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お荷物令嬢は覚醒して王国の民を守りたい!【WEB版】  作者: 暮田呉子
3.囚われの王子と導きの女神

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番外編「異国の冒険者と王国の騎士」前編

 ライアンは二つの大陸を渡り歩いてきた冒険者だ。異名こそないものの、界隈ではそこそこ名の知れた上級ランクの実力者である。

 歳は二十代後半。褐色の肌に金髪碧眼の派手な容貌に、冒険者らしい強靭な肉体と背中に背負った大剣がトレードマークになっている。

 そんな彼が商船の護衛を任され、三つ目の大陸に足を踏み入れたのは五日前のことだ。

 エルメイト王国という名の王国に到着してから間もなく、ライアンはさっそく冒険者ギルドを訪れていた。

 まずは依頼完了の報告と、その報酬と王国の地図や情報を手に入れ、通貨の両替もしなければいけない。ゆっくり街を見て回るのはそれからだ。

 ライアンがギルドに到着すると、日中にも関わらずギルド内は冒険者でごった返していた。ギルドの職員は慌ただしく動き回り、殺到している冒険者の対応に追われている。


「なあ、ちょっと訊ねてもいいか?」

「なんだ、こっちは忙しいんだ。手短に頼むぜ」


 ライアンは気になって一番後ろにいた赤茶色髪の男に声を掛けた。魔物の討伐を生業にしているのか、隆起した剥き出しの筋肉は傷だらけだ。

 この国では、傷は男の勲章なのかもしれない。


「俺はさっきこの国に着いたばかりなんだ。何があったのか教えてくれないか?」

「他国の冒険者か、珍しいな。なあに、ここからそう遠くない村に魔物の大群が押し寄せたらしい。王国騎士団が討伐に当たっているが、冒険者にもその依頼が舞い込んできたというわけさ」


 それは耳寄りな話だ。魔物の討伐は冒険者の中でも依頼報酬が大きい。大規模な討伐となれば特別報酬も出る。ここに来て間もないライアンにとっては、手持ち金を稼ぐ必要があった。それからこの国の魔物のレベルも知っておきたい。

 男にお礼を言うと「受付の方は空いてるだろうから向こうに行くといい」と教えてくれた。ライアンは片手を上げて男と別れ、受付に向かった。

 しかし、ライアンの喜びは長く続かなかった。



 いくつかの用事を済ませたライアンは、複数の船が停泊している港を眺めながら、屋台から買ってきた魚介類の串焼きを頬張っていた。

 憩いの場になっている広場は、ベンチがいくつもあって時折吹いてくる潮風が心地良い。

 けれど、ライアンは初めての国を楽しむ余裕など無くなっていた。なぜ港町の冒険者ギルドで「他国の冒険者は珍しい」と言われたのか、その理由が分かった気がする。

 ライアンは王国の地図を膝の上に広げ、受付嬢から得た情報と照らし合わせた。

 エルメイト王国は、二重の城壁に囲まれた王城を中心に、火、水、風、土の魔法属性に分かれた一族がそれぞれ土地を所有していた。貧富の差はあるものの生活水準は高く、王国の民は身分に関係なく決まった属性の魔力を持って生まれてくるらしい。

 今いる場所は水属性の一族が治めている領地の一つで、第二の首都と呼ばれるほど栄えた水の都市カレントだ。貴族も訪れる観光地だけあってお洒落な建物が建ち並び、道路も綺麗に舗装されていて歩きやすい。治安もしっかりしていて、ここなら魔物に襲われることもなさそうだ。

 だが、魔物はどの地域にも現れ、王国騎士団や領主の私兵、冒険者や傭兵などによって討伐されているようだ。

 ──ただ不思議なことに、これだけ対魔物の魔法や人材は揃っているのに、傷を癒やす薬や物が全く存在していなかった。

 渡り歩いてきた国には当たり前にある治療薬ポーションが、この国にはなかった。治療薬ポーションとは魔法の薬で、病気や怪我の治療だけでなく体力の回復にも使われ、冒険者にとっては必須アイテムだった。

 ギルドの受付嬢に治療薬ポーションの購入先を訊ねたが、首を捻られた。仕方なく冒険者専用の武器や道具が買える店を教えてもらったが、治療薬ポーションの販売はないと言われた。何でも傷が一瞬で治るからと他国で売っているものを輸入したが、全く効果がなかったというのだ。

 嫌な予感がして持っていた自分の治療薬ポーションを使ってみたが、ただの水に変わっていた。

 問題はそれだけじゃない。

 治癒魔法は得意じゃなかったが、小さな傷を治すくらいなら出来たのに、どういうわけかそれも使えなくなっていた。

 エルメイト王国全体に特殊な結界でも張られているんじゃないかと考えたほどだ。もしくは、魔物の巣窟になっているダンジョンの特殊エリアに入った気分だ。

 勿論、治癒方法がないわけじゃなかった。教会に行けば神聖魔法によって怪我を治してくれると言われた。ただそれには膨大な治療費が必要だという。

 三百年前に「聖女」がいたという話は聞いたが、聖女と同じ光属性を持った者は今も現れていないようだ。

 いや、それ以前に聖女は誰とも結婚しなかったのだろうか。遺伝によって魔法の属性も引き継がれていくなら、三百年も経っていればそれなりに光属性を持った者がいても可笑しくない。


「他国出身の俺が気にしても仕方ないが……」


 これまで頼りっぱなしだった治療薬ポーションと治癒魔法が使えない──。他国の冒険者が避けていくはずだ。でも、この国の民はそんな環境下でも魔物と戦っているのだ。

 ライアンは最後の串焼きにかぶり付き、開いていた地図を畳んでポケットに押し込んだ。


「あー……失敗したか。でも、ここで逃げ帰ってたらSランク冒険者にはなれないよなぁ」


 幸い他の魔法は使える。身体強化も問題ない。負傷した時は心配だが、それはこの国の冒険者や騎士も同じだ。

 ギルドでは明朝、乗合馬車を出して村に出た魔物の討伐に向かうと発表していた。報酬もなかなかのものだ。この国の民がどうやって魔物を討伐しているのかも確認出来る。

 ライアンは立ち上がり、相棒の大剣を背中に掛けて青々とした異国の空を見上げた。

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