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演練場の中央で白金髪を靡かせた青年が、淡い光を放つロングソードを両手で握り締めたまま立ち尽くしていた。切っ先から滴り落ちていた血が、彼の足元に横たわる魔狼牙を濡らす。絶命した魔狼牙は次の瞬間、黒い灰になって消滅した。
その光景を離れた場所から見守っていたモリスは「歴史の動く瞬間に立ち会えて、万感の思いです」と唇を震わせた。直後、演練場に歓声が湧き上がる。
ヘルミーナは忘れられない出来事が起こるたびに、「お荷物令嬢」だった記憶が塗り替えられていくのを感じていた……。
──天然の魔法石に光属性の魔力を注ぎ込む。
神聖魔法を効率良く、かつ負担が掛からないように扱う方法として、ヘルミーナが導き出した答えは至極単純だった。
なのに、すぐに思いつかなかったのは光属性を特別視していたからだ。他の属性と同じ扱いで考えていれば簡単に閃いていただろう。
光属性を含んだ魔法石など、王宮内の書物や資料を探っても見つからなかった。マティアスが身につけていたペンダントを確認しなければ、もっと時間が掛かっていたかもしれない。
ヘルミーナはまず天然の魔法石の性質を学び、次に良質な魔法石が採掘される領地などを調べた。
天然の魔法石はそのままでも十分使えるが、基本的に加工されて売買されている。
手の加えられていない魔法石は一度きりだが、注ぎ込まれた属性に変換できる性質を持っていた。魔道具が普及したのも、この魔法石の加工が盛んに行われるようになったからだろう。魔法石の鉱山を所有している貴族の自慢話は社交界でも良く耳にする。
つまり、加工される前の魔法石に光属性の魔力を流し込めば、ヘルミーナが直接魔法を使わなくても治療や浄化が出来るというわけだ。魔法水を作るより効率が良い。そして、考えが正しければもう一つの問題も解決するはずだ。
ヘルミーナは天然の魔法石を手に入れるため、定期的に訪れるフィンに相談した。
王宮に来てからも生活に必要な物は全て揃っていたため、敢えて物を購入する必要はなかったが、さすがに天然の魔法石は手元になかった。
魔法石がいくら高価と言ってもヘルミーナの個人資金で一、二個は購入出来るはずだ。これまでドレスや宝石を買わずにいたことが功を奏した。婚約者のおかげだとは思いたくないが。
しかし、フィンに魔法石の購入を伝えると、彼はなぜか安堵した表情を浮かべ「ようやくヘルミーナ様に恩が返せると、皆が喜びます」と言われて思考が停止した。言葉の真意を問おうとしたが、呼び止めるより先にフィンは颯爽と去ってしまった。
実のところ、国王とレイブロン公爵から謝礼と褒美の目録を貰っていた。だが、つらつらと書き綴られた文字を見て、ヘルミーナは卒倒してしまったのである。
それだけ度を越した内容だと言えば分かってもらえるだろうか。金貨、宝石、鉱山、土地に別荘、王族と同等の特権などを渡されても、ヘルミーナでは管理し切れない。
とてもじゃないが受け取れない、とヘルミーナはフィンを通じてルドルフに丸投げしたのである。フィンからは、ルドルフが上手くやってくれたと教えてもらったが、何をどのようにしたのかまでは聞かなかった。とりあえず自分の手から離れてくれたことに安心していた。
宮殿に住まわせてもらっているだけでも十分なのに、護衛の騎士や侍女まで付けてくれて、これ以上貰うわけにはいかない。──と、思っていたのに。
翌日届いたのは宝石箱いっぱいの魔法石だった。なんでも王宮に献上された貴重な天然の魔法石だと言う。深い青みを帯びた魔法石に、ヘルミーナはもう乾いた笑いしか出てこなかった。しかも個人資金ではとても手が出せない、上質な魔法石だ。
それを好きに使っても良いと言われて、ヘルミーナは脱力した。
彼らは分かっていて魔法石を贈ってくれたのだろうか? それとも知っていて、敢えて試しているんだろうか?
もし分かっていたとするなら期待に応えなければいけない。いや、むしろその方が都合が良い。魔法石に光属性を付与すれば、王宮に献上しようと思っていた。
ヘルミーナは途端にやる気をみなぎらせると、無我夢中で魔法石に加工を施した。
それらは後日纏めて国王とルドルフの元に届けられたが、顔面蒼白にしたモリスがヘルミーナの所へ駆け込んでくる事態となった。




