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お荷物令嬢は覚醒して王国の民を守りたい!【WEB版】  作者: 暮田呉子
3.囚われの王子と導きの女神

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「本日の実践訓練にはルドルフ王太子殿下も参加される」


 演練場の使用は各部隊ごとに訓練時間が割り振られ、騎士が切磋琢磨しながら剣術や魔法を磨いている。

 しかし、その日はいつもと違っていた。

 朝早く各部隊へ伝令が送られ、それぞれの団長と副団長及び第一騎士団と第二騎士団に招集が掛かった。命じたのは騎士団総長のレイブロン公爵だ。

 騎士達は直ちに演練場へ集まり、次の命令が下るまでじっと待った。そこにレイブロン公爵が姿を見せると、部下に向かって短く命じた。

 本日は魔物を使った実践訓練を行う、と。予定になかった実践訓練に周囲がざわつく。けれど、彼らが最も驚いたのはルドルフその人の名前だ。

 無効化の能力を持つが故に魔物と戦うことの出来ない王族の、突然の参加。誰もが自分の耳を疑い、演練場は異様なほど静まり返った。




 騎士団の宿舎に向かおうとした時、扉がノックされた。人の気配が感じられなかったせいか、メアリが咄嗟に身構える。けれど、現れた相手にヘルミーナは納得した。

 開かれた扉の前に立っていたのはマティアスだった。その後ろにはリックが控えている。迎えに来てくれたにしては物々しい雰囲気に緊張が走った。


「本日、演練場で実践訓練を行います。魔物を檻の外へ放つため、ヘルミーナ様にその旨お伝えに参りました」

「魔物を……」


 マティアスは視線を合わせながら、ゆっくりした口調で伝えてきた。ヘルミーナが怯えないように気遣ってくれたのだろう。それでも魔物と聞いてヘルミーナは背筋が寒くなるのを感じた。

 未だ魔物を見たことはなくても、魔物によって傷ついた人達を見てきた。また前回と同じようなことがあったらと思うと表情が強張った。


「ヘルミーナ様が心配されることはありません。今回は私も含め、各団長が揃っております。前回のような失態は起きません。ですが、魔物が放たれる傍で過ごされるのは私も賛成でき兼ねます」

「……そう、ですね」


 危険はないと言われても魔物がいる近くで過ごすのは気が引ける。ただ、何かあったときすぐに治療できないのも不安だ。一度はマティアスの提案を受け入れようとしたが、ヘルミーナは思い留まった。

 その時、控えていたリックが「団長、それでは話がっ」と口を挟んできた。慌てるリックの様子に、メアリが眉根を寄せて「お兄様、どういうことですか?」と訊ねた。

 リックは、余計なことを喋るなと睨んでくるマティアスと、しっかり説明して下さいと睨んでくる妹のメアリの両者に挟まれ、最後はヘルミーナに託す形で渋々口を開いた。


「……ルドルフ殿下より、ヘルミーナ様を演練場へお連れするように頼まれました。実際に魔物を使っての訓練を見るのは、ヘルミーナ様にとっても良い経験になるからと」

「ヘルミーナ様を敢えて危険な場所に連れて行く必要はない」

「しかしですね!」


 ルドルフに命じられた以上、それに従おうとするリックと、あくまでヘルミーナを危険に晒したくないマティアスの二人で意見が対立しているらしい。それならば、最初から悩む必要はなかった。


「団長様、私も実践訓練を見学したいと思います。危険でなければ私を演練場に連れて行っていただけませんか?」

「──承知しました。本日は私が護衛に当たらせていただきます」


 ヘルミーナは身を案じてくれるマティアスに感謝しつつリックの方を選んだ。ルドルフがなぜヘルミーナを連れてくるように命じたのか、その理由を知っているからだ。

 それに護衛として付いてくるマティアスと、安堵するリックの様子を見ればヘルミーナが演練場に行くのは予め決まっていたようだ。

 隣のメアリを見れば、肩を竦めて嘆息する姿に笑いが溢れる。おかげで、先程まで感じていた恐怖は薄れていった。



 ヘルミーナ達が到着した時、すでに多くの騎士が演練場を取り囲むように立っていた。反対側の城壁には巨大な扉が開かれ、鉄製の太い柵が降りていた。以前来た時は扉の存在すら気づかなかったが、鉄柵の奥から魔物の唸り声が聞こえてきそうでゾッとした。

 ヘルミーナは慌ててリックの後を追い、案内された見学席に向かった。


「ご機嫌よう、ヘルミーナ」

「アネッサ様……!」


 見学席に着くと先に座っていたのはアネッサだった。いつもよりシンプルな藍色のワンピース姿に、赤髪を後ろに纏めて縛っている。

 ヘルミーナはアネッサに近づき、声を掛けた。


「どうしてこちらに? 本日は、その……」

「魔物を使った実践訓練なのでしょう? いずれ王太子妃となるのですもの、実践訓練を見学するのは当然ですわ。わたくしも時々参加させてもらっているのよ」


 この場に集められた人は皆ヘルミーナの存在を知っている人だけだと教えられた。そこにアネッサもいるとは思わなかったが、ヘルミーナは誘われるがまま彼女の隣に腰を下ろした。


「ルドがヘルミーナから渡された剣をとても喜んでいたわ。子供のようにはしゃいでしまって大変だったのよ?」

「ええ、と……それは」

「冗談よ。でもルドが喜んでいたのは本当なの。お兄様は嫉妬していたけれど、でも嬉しそうだったわ。だから、ルドと一緒に実践訓練がしたいとお父様に無理を言ったのね」


 そう言って溜め息をつくも、アネッサの表情はとても柔らかかった。ヘルミーナは心が温かくなる話に、口元を緩ませた。

 その時、演練場の一部に人だかりが出来た。見ればルドルフとカイザーの姿があった。振り返った二人と目が合った気がしたが、演練場に響く号令に彼らの視線が離れた。

 すると、配置されていた騎士がそれぞれ両手を持ち上げて演練場全体を覆うように水と風の膜を張った。一瞬、嫌な記憶が蘇る。ヘルミーナが顔を背けると、マティアスがスッと真横に現れた。


「念の為こちらも防壁シールドを張らせていただきます。外部に音が漏れないようにしているため、視界以外は遮断されます」


 演練場に張られた膜とは別に、マティアスの風がヘルミーナ達を覆うように張られた。風の膜は圧迫感もなく、微かに聞こえる風の音色や新鮮な空気が心地良かった。


「ありがとうございます、団長様」


 お礼を伝えると一瞬だけ風の防壁シールドが揺らいだ。気のせいだと思ったが、隣ではアネッサが笑いを堪えるように肩を震わせ、マティアスの鋭い視線が向けられる。

 しかし、鉄製の重い柵が上がっていくのを見て無駄口を叩く者はいなくなっていた。ヘルミーナはこの日初めて、生きた魔物を目の当たりにすることになった。


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