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お荷物令嬢は覚醒して王国の民を守りたい!【WEB版】  作者: 暮田呉子
3.囚われの王子と導きの女神

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番外編「異国の冒険者と王国の騎士」後編

 魔物の討伐をやり遂げた騎士団は、その半数が怪我を負っていた。しかし、歩くことも出来ない騎士以外はある程度の応急手当てを施された後、国王夫妻の護衛について王城へと帰って行った。

 一方、残された騎士は天幕の中で今も治療を受けている。

 見張りの時、天幕の横を通ると痛みに呻く声が聞こえてきた。けれど、弱音や泣き言を漏らす騎士は誰もいなかった。彼らはこの環境に慣れてしまっているのかもしれない。この救いようのない現実に。

 ライアンはやるせなくなる気持ちを堪え、与えられた役割に没頭した。


 騎士団が引き上げていった後、ギルド長は残った騎士達と魔物の残党狩りのため情報を共有したようだ。魔物の種類やおおよそ残っている数を把握することで危険レベルを測ることが出来る。いくら大きな仕事とはいえ、レベルの合わない冒険者を闇雲に行かせて死なせるわけにはいかない。

 結果的に、五人一組のチームを組んで行動することが義務付けられた。チーム分けは魔法の属性に偏りが生じないように、ギルド長が行ってくれた。

 そして冒険者による残党狩りの初日、十組ほど出来たチームがそれぞれ分かれて山に入って行った。

 山の中は不気味なほど静まり返っていた。だが、魔物の放つ嫌な気だけは感じ取ることが出来た。

 ライアンのチームには火魔法を使う男が二人、風魔法を使う女が一人、水魔法を使う男がライアンを含め二人だ。教えてもらった通り、属性によって髪色や瞳の色が違っていたおかげで覚えやすかった。それに皆レベルも高く、気さくな冒険者達で、他国出身のライアンのこともすんなり受け入れてくれた。

 これなら魔物の討伐も問題ないだろう──そう思っていた。だが、ライアンの予想は悪い形で裏切られることになる。

 森に入って数時間、草木の中から突然魔物が襲いかかってきた。


「魔熊爪だ、気をつけろ!」


 茶色の毛並みをした大型の魔熊爪が大きな口を開いて突進してくると、鋭い爪を振り上げてきた。ライアン達は四方に散って無事だったが、興奮している魔熊爪は一番近くにいたライアンに狙いを定めると、再び飛びかかってきた。

 ライアンは背中の大剣を抜き、魔熊爪の攻撃を受け止めた。一時的に身体強化をしていなければ体はいとも簡単に投げ飛ばされていただろう。

 両腕に重い衝撃が走る。ライアンは舌打ちして攻撃を受け流すと、剣を持ち替えてがら空きになった魔熊爪の腹部を狙って大剣を突き刺した。

 いつもならこの一撃で倒している。けれど、魔熊爪は攻撃を受けても後ろによろめくだけで、またライアンに前足を振り下ろしてきた。やられた、と思った瞬間、真横から火の魔法が飛んできて魔熊爪は弾き飛ばされた。


「何をやっているの!? 物理攻撃だけじゃ魔物は倒せないわよ!」

「なんだって……!?」


 火魔法を使う男たちが魔熊爪を攻撃し、魔熊爪はあっという間に消滅してしまった。

 呆然とするライアンの元に風魔法を使う女性が駆け寄ってきて、ライアンの無事を確かめてくれた。


「物理攻撃はダメージを与えられても、消滅させることは出来ないわ。もしかして知らなかったの?」

「……この国の魔物は物理攻撃が効かないのか?」

「ええ、そうね。剣を使うなら魔力を剣に纏わせれば倒せるはずよ」

「大丈夫か、怪我はないか!?」


 ライアン達の元に、火魔法で魔熊爪を倒した男たちが戻ってきた。水魔法を使う男は木に移った火を消火している。男たちは辺りを見渡した後「この辺にはさっきの魔熊爪しかいなかった。はぐれた魔物だろう」と言ってきた。

 ライアンは片手を上げて無事を知らせると、持っていた大剣を背中に戻した。


「まさか物理攻撃で魔物に挑むとは思わなかったぜ。相手が中級クラスの魔物じゃなかったら、怪我だけじゃ済まなかったぞ」

「……待ってくれ。今のが中級クラスだって?」

「ああ、異端種だったら間違いなく上級クラスだろうがな。あの弱さなら下級と中級の間ってところだ」


 ──弱い、あれが?

 赤髪の男たちは「この辺りに強い魔物はいないようだ」と言うが、ライアンは再び驚かされることになった。

 それはライアンの知る魔物のレベルとはまるで違っていたからだ。

 他にも魔物と遭遇したが、上級クラスがここでは中級クラス扱いで、下級クラスだと思っていた魔物は戦うに値しない扱いだったのだ。それなら上級クラスの魔物は一体、どれだけ強いのだろうか。

 幸か不幸か、その日ライアン達のチームが上級クラスの魔物に出くわすことはなかった。

 しかし、魔物の残党狩りは思った以上に厳しいものだった。

 残党狩りの初日とあって、日が暮れる前に村に戻ってくることになっていたが、十組あったチームで戻ってきたのは七組だけだった。他の三組は日が沈んでも帰って来ることはなかった。

 それでも一度は引き受けてしまった仕事だ。翌日もチームごとに山へ入り、魔物を見つけては討伐していった。だが、二日目も一組のチームが戻って来なかった。

 騎士団に流れていた悲壮感が冒険者達にも漂い始める。ライアンもエルメイト王国に来てから五日目の朝を迎えていたが、次第に後悔するようになっていた。

 だが、討伐完了の合図が出るまで山に入らなければいけない。冒険者達は翌日も重い足取りで集合場所に集まった。

 その時、後方から馬の駆けてくる足音がした。

 視線を向けた先に、真紅の団服を着た騎士が馬に乗って近づいてくるのが見えた。


「──冒険者の責任者はいるか?」


 走らせてきた青毛の馬からひらりと舞い降りた騎士は、集まっていた冒険者に声を掛けてきた。透き通るような薄緑色の髪にエメラルドのような瞳が、整った顔立ちをより際立たせている。

 もう一人の騎士もまた精悍な顔立ちに、真っ赤に燃えた髪色とオレンジ色の瞳をした品のある男だった。どちらも貴族だろう。そして彼らの態度からするに、騎士団の中でも上の立場の人間だ。

 すると、ギルド長と話していた騎士の一人が彼らに気づいて駆け込んできた。


「マティアス団長にカイザー副団長まで! なぜこちらに!?」

「総長より命じられた。冒険者の責任者と話がしたいんだが」

「それでしたらこちらへ!」


 二人を見つけた騎士は、先程まで沈んでいたとは思えない様子で彼らを案内していく。他の騎士達も同様に目を輝かせているのが分かった。

 彼らが横を通り過ぎていく時、一瞬だけ目が合った。睨まれたわけでもないのに、背筋に寒気が走った。あの二人は間違いなく強い。たった一瞬だったのに、手にはじっとりとした汗がにじみ出ていた。


「貴方がカレントのギルド長か。私は王国騎士団、第一騎士団団長のマティアス・ド・ラゴルだ」

「同じく第一騎士団副団長のカイザー・フォン・レイブロンだ」


 ギルド長の元に連れて行かれた二人は、それぞれ名乗って挨拶をした。二人が身分を明かすと周囲は思いの外ざわついた。

 何も知らなかったのはライアンだけだ。ギルド長でさえ二人の名前を聞くなり慌てていた。


「王国騎士団総長の命に従い、魔物の残党は我々が始末する。水魔法が使える冒険者を数名貸してほしい。山の滞在は二日間程だ」

「我々……というのは、騎士団で討伐されるということでしょうか?」

「正確には、我々二人だ」


 魔物の群れは追い払えたが、まだ山にどのぐらいの魔物が残っているか分からない。それを二人で片付けてくると言ってくる騎士に、ギルド長は顔を強張らせた。

 けれど、ギルド長でも逆らえない相手なのか「分かりました」と頷いた。

 続けてマティアスと名乗った騎士は「三十分後に山へ入る。それまでに行ける者を選んでおいてくれ」と言うと、騎士達の天幕に入って行こうとした。ライアンは咄嗟に二人の騎士を呼び止めていた。


「ちょっと待ってくれ! アンタ達二人で行くなんて正気じゃないよな……!?」


 親切心からではない。現実的に無理だと思ったからだ。大勢の騎士や冒険者が犠牲になっている山で、たった二人の騎士に何が出来るというんだ。

 ところが、飛び掛かる寸前のライアンと彼らの間に、ギルド長が割って入ってきた。


「いいんだ、ライアン。彼らなら問題ない」

「しかし、ギルド長!」

「彼らは王国騎士団の中でも強者揃いの第一騎士団だ。俺たちの出る幕じゃない」


 ライアンはギルド長に止められ、二人に近づくことも出来なかった。

 彼らがどれだけ強いのか分からないが、言っていることが無茶苦茶だ。自分以外にも彼らを止めてくれる者がいないか期待したが、誰も「やめたほうがいい」と言ってくる者はいなかった。

 むしろ、皆どこか安心した顔をしている。彼らが犠牲になることで自分が救われるとでも思っているのか。ライアンは納得出来ず舌打ちしたが、最後はギルド長の決定に従うしかなかった。


 水魔法の使える冒険者がライアンを含めて八人、山の入口に集まった。二日間籠もる準備も出来ている。そして三十分ぴったりに、騎士達の天幕から出てきた二人が姿を現した。

 どちらもやって来たままの身軽な姿だが、本当に大丈夫だろうか。これから彼らの指示で動かなければいけないかと思うと不安でしかない。

 すると、マティアスが一人山の方に向かって立つと、暫く静かに目を伏せた。


「……東一キロ範囲に三頭、北五百メートル範囲に八頭、西八百メートル先に複数の魔物と強い気を感じるな」

「山を丸裸にしてしまった方が早いかと思われますが」

「風の民への冒涜だぞ。──強い気は異端種の可能性もある。そいつが山を下りて他の村を襲う前に片付けた方がいいだろう」

「承知しました」


 一体何が起きたのか。微量の魔力を感じたが、今の一瞬で山全体の魔物を走査してしまったというのか。凄いことをやっているのに、目の前の二人は普通に喋っていた。

 二人は上司と部下という関係なのだろう。ただ、ライアンから見るに二人はお互いを信頼しているものの、ライバル同士という雰囲気があった。


「そういえば……団長の処罰理由は任務にない護衛をしたと聞きましたが」

「私が誰を護衛し、誰を守ろうがお前には関係ない」


 途端、二人の空気が悪くなる。これから山に入るというのに何を考えているのか。

 不安に駆られるライアンを他所に、二人はさっさと山に入っていく。離れていく赤い団服を見つめていたライアンは、ため息を吐きつつ彼らの後に続いた。



 山の中は相変わらず異様だった。鳥の声が聞こえないどころか、生き物が住んでいる気配も感じられなくなっていた。


「……あの、もう一人の方は?」


 山に足を踏み入れてから数分と経っていない。なのに、視界からマティアスの姿が消えていた。先程のことで仲間割れしたんじゃないかと思ったが、カイザーは落ち着いていた。


「団長のことは気にしなくていい。森の中で彼を見つけるのは至難の業だ。ただ道順はしっかり刻んでいってくれるから問題ない」


 刹那、一枚の木の葉が不自然にもひらひらと落ちてきた。次に体の横を風が吹き抜けていく。なぜか風の向かう方に足が誘われた。

 カイザーが風の流れていく方を見た後、一度振り返って冒険者に向かって口を開いた。


「私はこのまま団長を追って行くが、他の冒険者は自分のペースで来てくれ。もし草木に火が燃え移っていた場合はすみやかに消してほしい。私達の後であれば魔物の襲撃はないはずだ」


 絶対だと言い切る根拠は不明だが、妙に納得してしまいそうになった。カイザーの言葉には人を従わせる力があったのだ。

 ライアン以外の冒険者は頷き、すでに安心しきっていた。だが、ライアンはまだ異国の騎士に自分の命を預けてやれるほどこの王国を知ったわけじゃない。

 姿を見せないマティアスを追って動き出すカイザーに、ライアンも彼の後を追った。


「君は……」

「これでも上位ランクの冒険者なんだ。俺も一緒についていく」

「異国の冒険者か。私は構わない、宜しく頼む」


 もっと毛嫌いされるかと思ったが、カイザーはすんなりライアンを受け入れた。多くの部下を従える副団長だからだろう。彼の隣に並ぶと、不思議と力が湧いてくるようだった。

 だが、それも魔物の前では何の役にも立たなかった。

 風が吹き抜ける場所に走っていくと、突然強烈な血の匂いがして思わず足を止めた。

 カイザーは、血溜まりの中で一人佇むマティアスを見つけて短く息をついた。


「団長、また一人で……」

「邪魔なものを排除しただけだ。──来るぞ」


 マティアスの周囲には狼の魔物が五体ほど切り刻まれて絶命していた。けれど、それ以外にも原型を留めていない人の肉体がいくつも散らばっていた。山に入った冒険者のものだろう。ライアンは吐き気を堪えるだけで精一杯だった。

 刹那、草木の中から大きな唸り声を上げた黒い塊が飛び出してきた。


「魔猪牙の異端種か」

「奴の突進は厄介ですね。当たったら一溜りもありません」

「まずは動きを止めてから仕留めるとしよう。山にいる魔物を一掃して、一刻も早く王城に戻らねば」


 今までは比べ物にならない上位クラスの魔物だ。Aランク冒険者が五人いても倒せるかどうか。こんな魔物がいる山なら、冒険者たちが戻ってこなかったのも頷ける。レベルが違い過ぎた。

 それなのに、ライアンの前にいる二人の騎士は、恐怖すら感じていない様子で巨大な猪の魔物と対峙していた。逃げる、という選択肢はないようだ。

 ライアンは背中の剣を抜いて構えたが、いつ近づいたか分からないマティアスが、ライアンの剣先に触れ「手出しするな」と下に向けた。

 すると、カイザーが魔猪牙に向かって突っ込んでいった。抜いた剣からは炎が走り、美しい火花を散らしながら魔猪牙の足を斬りつけていく。魔猪牙は足を踏み鳴らし、勢いよく鼻を持ち上げて鋭い牙で攻撃してきた。

 

「マティアス団長!」


 カイザーが魔猪牙の攻撃をかわした瞬間、ライアンの視界からマティアスの姿は消えていた。

 そして目にも止まらない速さで魔猪牙に近づき、魔猪牙の頭上に飛び上がるとしなやかな身のこなしで攻撃をかわしつつ、抜いた剣を振り下ろした。それは一枚の風景画を見せられているようだった。

 ゆっくりと過ぎていく光景の中で、マティアスが巨大な猪の頭と胴体を切り離したのだ。あまりに一瞬過ぎて、切られた魔猪牙でさえ何が起こったのか分かっていなかった。魔猪牙の頭が地面にごろんと転がってくるまでは。

 これが王国で最強の騎士たちか。

 その圧倒的な強さに、ライアンは呆然と立ち尽くしてしまった。もし回復魔法が使えていたら、と考えたが使えたところで彼らに敵うわけがない。

 彼らは一つの魔法に特化し、身体能力も高く、剣術も優れている。魔物を討伐するために鍛えられた戦士だ。

 力の差を見せつけられたライアンは、先を急ぐ二人の後を追うも体力が続かず途中ではぐれてしまった。ただ、魔物に遭遇することはなく、山の中で夜を越しても心細さは全くなかった。

 合流地点となっていた場所に向かい、他の冒険者と合流したがそこに彼らの姿はなかった。代わりに別の騎士が待っていてくれた。二日間というのは冒険者に必要な日数で、彼らはたった一日で山にいた魔物を駆逐してしまったのだ。完敗だった。

 この王国なら、自分に足りないものを伸ばすことが出来る。

 村に戻ってきたライアンは、馬車の中で世話になった年配の冒険者を見つけて声を掛けた。


「この国で魔物狩りの依頼が頻繁に出される領地はどこだ?」

「ああ、それならラゴル領じゃな」

「ラゴル……」

「西の城壁と言えば誰でも知っているさ。魔物の森と隣接してるんで、力のある冒険者がこぞって向かうが、半年もしない内に半分が命を落とし、もう半分は逃げるようにして戻ってくる場所だ。アンタも行くのは勝手だが、止めておいた方が身のためだ」

「教えてくれてありがとう」

「おい、アンタ……!」


 行かないほうが良いと忠告してくれる彼に感謝を伝え、ライアンはカレントに戻る馬車に乗り込んだ。

 新しい大陸に足を踏み入れてまだ日も浅いのに、己の無力さを痛感させられた。ここで鍛えれば自分も彼らのようになれるだろうか。


「西か。楽しみだ」


 ライアンは自身のレベルアップに向けて、エルメイト王国での冒険を始めるのだった。

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