書籍2巻刊行記念SS「森の掃除屋」
エルメイト王国の平和を守り続けているのは今も昔も変わらない。
魔物と戦い、建国にも大きく貢献したその存在は古くからあった──王国騎士団。彼らは赤い団服を身に纏い、王城を守りながら様々な要請に応じて魔物の討伐に赴く。
伝説にある勇者や聖女が存在しない時代でも、彼らは魔物の脅威から多くの民を救ってきた。
民にとって王国の騎士は、一人ひとりが英雄なのである。
……しかし、そんな彼らにも恐ろしいものは存在する。
それは、季節が巡って木々が芽吹く頃──「第一騎士団は明日、王都周辺の森に実践訓練を兼ねた魔物の討伐へ向かってもらう」──と、騎士団総長から指示が出された途端、至るところから悲鳴と不満の声が上がった。
第一騎士団に所属していたことがある者は、思い出しただけでも血の気が引くほどだ。当然、第一騎士団の騎士は意気消沈していた。神に祈りを捧げ、涙を浮かべる者もいる。
一方、第一騎士団を束ねる団長だけは表情ひとつ変えず、頭を抱える部下たちを不思議そうに眺めていた──。
「合流地点までもうすぐだ、魔法の使用は控えろ」
翌日、第一騎士団は生い茂る森の中にいた。
三人一組になり、山に住み着いた魔物を捜索する。魔物がいれば攻撃を仕掛けるものの、こちらの存在を気づかせる程度の攻撃しか行わない。
それから先は魔物との追いかけっこだ。実践訓練とは言え、一歩間違えば命を奪われかねない危険を伴う。地形を把握しつつ、魔物をおびき出さなければいけないためチームワークが試される。
「よし、巻き込まれる前に離脱するぞ!」
「はいっ!」
魔物をうまく引き連れていった先では轟音と共に風が渦を巻いていた。
距離を誤れば引き込まれそうなほど強い風に、騎士たちは後ろから迫ってくる魔物より恐怖を覚えずにはいられない。追いかけてきた魔物が風に吸い込まれていくのを確認し、カイザーは仲間たちとその場を離れた。
直後、後方から断末魔の叫びが聞こえてくる。
しばらくすると他の騎士たちも魔物を引き連れて次々にやって来た。副団長であるカイザーの元には、騎士たちが報告のために集まってきた。
「リックとパウロのチームも戻ってきたな。それからランス……、その前髪はどうした?」
「……どうもしねーです。それよりカイザー副団長、うちの団長様に少し加減するように言ってくれないっすか?」
最後のチームにランスの姿があった。
離脱するのが遅れたのか、風魔法に巻き込まれて長かった前髪がぱっつりと切り揃えられている。その様子に周囲からは笑いが漏れた。
「マティアス団長って昔からあんな感じだったんすかね?」
彼らの目の前には魔物をいとも簡単に切り裂く暴風が空に向かって伸びている。
全員が戻ってきたのを知らせるように、カイザーは剣を抜いて空へ向かって火玉を放った。すると、一角を支配していた風が止み、頭上から鮮血の雨と共に魔物の死骸が降ってきた。
一瞬の静寂が訪れると、第一騎士団の団長──マティアスが姿を現す。彼の足元には激しく切り刻まれた魔物の死体が転がっていた。予想以上に凄惨な光景だ。
「全員無事だな」
魔物が黒い煙を上げて消滅していく中、普段と変わらない様子で戻ってくるマティアスに、騎士たちは言葉も出てこない。
圧倒的な力の差に気後れする。とくに魔物討伐の直後は殺気も含まれているせいか、空気が張り詰めていた。
だが、今日は珍しくマティアスの表情が崩れた。
「ランス、その前髪はどこで落としてきたんだ……?」
部下の突然の変化に、マティアスも突っ込まずにはいられなかったようだ。思わぬマティアスの反応に騎士たちは耐え切れず吹き出した。
ランスは額を押さえつつ、顔を真っ赤にしながら「放っておいてくださいっす!」と声を上げる。周囲からは「可愛いぞ」「似合うから心配するな」と慰めてきたが、ちっとも嬉しくなかった。
「マティアス団長、魔物の消滅を確認致しました」
「分かった。──本日の討伐は完了した。これより帰還する」
山に住み着いていた魔物をわずか一時間足らずで駆逐してしまった第一騎士団は、マティアスの命令に従って帰還の準備を始めた。
前髪を失ったランスは列の一番後ろに回り、肩を落としながらついてきた。
「そう落ち込むな、前髪ならすぐに伸びるだろ」
「そうだぞ、ランス。そのぐらいで女性たちがお前から離れていくわけじゃないだろ?」
「他人事だと思ってちくしょーっ!」
友人たちの励ましも、今のランスには冷やかしにしかならなかった。
両手で顔を覆うランスに、同期であり友人でもあるリックとパウロはお互いに視線を合わせて肩を竦めた。
「それにしても今日も凄かったな。しばらくは魔物を見るのも遠慮したい」
「同感だ。肉を食べるのも無理そうだ」
誰も怪我をすることなく魔物の討伐を終えたというのに、浮かれるような騎士は一人もいない。
帰るだけだというのに口数も少なく、重たい空気が流れている。先ほどの和やかな雰囲気は微塵もなかった。
「マティアス団長は魔物が恐ろしくないのか?」
「それはないんじゃないか? 団長は騎士である前に風の民だろ」
リックとパウロがそれぞれ先頭を歩くマティアスの後ろ姿を眺めて嘆息する。陰口を叩いているわけでもないのに、団長の話を持ち出すときは自然と小声になってしまう。この会話もすべて聞かれているようで、気が気じゃなかった。
その時、大きな影が後ろを歩く三人を覆った。
「それは違うぞ」
第一騎士団に入ったばかりのランス、リック、パウロの背後から現れたのはカイザーだった。騎士団ではマティアスに次ぐ実力者で、騎士団総長の嫡子であるため、いずれ騎士団を率いていく存在だ。
カイザーは三人の輪に加わり、続けるように口を開いた。
「マティアス団長は魔物を正しく恐れている人なんだ」
事実を述べたカイザーだったが、きょとんとする三人の表情に説明の難しさを痛感させられる。確かに、カイザー自身も父親から聞かされたときは疑ったものだ。
「先ほどの団長からは想像もできませんが」
「あの、カイザー副団長。魔物を正しく恐れるとは……?」
すると、パウロとリックが疑いつつも興味深そうに訊ねてきた。
第一騎士団に所属して間もないからこそ、他の騎士──とくに最強を誇る第一騎士団の団長や副団長の話は好奇心を刺激されるようだ。
カイザーは目を輝かせる彼らに口元を緩め、話を続けた。
「これまで数多くの魔物を討伐してきた団長は、魔物の特徴や特性を熟知している。簡単な敵であっても油断すれば命を奪われかねない。仕留めそこなって逆に喰い殺された仲間もいた」
「────」
「容赦ないように見えるが、魔物の恐ろしさを誰より知っているからこそ徹底している。私たちがこうして生きているのが何よりの証拠だ。実際、マティアス団長が団長になってから第一騎士団では誰も亡くなっていない」
怪我で離脱した騎士はいたが、マティアスが団長の座に就いてから第一騎士団では命を落とした騎士は一人もいない。
畏怖の象徴として近寄りがたい存在だが、安心して命を預けられるのも確かだ。そこには、どんな魔物であっても一切の妥協を許さない彼の信念があるからだ。
「……つまり団長がすごいってことっすよね?」
あのマティアスが魔物に恐れていると聞いて、弱みを握れるかと思ったが期待外れだった。結局、自分たちの団長が如何に凄いか分かっただけだ。
さらに肩を落とすランスに、カイザーも頬を掻いて苦笑を浮かべる。
しかし、彼らは何も知らなかった。
西の国境を守る「風の民」の正統後継者であるマティアス・ド・ラゴル。
彼は幼少期、でき損ないの臆病者と呼ばれていた……。
書籍2巻の外伝「臆病者と聖女の守り石」のボツシーンです。
書いていて一番楽しかったです。
今回はページが足りず、他にも削除しなければいけないシーンが多くて泣かされました。
そんな2巻ですがWEB版とあわせて是非お楽しみください。




