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「訓練中のところ邪魔するよ」
「ルド、……ルフ殿下」
魔力を無効化された騎士は呆然と立ち尽くしていた。そこへ悪びれる様子なく現れたルドルフに、あちこちから溜め息が漏れる。魔法が使えなくなる感覚はやはり慣れないものらしい。体内を巡る魔力を感じてホッとしたのは、これが初めてだ。
訓練が一時中断したところで、ルドルフは騎士達へ向けて挨拶を述べた。激しい手合わせをしてたカイザーとマティアスは、感興が醒めた顔でルドルフの話を聞いていた。そんな状況でも笑顔で喋っていられるルドルフの神経が凄い。
その後、王太子一行は見学席に移動して訓練の様子を見てから、騎士団の宿舎などを視察して行ったようだ。
訓練ではレイブロン公爵が懸念していた通り、多くの騎士がいつも以上に力を発揮し、ロベルトとヘルミーナは負傷者の世話で大忙しだった。数日もあれば治ってしまう負傷者には普通の薬で治療し、大きな怪我を負った騎士は病室に運んでもらい、ルドルフ達が帰った後に神聖魔法で治療した。
日が沈みかけた頃、ようやく全員の治療を終えたヘルミーナは、ロベルトと共にお茶を飲んでいた。あっという間に一日が過ぎてしまった。朝、何に悩んでいたのかも思い出せないぐらいだ。
疲れた体をソファーに預けて息抜きしていると、当直室の扉がコンコンコンと叩かれた。護衛のリックが扉に近づくと、開いた扉からランスが顔を覗かせた。
「あ、ミーナちゃん。包帯と消毒液と痛み止めの薬が欲しいんだけど」
「誰か怪我されたんですか?」
「それは……秘密?」
怪我人は騎士じゃないのだろうか。ヘルミーナが眉根を寄せると、ランスはただ笑うだけだった。けれど、ロベルトは察したように医療品の棚から包帯や薬を取って戻ってきた。
「……ルドルフ殿下が手合わせ中なんだろ。副団長も加減というものを知らんからな」
「いつものことなんだけどね」
ロベルトが持っていた物をランスに手渡すと、彼は「じゃーね、ミーナちゃん!」とすぐに出て行ってしまった。呼び止めようとしたが遅かった。怪我の具合も確認していないのに大丈夫だろうか。ヘルミーナは不安になってロベルトを見た。
「怪我をされたのがルドルフ殿下でしたら、私が直接治療に向かった方が良いかと思うのですが」
「……行ったところで、殿下は断るだろう。そういう姿を見られるのも嫌がる方だ」
「なぜ、殿下は……」
訊ねるヘルミーナを前に、ロベルトはソファーに深く腰を下ろした。苦い過去でも思い出したのか表情を曇らせる。暫く沈黙が流れると、ロベルトは重い口を開いた。
「エルメイト王国の王族は、王国が誕生した時から象徴になって我々民をここまで導いてきた。王子だけが生まれるのも、「無効化」という祝福が与えられるのも、全て光の神エルネスによって決められている。これは王族として生まれた者の宿命だ」
「……それは」
「だから、いくら騎士になりたいと願ったところで魔物を倒す魔力を持たない王族は、自分の身を守ることも出来ない。常に誰かに守ってもらわなければ、王都の外に出ることも叶わん。当然、あらゆる方法を試してみたが無効化の能力がある限り、魔道具を使うことも、もうひとつの魔力を得ることも出来なかった。無茶な実験をして身体や精神を壊しかけ、医者として止めたこともある」
どうして王族であるルドルフが二重属性の研究をしていたのか、その背景が見えてきた。同時に、今まで知らなかった──知ろうとしなかった、王室の抱える影の部分を覗いてしまった気がした。
「ルドルフ殿下はなぜそこまでして……」
「理由はいくつかあるが、一番は弟君のためだろう」
「セシル殿下の……」
「王室にいる間は守られているが、王太子が婚姻して子が生まれれば第二王子は王位継承権を返上し、王室から抜けなければいけない。そうすると王族に与えられた能力は全て失われてしまう。魔力を持たない者がこの王国で暮らしていくのは厳しい。彼らの大半は誰からも相手にされず、その存在は「忘れ去られた王族」に名を連ねることになる」
話を聞かされたヘルミーナは、喉がカラカラに渇いていた。皆から羨望されるほど家族仲が良く、幸せそうに見える王室の陰に、それほどの闇が広がっているとは思わなかった。
ルドルフに溺愛されているセシルもいつか王室を離れ、能力を失い、忘れ去られていくのだろうか。
ロベルトが言う通り、魔力がなければ暮らしていくことも、結婚相手を見つけることも難しい。魔力を持っているヘルミーナですら、その魔力が少ないからと嘲笑されているのだ。
けれど、社交界で爪弾きにされてきたヘルミーナは、セシルがこれから経験するかもしれない未来の話が、他人事に思えなくなっていた。楽しみにしていた世界は一瞬にして地獄へと変わり、虚しさと悲しさで心が深く沈んでいったのを覚えている。
ロベルトから「今日は上がっていいぞ」と言われ、ヘルミーナはリックと並んで廊下を歩いていた。
あのルドルフが必死になる理由が分かる。能力を失うどころか、将来の夢さえ叶えられないとは。
何か良い解決策はないだろうか。出来ることはないだろうか。自分が救われたように、彼らを救える方法は──。
「……効率……魔道具、無効化…………魔法石……」
「どうかされましたか?」
「お伺いしたいんですが、騎士の皆さんは剣に魔法石を?」
「そうですね。魔法石には魔力を溜めておけますから、それぞれの属性に合わせた魔法石を剣に埋め込んでいます。魔法を別で使うより剣に魔力を流し込む方が攻撃力も上がりますので」
騎士の訓練を思い出して何気なくリックに訊ねると、返ってきた言葉にヘルミーナは突然立ち止まった。
今、頭の中でバラバラになっていた物が綺麗に並び、新たな可能性が生まれた気がする。ヘルミーナは弾かれたようにリックに迫った。
「団長様は今、どちらにいらっしゃいますか!?」
「マ、マティアス団長ですか? 今でしたら訓練を終えて執務室に戻られているかと」
「そこに案内して下さいっ、今すぐ!」
忘れてしまわない内に。
いきなりマティアスの所に案内してほしいと言ってきたヘルミーナに、リックは困惑した。だが、真剣な表情で見上げてくるヘルミーナの勢いに押され、リックは「分かりました」と返してくれた。




