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お荷物令嬢は覚醒して王国の民を守りたい!【WEB版】  作者: 暮田呉子
4.黒い瘴気と奇跡の娘

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 船に案内します、と承諾してくれたヤンに、ヘルミーナはホッとした。

 どんな怪我であっても自分なら助けられる。そう意気込んでみたが、カイザーたちと目が合ってハッとした。

 また自分の立場を無視して先走ってしまった。慌てて弁解の言葉を探すと、カイザーは再びリックとランスに指示を出した。


「ミーナ嬢の護衛には私が行こう。その間にリックは至急ルドルフ殿下に報告を。ランスは……」

「「契示の書」の手配っすよねぇ。人数分手に入りますかね?」

「カレントにある教会に行って、とりあえず手に入る分だけでいい。渋るようならレイブロンの名を出して構わない」


 指示を出される前から、リックとランスはすでに察していたようだ。

 各領地の教会が所有している「契示の書」には限りがある。負傷者がどのぐらいなのか分からないが、規模を考えるととても足りない。それでも何か手を打たなければいけないのだ。

 ランスは肩を竦めると、オロオロするヘルミーナに手を伸ばしてきた。


「ミーナちゃん、無茶だけはしないように」

「……ごめんなさい」


 帽子の上に置かれた手が叱咤激励するように撫でていく。兄がいたらこんな感じだろうか。呆れつつも、自分のために駆け回ってくれる彼らに感謝した。

 リックもまたヘルミーナに「くれぐれも、これ以上目立つような行動は控えて下さい」と言い残していく。去り際、もう一度「くれぐれも」と念を押していくあたりが、リックである。

 二人が離れて行くと、ヘルミーナとカイザーはヤンの案内で船へ向かった。


 ミーナテイル号と呼ばれた商船は、造船業を手掛けるテイト伯爵家が部品調達や納品のために造った船だ。他国との交易にも使われている。

 乗組員はテイト伯爵領の者たちで、船が出来る前から交流があった。信頼の置ける者たちばかりだ。

 船の近くに舞い戻ってくると、ヤンとカイザーが群衆を押し退けながら前に進んでいった。ヘルミーナは人だかりから視線を感じて一瞬足を止めるも、彼らの後に続いた。

 船を取り囲んだ治安部隊に、関係者を連れてきたことをヤンが説明すると、ヘルミーナたちはすんなり通された。


「ヤン、医者は連れてきたのかっ!」


 船に乗り込んですぐ「戻ったぞ!」とヤンが叫ぶと、体にずしりと響くような怒声が轟いた。──その声には、聞き覚えがあった。


「お、親父! それどころじゃなくてっ」

「バカ野郎! 船の上では船長と呼べと、何回言ったら分か──」

「ロッド船長!」


 海と同色の髪と瞳。鍛え上げた屈強な肉体と、堂々とした風格。子供が見たら皆逃げだしていくような強面の風貌。しかし、中身は人情深い男だった。

 昔とちっとも変わっていないミーナテイル号の船長に、ヘルミーナは駆け寄って行った。


「い……っ、お、おい、なんだ……?」

「船長、テイト伯爵家のヘルミーナよ!」


 ヘルミーナは、ロッドの羽織った紺色のマントを鷲掴みして名乗った。

 突然現れた女性に、ロッドや他の乗組員たちは戸惑っていたが、幼い頃から何年も見てきた顔だけに、髪色が違っていても覚えているものだ。

 ロッドの泳いだ視線が息子のヤンに向けられる。ヤンは何度も頷くと、ロッドは額を押さえて空を仰いだ。


「嬢ちゃん……っ、一体なんだってこんな時に!」

「この船が魔物に襲われたと聞いたわ! それで怪我人は!?」


 マントを掴んだまま後ろを振り返れば、焦げた臭いがする甲板には、怪我を負った乗組員が集まっていた。頭から出た血を押さえている者、腕や足に添え木をしている者、ぐったりして動けない者もいた。

 騎士団のときとは違って、彼らは子供の頃から知っている者たちだ。見知った者たちの惨状に、ヘルミーナは息を呑んだ。


「……医者が来ないから、薬草を煎じた薬湯やくとうを飲ませるところだ。とにかく嬢ちゃんが目にする光景じゃない。すぐに船から降りて──」


 こんな悲惨な光景を、貴族の令嬢が見るものではない。

 そう思ってヘルミーナを船から降ろそうとしたロッドは──しかし、ヘルミーナは彼から離れ、薬湯の入った鍋に駆けて行った。

 湯気を上げた薬湯は、痛みを和らげる薬草が入っているだけだ。この薬湯が止血して、折れた骨を元に戻し、抉られた肉を治してくれるわけではない。これが、この王国の現状だった。

 痛みに呻く声がいくつも聞こえてくる。騎士団である程度の耐性はついても、誰かが怪我をし、苦しんでいる姿は見たくなかった。ヘルミーナは薬湯に向かって両手を翳していた。

 両手から魔力を放出すると、薬湯が白い光に包まれた。力加減も忘れて神聖魔法を注ぎ込んでしまった。だが、これなら全員の傷を癒す効果があるはずだ。


「今すぐこの薬湯を配って! 早くっ!」


 ヘルミーナは動ける者たちに指示を出した。乗組員は何が起きているのか分かっていなかった。そこへ、カイザーが「私も手伝う」と言ってくれた。彼のおかげで一人、また一人と鍋の近くに集まってきた。

 ヘルミーナも自ら薬湯を器によそい、命の危ない者から飲ませていった。

 すると、薬湯を口にした者たちは瞬く間に治癒され、健康な体を取り戻したのである。命を落としかけていた者も一瞬にして復活してしまい、多くの者が困惑することになった。



「どうなってやがる……嬢ちゃん、あんた」


 訊ねることさえ憚れるような出来事が目の前で起きた。

 ロッドは目眩を感じて額を押さえた。

 海の魔物に襲われた時、誰一人として死なせるわけにはいかないと思った。家族のように思っている仲間だ。本当の父親のように慕ってくれる奴もいた。

 だが、強力な魔物の攻撃に多くの部下が怪我を負った。命からがら港に逃れてきたのに、医者に助けを求めれば、返ってきたのは拒絶だった。

 今にも死にそうな者がいた。そいつの妻や子供の顔も覚えている。もし命を失ったら、なんて報告すればいいんだと焦りだけが募った。

 そんな時に現れたのは、雇い主の娘であるヘルミーナだった。

 あのお転婆娘が見ない内に女性らしく成長した、と喜んで迎え入れてやりたかったが、状況がそうはさせてくれなかった。

 それなのにヘルミーナは用意していた薬湯に魔力を注ぎ込むと、それらを負傷者に配った。直後、怪我を負った部下たちが、あっという間に元の姿を取り戻したのだ。

 説明を求めるのが先か、それとも喜ぶのが先か。

 頭の整理が追い付いていないロッドに、ヘルミーナは凄い形相で近づいてきた。


「さぁ、あとは船長だけよ。みんな。ロッド船長を取り押さえて!」

「おい、お前らっ!」

「すいやせん、船長! 俺らもお嬢には逆らえないんで!」


 ヘルミーナの命令によって、元気になった部下たちが一斉にロッドを取り囲んだ。

 ロッドは後ろから羽交い締めされて身動きが取れなくなると、近づいてきたヘルミーナが彼のマントを左右に開いた。

 躊躇なく男性の服を剥ぎ取る彼女に、ロッドは声にならない悲鳴を上げていた。


「やっぱり……! 船長だって怪我してるのに我慢して! 誰か、ロッド船長にも薬湯を持ってきて!」

「嬢ちゃん、とにかく落ち着け……っ」

「私は正気よ!」


 ロッドは腹部に深い傷を負っていた。それにも関わらず、部下の世話や、船の被害を最小限に抑えるために尽力していた。気がつけば怪我をしていたことも忘れていたぐらいだ。

 そこにきてヘルミーナに見破られ、傷から鋭い痛みを感じてロッドは呻いた。

 ヘルミーナに命じられ、部下の一人が薬湯の入った木の器を運んできた。吸い込まれるほど透明度の高い魔法水だった。

 それを無理やり飲まされると、口いっぱいに薬湯の苦味が広がった。

 刹那、言い様のない力が体内に流れ込み、痛みが消えたと思った時には腹の傷は完治していた。それは説明し難い、不思議な感覚だった。


「これでもう大丈夫ね。皆も無事に帰ってきてくれて本当に良かったわ……」

「……嬢ちゃん、この力は」


 ロッドは血の付いた服を捲りあげ、傷跡も残っていない怪我をまじまじと見つめた。けれど、事態はそれだけではない。今まであった古傷もなくなってしまったのである。

 こんなことが起きるとは、誰が想像出来ただろうか。

 ロッドはヘルミーナに改めて訊ねようとしたが、隣から鋭い視線を感じて口を閉ざした。そこに立っていたのは赤い髪の男だ。ヘルミーナの護衛かと思ったが違うようだ。

 ロッドは面倒なことになったと短い髪を掻いたが、それでも胸から込み上がる歓喜を押し殺すことは出来なかった。


「ハッ、……アハハハッ! まさか、久しぶりに会ったと思ったら、いきなり襲われるとはなぁ。お転婆なのは相変わらずか!」

「お、襲ってないわ……っ!」

「ったく、嫁入り前の娘が他の男の服を剥ぐもんじゃねぇ」


 テイト伯爵家の令嬢が、カレントの港に来るたびに問題を起こしてくれるのは今に始まったことじゃない。親の目を盗んで船に乗って行ってしまったのは随分昔のことだ。他にもヘルミーナが起こした事件は、船乗りたちの間では語り草となっている。

 彼女こそお転婆な水の妖精、船乗りたちのお守りだ。



 ヘルミーナはしばしロッドにからかわれつつ、他の乗組員たちとも昔話に花を咲かせていた。そこへ、リックとランスが船に乗ってきた。二人はカイザーに報告すると、カイザーはロッドにだけ話があると船内の一室に入っていった。

 話し合いは長くはかからず、終わった後はリックとランスが船に残ることになり、一方のヘルミーナとカイザーは船から降りることになった。

 不安はあったが「悪いようにはしないから」と言ってきたカイザーの言葉を信じることにした。


「ミーナ嬢は船乗りたちに慕われているんだな」


 外套を深く被ったカイザーは、海沿いを歩きながらそう言ってきた。

 船から降りるとき、まさか抱えられて人の居ない場所に飛び降りることになるとは思わず、未だに鼓動が早い。

 ヘルミーナは帽子を直しながら、いくつも船が並ぶ港を眺めてから答えた。


「船長に教えてもらったことがあるんです。船乗りたちにとって港は第二の故郷で、仲間は家族なんだと。だから、私にとっても乗組員は家族のようなものなんです」


 自分がなぜ、社交界デビューしてからカレントに訪れなくなったのか。今日になってその答えが分かった気がする。

 それは自慢する家族たちに「お荷物令嬢」と呼ばれた自分の姿を、見られたくなかったからだ。……幻滅されたくなかった。

 けれど、彼らは何も変わらず接して来てくれた。もしかしたら社交界での出来事など知らないのかもしれない。仮に知られたところで、彼らの前では着飾る必要もないのだと気づくことが出来た。

 ヘルミーナは表情を綻ばせ、幼い頃に教えてもらった話をカイザーに教えた。すると、彼は僅かに目を見開き「それは──」と口を開いた。


「──……ミーナ?」


 カイザーが何か言いかけようとした時、後ろから呼ばれてヘルミーナは立ち止まってしまった。

 足を止めるべきではなかった。

 船に乗り込もうとした時のように、気づかない振りをすれば良かった。今でも名前を呼ばれるだけで背筋に寒気が走る。

 あの日の出来事を思い出せば、吐き気が込み上げてくるようだ。

 そんな中、辛うじて出来たことは震える唇を噛んで婚約者の名前を必死に呑み込むことだった。

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