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お荷物令嬢は覚醒して王国の民を守りたい!【WEB版】  作者: 暮田呉子
4.黒い瘴気と奇跡の娘

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書籍1巻刊行記念SS「レイブロン公爵家の受難」

 レイブロン公爵家の使用人に支払われる給金は、他の屋敷に仕える使用人から比べるとかなり破格だ。けれど、常に人手が足りず使用人を募集している。

 先月入ったばかりの若いメイドは、その理由を身を以て知ることになった。

 客間の掃除をしようと扉を開けた瞬間、轟音と共に焼け付くような熱波が目の前を通り過ぎた。あと一歩、足を踏み入れるタイミングが早かったら命はなかったかもしれない。

 先程まで確かに部屋だった場所は、見晴らしの良いテラスに早変わり──ということはなく、ただの瓦礫と化していた。

 何が起きたのかと左から右にゆっくり視線を移せば、怒り狂った男が剣を持って立っていた。その男が、仕えている公爵家の跡取りだということは分かっていても、あまりの恐ろしさに短い悲鳴を上げてしまう。

 レイブロン公爵家の長男、カイザー・フォン・レイブロンは明るくて気さくな方だ。使用人に対しても気軽に声を掛けてくれる。火属性を率いる次期当主として申し分ない。

 しかし、何の罪があったのだろう……部屋を三つほど吹き飛ばしてしまった彼に、普段の温厚さは見られなかった。

 火属性は気が短く、気性が荒いと言うが、まさにその通りだ。

 その時、いくつかの足音が聞こえてくると、女性の甲高い声が響き渡った。


「まぁ、凄い音がしたと思って来てみれば……っ! カイザー、貴方またなんてことを!」


 高価な家具や装飾品も全て吹き飛ばしてしまった息子に、公爵夫人は卒倒するどころか、怒りをあらわにして立っていた。さすがに我に返ったカイザーは、しまったと両手を持ち上げたが、その時すでに公爵夫人の放った炎の刃が息子を襲っていた。

 第一騎士団の副団長とあって公爵夫人の攻撃を難なく避けていたが、おかげで四つ目の部屋が使用不可となった。

 これだけの被害にも関わらず怪我人がいなかったことは不幸中の幸いだ。

 レイブロン公爵家が常に使用人を募集している理由がよく分かった。

 そして、若いメイドは理解した。

 いくら給金が良くても命のほうが大事だということを。命あってこそのお金だ。

 ここでは日常茶飯事であっても、ごく普通の生活を送ってきた若いメイドは違う。

 彼女は壁の無くなった部屋を背に、「申し訳ありませんが、本日で辞めさせていただきます」とメイド長に伝え、翌日になるのを待たずして公爵家を後にしたのだった。




 今日もまた一人、若いメイドが辞めていった。

 男は、長きに渡ってレイブロン公爵家を支えてきた男爵家の長男だ。過度なストレスにより体を壊した父親に代わって執事の座を継いだものの、すでに胃が締め付けられるような痛みを感じている。

 エルメイト王国にある四大公爵家がひとつ、火属性を率いるレイブロン公爵家は、王族を護る「王家の剣」として名声を築いてきた。同時に、王国騎士団の総括を任され、日々魔物の脅威から民を救ってきた。

 彼ら無くして王国の平穏は保たれない。

 しかし、若き執事は思わずにはいられなかった。──次にお仕えする方は、お淑やかで穏やかな人が良い……。

 公爵夫人とカイザーによって屋敷の一部が半壊し、帰宅したレイブロン公爵が額を押さえて天井を仰いだことは言うまでもない。

 カイザーには、屋敷の修理費と一週間の謹慎処分が言い渡された。

 そんな中、レイブロン公爵家の長女であるアネッサが小さなお茶会を開くと言ってきた。招待客はたったの一人。彼女の婚約者である王太子のルドルフは、もはや頭数に入れられていない。アネッサが送った手紙の送り主は、社交界では有名な女性だった。優秀な婚約者の「お荷物令嬢」として。

 そんな女性を招待した理由は分からないが、ここでは余計な口を開かないのが一番の生存方法だ。

 そして迎えたお茶会当日。

 なぜか、彼女の出迎えに現れたのはカイザーだった。彼は、彼女が到着する一時間前からエントランスホールを歩き回り、そわそわと落ち着かずにいた。

 彼女を乗せた馬車が公爵家の敷地に入ったという知らせが入った途端、カイザーはもの凄い速さで外に飛び出していった。使用人たちも後を追ったが、彼の足についていけるわけがない。

 ゆっくりと馬車が到着すると、降りてきたのは見るからに気の弱そうな女性だった。水属性らしく水色の髪と同色の瞳を持ち、今にも空気に溶け込んでしまいそうな印象を持つ。薄化粧した顔は血の気がなく、体調が心配された。

 すると、カイザーは彼女を労るように声を掛けた。

 急にしおらしくなったカイザーに、使用人たちは直感した。

 彼女こそがカイザーの想い人なのだと。

 婚約者には逃げられ、お見合いもことごとく失敗に終わっている今、公爵夫人の苛立ちは頂点に達しようとしていた。もし、この儚げな女性がカイザーの元へ嫁いできてくれれば、公爵家はもっと平和になるのではないか。

 若い執事が後ろに控えた使用人たちに視線を送ると、誰もが力強く頷いた。

 ──彼女を逃してなるものか。

 公爵家に仕える使用人の心がひとつになった瞬間だった。

 若い執事を始め、使用人たちは彼女に対して丁寧な対応を心がけた。

 だが、お茶会が始まる直前。どういうわけか、ルドルフに向けて放ったカイザーの殺気によって、その場に居合わせた使用人の数名が気絶し、王族暗殺未遂にもなり兼ねない出来事により公爵家は危機的状況に陥った。

 それに関しては罪に問われることはなかったが、公爵家からまた数名の使用人が離脱していった。

 レイブロン公爵家の深刻な人手不足は、未だ解消の兆しを見せない。

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