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お荷物令嬢は覚醒して王国の民を守りたい!【WEB版】  作者: 暮田呉子
3.囚われの王子と導きの女神

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 実践訓練のため騎士団に足を運んだルドルフは、真横から突き刺さる視線を感じて苦笑した。

 女性に見つめられることはあっても、男性に見つめられることは少ない。そこで全くなかったと言えないのが残念である。ただ、彼らの視線は好意からくるものであって、隣に立つ親友の視線は真逆の敵意に近かった。


「そんな顔で見つめてきても、この剣はやれないよ?」

「……誰も欲しいなんて言ってない」

「それは良かった。ヘルミーナ嬢が私のために用意してくれた剣だからね。柄頭についた魔法石も彼女自ら加工してくれた物だし」


 ルドルフは金の装飾が施された白い鞘に収まったロングソードを持ち上げ、悪戯な笑みを浮かべた。一方、カイザーは拳を握り締めて今にも憤慨する勢いだ。相手が王族だろうが関係ない。相手は幼い時から一緒に過ごしてきた幼馴染みである。


「それは父上が謝礼としてヘルミーナ嬢に渡した剣だ! ルドだって公爵家の武器庫に保管されていたのを見たことがあるだろ!?」

「ああ、懐かしいね。子供の頃、武器庫に忍び込んで一緒に叱られたね。あの時、私は大事に飾られていたこの剣が欲しいと思ったけれど、まさか本当に自分の手元に来てくれるとは思わなかったよ」

「覚えているなら返してくれ。先代達が集めてきたコレクションの一つだ」

「でもヘルミーナ嬢は、騎士団で使っている剣と同じ物だと言ってきたんだけどね」


 光属性の魔力で加工された魔法石を見た時は笑うに笑えなかったが、更にその魔法石のついたロングソードが手元に届けられた時には頭の中が真っ白になった。

 今までの苦労が一瞬にして弾け飛ぶような衝撃を受けた。決して悪い意味ではない。ただ、苦難と苦悩に苛まれてきた王族たちの思いが、光の神エルネスに届いた気がした。

 ルドルフは込み上げる気持ちを抑え、剣の効果を確かめた。レイブロン公爵に剣を見せた時はなんとも言えない表情をしていたが、彼の協力を得て実際に下級の魔物に近づけた。

 すると、魔力を持った子供でも倒せるほど弱い魔物になると、剣を鞘から抜いただけでも消滅してしまった。斬る手間が省けて嬉しかったが、それでは正確な効果が分からない。

 そこで、レイブロン公爵に無理を言って魔物を使った実践訓練に参加する許可を貰った。最初は渋っていたレイブロン公爵だったが、国王の口添えもあって許しを得た。

 本来なら王族を魔物と引き合わせるなど、正気の沙汰ではない。それでも許可が下ったのは、彼らもまたこの光属性を纏った剣が魔物の討伐に使えるのかどうか自分の目で確かめたかったのかもしれない。このような剣は他にないのだから。


「お前に渡ると知っていたら騎士団にある予備の剣を渡していたさ。おかげで贈り物に失敗した父上は、女性の贈り物には何が良いかと母上に訊ねてあらぬ疑いを掛けられる始末だ」

「ヘルミーナ嬢に貴重な品物を贈っても、価値を倍に釣り上げて横流しされてしまうからね。それは私も陛下も悩んでいるよ」


 いっそ王国ごと渡してしまおうかと思っている、とルドルフが苦笑いを浮かべると、カイザーは口元を引き攣らせた。これでは好意を寄せるヘルミーナに何をプレゼントすれば良いのか分からない。

 彼女の存在自体が王国にあるどの宝より貴重なのだ。ありきたりな物では満足出来ず、貴重な品物を差し出しても素直に喜んでくれるかどうか。

 嘆息して歩いていた二人は、演練場に到着した。ルドルフとカイザーが演練場に姿を見せると、他の騎士達も合流して間もなく魔物が放たれると報告してきた。

 ふと視線を感じて振り向くと、そこにヘルミーナがいた。しかし、彼女の横にマティアスの姿を見つけてカイザーは眉間に皺を寄せた。同じく見学席に目を向けていたルドルフはカイザーを見るなり、「嫉妬なら後にしてくれるかい?」と言ってきた。カイザーはますます顔を顰めた。

 その時、魔物を放つ号令が鳴り響いた。反射的に開かれた扉を見れば、巨大な鉄柵がゆっくり持ち上がっていき、二人の意識はそちらに集中した。


「──来るぞ」

「今日は宜しく頼むよ、カイザー」


 ルドルフは剣を腰に差して、カイザーもまた身構えた。お互いに剣を交えたことは何度もあるが、魔物を前にして共に戦ったことはない。

 けれど、不思議と初めてという感覚がしなかった。もう長いこと背中を預けてきた戦友のような感じがして、唸り声を上げて飛び出してくる魔物に、なぜか二人の口角が持ち上がっていた。




 鉄柵が上がり切ると、奥から狼の姿をした魔物が三頭出て来た。赤い毛並みをした魔狼牙は、真っ赤に燃える緋色の目をしていた。音は防壁シールドによって遮断され、彼らの唸り声や遠吠えは聞こえてこなかったが、それでも初めて見る魔物に鳥肌が立った。


「ヘルミーナ様、大丈夫ですか?」

「だい、じょうぶです……」


 一人の時に遭遇していたら気を失っていただろう。腰ほどの高さがある狼の魔物に指先が震え出す。

 それなのに、剣を持ったカイザーとルドルフは他の騎士達と共に、魔狼牙に向かって突っ込んで行った。ルドルフが鞘から剣を抜き取ると、魔狼牙がそれぞれ動きを止めた。


「魔狼牙は本来、獲物を見つけたら仲間で狩りをする魔物です。討伐クラスこそ下級ですが動きが素早く、群れで向かって来られるとかなり手強いです」

「彼らの動きが止まったのはなぜでしょうか?」

「ルドルフ殿下の剣に反応したのでしょう。光属性は魔物に効果的ですから」


 横で説明してくれるマティアスの言葉を聞きながら、ヘルミーナは無意識の内に両手を組んでいた。

 アネッサは落ち着いていたが、急に無言になった彼女の横顔を見れば、自分の兄と婚約者を心配しているのがひしひしと伝わってきた。

 それでも演練場の中では、指示を飛ばすカイザーの姿が見えた。


 ──皆さん、どうか無事で。


 祈るような思いで見つめていると、地を蹴るカイザーとルドルフに対し、魔狼牙も三方に散って攻撃を仕掛けてくるのが分かった。


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