ……!」

 文句を言う暇くらいくれよ!

 甲冑ギギドの一体が突貫をしてくる。フィーロは剣を引いて、対峙する。距離は五メートル。もはや眼前。すぐさま踏み出した。

 やけに五月蝿い剣だがあの化け物を一撃で葬れるだけの力がある。背に腹は変えられない。使えるなら使う。

『――command autoーmovement. skill……execution.』

「らあああ……ああっ!?」

 気合いの込めた掛け声は、手元の光で間抜けな声へと変化した。

 何事かと思えば一目瞭然だ。

 剣の形が変わっていた。片刃の直剣。刀身は若干伸びていたが、しかし大きさに変わりはない。なんだこりゃ。手品か?

 とはいえ身体はもうスタートしている。止めるわけにもいかない。

 剣の形をしているのだから、斬れるんだろ。たぶん。

 敵との距離が零になった瞬間、フィーロのはらわたを抉らんとする鋼爪をかわそうとして身体をよじろうとした瞬間だ。

『――Burst.』

「どぅあ……!?」

 身体が一気に持って行かれたような感覚……つーか身体ががががが!

 かわしざまに振ろうとした剣がいきなり加速したのだ。予想外の超加速に、俺の身体は剣ごと持って行かれた。つーか引きずってる引きずってる!

「うおうおおぁぁぁああああ……!?」

 もう回転していた。

 まるで独楽のように回転しながら……いやもう回転し続けていた。死んじゃう。三半規管がおかしくなる。

 もうなにがなんだか解らなかった。

 とりあえず、なにかにガツンガツンと当たりまくっていたのだけはなんとなく感じていた。もうなんかどうでもいい。吐きそう。

 加速が止んだ頃には、俺はその場にへたりこんでいた。

「うおえぇぇ……」

 ひどい胸やけだ。

 なんだこれ。なんなの。

『いかがでしたか?』

「……お前を、叩き折りたいと、思った」

『なるほど。お気に召していただいて幸いです』

「話聞いてた……!?」

 ダメだ! 俺こいつ好きになれねえ! 死ぬほど腹立つ!

「フィーロすごいわっ!」

 今すぐこの饒舌で空気読めない剣を叩き折りたい衝動に駆られていたフィーロだが、いきなりシェリカに飛び掛かられて断念せざる得なかった。

 へたり込んでいる俺の腹部に目掛けてダイブしてきたため、頭部が減り込みフィーロは一瞬「ぐ……」と呻いた。おそらく今日一番のダメージな気がする。

「ピカーってなってギューンってまわってドーンってなって……とにかくすごいわ!」

 すごいのはシェリカの支離滅裂な表現力だと思ったが、口には出さなかった。そしてたぶんそれは世界一格好悪い。

 とりあえず周囲を見渡すと、ズタズタに切り裂かれたギギドの肉片が、ちょうどヘドロのように地面に溶けていく瞬間だった。

 あの感触はやっぱりギギドを斬ったものか。威力だけは半端ねぇ。格好はともかく。

「へへ……なんだこりゃ……」

 いかんとも言い難いこの感情はなんだろう。

 なんつーか泣きそうだわ。

「大丈夫かフィーロ君」

「あぁ、グランゼ……」

「おーこっち片ぁ付いたぜオイ。つーかオメークソ回ってたな笑えたわ。気ぃ削ぐんじゃねーよボケ」

 グランゼのあとから遅れてやってきたシンドはフィーロを見下ろして笑った。うん。なんかもういい。笑え笑え。

 あれだ。羞恥心とか通り越してある種の境地にいるんだろうなぁ……。

 とか思ってたらシェリカがシンドにつっかかっていた。

「なに笑ってんのよチビ」

「あぁ? こんのクソアマ……マジでボコんぞオラ」

 この二人ホント仲悪いのな。

 フィーロは呆れてもうとりあえず放っておくつもりだったが、グランゼが止めに入った。なにこの人超いい男。

「シンド、いい加減にしろ。こんな……」

『そのような喧嘩をしている場合ではありません神器を持つ者プロヴィデンス、そして…………鑑定……認識、フィーロ殿と顔の特徴が類似。この方はフィーロ殿と血縁関係にあると推定。回答を要求します』

「嫁よ!」

「姉だ」

『どちらなのでしょう』

「今血縁言っただろ」

『一部では近親間の婚約を風習とする民族が存在するとデータベースにはありますが』

 恐ろしいことをいうな。

「じゃあ合ってるわね。姉も嫁も一緒よ」

「断じて違う。わけの解らんことを言って掻き乱すなって……シェリカ?」

「ぶぅ」

 なにがぶぅだ。

 シェリカは頬を膨らませてそっぽ向いてしまった。なんなんだ。

「つーかこんなことしてる場合じゃないんだろう、ダンデライオン」

『ダンデで結構です、フィーロ殿。申し訳ありません、話が逸れてしまいました。仰る通りです。この区域のタイプ《クイーン》を破壊しなければほぼ無尽蔵にギギドは殖えます。この森にいることは確かなようです。一刻も早く破壊を』

「――その必要はないよ」

 突如森の方から声がして、咄嗟にシェリカの前に出るようにして身構えた。

 人影は二人分。だが放たれる威圧感は普通ではない。

「味方だ」

 すっとグランゼが手で制した。

 シンドが言えば一蹴もんだが、グランゼに味方と言われれば信じるしかない。フィーロが構えを解いたと同時に人影が森から出てきて、その姿を露わにした。

 ただ、フィーロは警戒を解くことは出来なかった。むしろ強くなってしまったくらいだ。白い外套の男には見覚えがあったのだ。

女王クイーンは私たちで処理しておいた。残存ギギドもそう多くない。あとはこちらで片付けよう」

「あんた……確か……」

「以前ラ・ドーマの市場で会ったのを覚えていてくれてるようだね」

 そう。覚えている。こいつはラ・ドーマで不埒な輩に絡まれていた時に現れた男だ。隣にいる女は誰か知らないが、男の方は間違いない。

「そう睨まないでくれ。私は敵ではないよ、フィーロ君。そしてシェリカさん」

「なんで、俺たちの名前を……」

 名乗った覚えはない。

『神器《ヴィオレディオス》の反応があります。神器使いプロヴィデンスです。注意を』

「ヴィオ……なに?」

『ヴィオレディオスです。製造番号DVN0012。鞭剣型スネークソードの神器です。広範囲攻撃を主体とした多関節武器ですが、一対一でもその刺突はかなりの威力を有します』

 男はダンデライオンに視線を向け、一人頷いた。

「なるほど目覚めたかダンデライオン。私を覚えているかな?」

『質問の意味が解りません。私と貴方は初対面です』

「……そうか。やはり記憶メモリーは消去済みか……」

「あんた……なんなんだ?」

「自己紹介がまだだったね。私はリカルド・バレル。こっちがメイディー・トンプソンだ。グランゼとシンドの、まあ上官みたいなものだ」

「上官……軍隊なのか?」

「軍隊ではないよ。まあ、組織の形態としては軍隊のそれに近いところがあるが……通りがいいのは《ノーデンス》かな。聞いたことは?」

「いや……」

「だろうね。一応秘密結社だ」

 頷くリカルドだが、秘密漏らしていいのか。いや、名前はこの際関係ないのかもしれない。ただリカルドの態度に釈然としなかった。

 そんな考えが顔に出ていたか、リカルドは苦笑をした。

「秘密を軽々しく漏らすほど愚かじゃないよ。ちゃんと理由はある」

「理由?」

「一つは、ダンデライオンを目覚めさせた時点で君は否応なく巻き込まれているということ。あともう一つは、君たちの両親もかつて《ノーデンス》に所属していたことだ」

「……はぁ?」

 突然なにを言い出すのか。

「まあ、突然で信じられないかもしれないがね……君の両親、父ミストと母メーアは我々と同じ《ノーデンス》のメンバーだったよ。もっとも、メーアさんはミストの付添人だっただけだが」

「俺は……親父のことはなにも知らないぞ」

「それは仕方がないことだ。君たちが生まれてしばらくして、一度大きな戦いがあった。彼はその時命を落とした……とても残念だ……メーアさんや君たちには本当にすまないと思っている」

 リカルドが目を伏せる。哀愁を感じさせるその態度は、信じてよいものなのかどうか。

 父親の顔も名前も知らないというのに、いきなりそれを出されても信じることができない。シェリカならなにか覚えているのだろうか。

「……シェリカ、親父のこととか覚えてるか?」

「ううん。でも、名前はミストだっていうのは聞いてた。昔お母さんから」

「そう」

 いつの間にそんなことを……まあいいんだけどね。

 とにかく、あまり思いつめても仕方がないか。聞きたいこととか、そういうのは沢山ある。慎重に聞き出していくべきだろう。考えをまとめるのはその時でいい。

 理解が許容を超えたときはとりあえず全部受け入れて、それから順にまとめなおしなさいというのは母さんの弁。そんな些細な思い出と、シェリカがいる限りは俺はきっと大丈夫だ。

「えーと、リカルドさん? 顔、あげてもらえます?」

「……なんだろう」

「俺はあんたの……貴方の言葉全部は信用できませんが……仮に貴方が両親の古い友人だったとして、どうして俺達に近付いたんです?」

 計ったようなタイミングだ。俺達がたまたま夏期休暇を利用して里帰りをして、たまたま会ったにしてはいささか出来すぎている。それはリカルドの態度からも窺える。さっきから、まるで俺達がここに来るのが解っていたかのような態度だった。

「ああ……確かに、少しというかかなり怪しいね。気持ちは解るよ。ただ、私も実は君たちの存在を知ったのはごく最近だ。メーアさんはミストが死んでからぶっつりと消息を絶ったものだから……今の今まで謝ることすら出来なかった」

「最近……?」

 引っ掛かる言葉だ。

「君は察しがいいみたいだ。君達がここにいるのは、ローズベル学園への依頼だそうだね」

「なぜそのことを……」

「君達のことを教えてくれた人がいるんだよ」

 中立的存在の冒険者養成校。帰省に合わせた依頼。

 この依頼を持ってきたのはシェリカだ。

 はっとする。

「シェリカ、この依頼って、学生課で請け負ったのか?」

「うん? そうだけど……一応教務で相談した。帰省に合わせたいから、なにかいい依頼がないかって」

「それって、誰に……」

「イネス」

「つまり……」

「ああ、イネス・ラトクリフは我々の協力者だ」

 リカルドは神妙に頷いた。

 いろいろと思い返す。要するに俺はあの人に躍らされていたわけだ。

 手に握った、お喋りな剣を見つめる。

『なんでしょうか?』

「……なんでもねぇ」

 で、これは紛れもなく、イネス先生からの贈り物みたいなもので。

 厄介な代物だということだ。

 あの人一体何者なんだ。


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