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お荷物令嬢は覚醒して王国の民を守りたい!【WEB版】  作者: 暮田呉子
2.王国騎士団と光の乙女

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 眩い光が弾けた直後、患者を包んでいた水の膜が割れた。

 瞬間、患者の男──パウロは目を見開いて飛び起きた。


「げほっ、げほっ……これは、一体……」


 自分の身に何が起きたのか、パウロはすぐには理解出来なかった。ただベッドの上にいて、全身がびしょ濡れになっていること以外。まさか、魔物にやられて生死を彷徨っているところを助けられたなんて思いもしないだろう。おまけに火傷で変色した皮膚は元に戻り、怪我一つないと教えられても耳を疑ったはずだ。

 周りで見守っていた者達ですら、信じられなかったのだから。

 茶色の髪から水が滴り落ちてくるのを掌で受け止めていたパウロは、視線を感じて顔を上げた。そこには見覚えのない少女が心配そうな表情で立っていた。何が……と口を開き掛けた時、パウロの腕に一人の女性が飛び込んできた。


「パウロー! ああっ、パウロ!」

「…………レナ?」

「もうっ、また無茶をしてっ! カイザー副団長やこの方がいなかったら、貴方死んでいたわっ!」


 状況はまだ把握しきれていないが、顔をぐしゃぐしゃにして泣きついてきた彼女が言うのならそうなのだろう。彼女、レナは半年前に結婚したパウロの妻だ。お互い土属性を持った平民出身で、パウロの出世を機に二人は結ばれた。

 そして、これから始まっていくという時、事件は起きた。

 少しずつ記憶が蘇ってきたパウロは泣きじゃくるレナを見て「……ああ」と納得するように声を漏らした。

 自分は命を落としそうになったところを助けられたのだ、と。だから、こうしてまたレナの温もりに触れることが出来るのだ、と。パウロは愛妻を強く抱き締め「……ごめんな」と謝った。



 パウロの無事を確認したヘルミーナは、抱き合う二人を見て胸を熱くさせた。

 助かって本当に良かった。彼らは愛する人を失わずに済んだのだ。人に向けて使うのは初めてだったが、神聖魔法がしっかり効いてくれたことに感謝した。

 ここでは当たり前に人が怪我を負い、命を奪われ、大切な仲間を失う。

 この場に立たなければ、一生知らずに過ごしていたかもしれない。今まで通り貴族の令嬢としてドレスや宝石を買い漁り、社交界に足を運んでダンスを踊り、優雅にお茶を飲んで他愛もない話に花を咲かせる。

 命を懸けながら戦ってくれている騎士のことを、本気で考えたことがあっただろうか。ヘルミーナは改めて、王国を守る騎士団のおかげで安全に暮らせていることが分かった。


「ヘルミーナ嬢、大丈夫かい?」

「……カイザー様」


 言い様のない感情に唇を噛んだ時、カイザーに声を掛けられてヘルミーナは我に返った。

 そういえば魔物はどうしただろうか。

 他の騎士は平気だろうか。

 あれこれ浮かんできて、ヘルミーナはカイザーの団服を掴んでいた。


「カイザー様、魔物はっ!? 怪我はされていないですか!? あと、それから……っ」

「落ち着いて、もう大丈夫だよ。魔物はしっかり倒してきたし怪我人は彼が最後だ」

「そう、ですか……」


 ……もう大丈夫。

 魔物は脅威は去り、治療する怪我人はもういないと教えられ、ヘルミーナは胸元を押さえた。

 これ以上怯える必要はなくなり、誰かが目の前で死ぬこともない。そう思ったら急に体の力が抜けて、ヘルミーナはその場にへたり込んでしまった。


「ヘルミーナ嬢!」


 カイザーが受け止めるより先に床に座り込んでしまったヘルミーナは、自分の両手を見下ろした。

 白かった手は乾いた血で汚れていた。ドレスはもっと酷い有様だが、どれも自分ではない誰かが流した血だった。

 ヘルミーナは汚れた手をぎゅっと握り締め、唇をわなわなと震わせた。


「……魔物が王宮にいるとは思わなくて。最初は、自分も襲われるんじゃないかと不安でした。……でも、怪我をした人がいると知って、私にも何か出来るんじゃないかと思い、駆けつけたのですが……」

「ヘルミーナ嬢……」

「──っ、騎士の方々がっ、酷い怪我をしていてっ! それも沢山、血が出て……っ。もしかしたら、目の前で死んでしまうんじゃないかとっ! 私はそれが恐ろしくて、恐ろしくて……っ! だけど、皆さん無事に治ってくれて、良かったです……っ。本当に……生きていて、良かったです……っ」


 ヘルミーナは抑えきれなくなっていた本音をぶち撒けていた。

 臆病者と笑われても仕方ない。自分は騎士とは違う。彼らのように魔物と闘ったこともなければ、見たこともない。貴族の娘として、安全な場所で育てられたから。

 でも──だからこそ、人の怪我も、人の死も恐ろしく感じる。それが彼女の「普通」だった。

 だが、素直な気持ちを吐き出すヘルミーナを嗤う者は誰もいなかった。

 名誉ある騎士団に入隊した彼らは、「騎士らしくあれ」と、どんな厳しい訓練や討伐にも参加してきた。そして幾度となく怪我を負い、多くの仲間を見送ってきた。──騎士だから。王国を守るために自分が傷つき、仲間失うことは覚悟していたことだ。

 けれど、いつしかそれが当たり前になっていた。何度も、何度も自分の無力と絶望を思い知らされていく内に、感覚が麻痺してしまったのかもしれない。

 ……怪我を負えば痛いに決まっている。敵わない魔物を前にして、怖くないと言ったら嘘だ。仲間を失った時は身が引き裂かれそうに辛くて悲しい。死を直感した時は、心から死にたくないと叫びたくなる。

 自分達は騎士である前に一人の人間だ。振り返れば、ヘルミーナのように無事を祈ってくれている人がいる。何かあれば悲しんでくれる人がいる。

 ヘルミーナは今、騎士であるが故に漏らせない騎士の本心や、騎士の家族、仲間や恋人、大切に思っている人の気持ちを代弁してくれたのだ。

 生きていることを心から喜んでくれ、怯えながらも懸命に助けてくれた彼女を、嗤えるはずがなかった。


「──ありがとう、ヘルミーナ嬢」

「カイザー様……」

「君のおかげで私の仲間は全員無事だった。誰も失わずに済んだよ」


 傍で片膝をついたカイザーは、握手を求めるように手を差し出してきた。女性をエスコートする手とは違い、健闘を称えてくれるような行動に、ヘルミーナは驚いて目を見開いた。

 散々泣き言を漏らしたのに、彼は褒めてくれるというのか。

 こんな自分を。

 ──君の魔法は本当に素晴らしいんだ。もっと誇ってもいいんだよ。

 その時、ふとカイザーが言ってくれた言葉を思い出した。

 本当に誇ってもいいのだろうか。

 騎士団の紋章を背負った彼らには程遠くも、少しは自分を褒めてもいいだろうか。

 良く頑張った、と。

 ヘルミーナはゆっくりカイザーの握手に応じた。気づけば、震えは止まっていた。



 握手を交わし、カイザーの優しさが詰まった瞳に見つめられるとなんだか落ち着かなくなった。

 見つめ返すことが出来ず目のやり場に困っていると、床の上を冷たい風が吹き抜けていった。


「──カイザー副団長、いつまでご令嬢を床に座らせておくつもりだ」


 声がするまで気配は感じられなかった。

 一体いつからそこに立っていたのか。カイザーの後ろから声がして顎を持ち上げると、エメラルド色に輝く双眸があった。彼は、剣こそ抜いてないものの、カイザーの首元に鋭い刃を押し当てているような雰囲気があった。


「マティアス団長、会議は終わったんですか……?」

「魔物が暴走していると報告を受けて早々に切り上げてきた」

「それでしたら問題ありません。魔物でしたら私が倒しました」

「お前には魔物の討伐より優先すべき事があったはずだ。肝心の任務を怠るとは、やはりお前ではなく私が行くべきだったな」


 冷たく言い放つマティアスに空気が凍りつく。直接怒られているわけでもないヘルミーナですら首を引っ込めたくなった。皆の前で咎められたカイザーは、言い返すことが出来なくなっていた。

 そこに、密集した人の中から「マティアス」と、彼の行動を叱咤するような声が飛び、マティアスは歯軋りした。声の主は見えなかったが、二人はすぐに分かったようだ。

 すると、マティアスもまたヘルミーナの傍に跪いてきた。


「この度は誠に申し訳ありませんでした、ヘルミーナ様。私共の落ち度で貴女の手を煩わせることになってしまい、お詫びの言葉もございません」

「い、いいえ! そんなことは……っ」


 態度をがらりと変えて丁寧な謝罪をしてきたマティアスに、驚いたのはヘルミーナだけではなかった。騎士の方々を見るに、彼らも紳士的なマティアスを見るのは初めてだという表情を浮かべていた。

 むしろ、第一騎士団の団長まで跪かせてしまい、ヘルミーナの方が申し訳なくなる。

 急いで立ち上がろうとすると、マティアスが手を差し出してきた。


「どうぞ、手を。もし立てなければ私が抱えますので」

「大丈夫ですっ!」


 遠慮なく言って下さい、と付け加えてくるマティアスに、ヘルミーナは全力で遠慮した。

 マティアスの手を借りずに慌てて立ち上がると、マティアスの視線が一点に集中していた。そういえば、まだカイザーと手を繋いだままだった。


「あの、カイザー様?」

「……ヘルミーナ嬢、本当にごめん」


 カイザーが何に対して謝ってきたのか、訊ねなくても分かった。マティアスに言われたことを気にしているのだ。ただ、彼が命じられた任務が何であれ、カイザーが取った行動は間違っていなかったと思う。


「カイザー様、私は平気です。それに魔物を倒してくださってありがとうございます」

「────っ」


 笑顔で感謝を伝えると、握られた手が熱くなった。水の魔法を纏わせたら一瞬で蒸発してしまいそうだ。勿論、そうなる前にそっと外させてもらったが。一方、マティアスは面白くなさそうに鼻を鳴らしていた。

 立ち上がったヘルミーナの周りには、彼女を知るカイザー、マティアス、ランス、リックが集まっていた。すると、そこへ大柄の騎士が近づいてきた。左目に黒い革の眼帯をした、赤髪の騎士だった。誰かを思い出させる風貌に、ヘルミーナはカイザーを盗み見た。


「さて。随分な騒ぎに巻き込んでしまったようだな。疲れているところすまないが、少しだけ話をさせてもらっていいかな? 勇敢なお嬢さん」


 嫌でも伝わってくる威圧感と、マティアスを制した声の主に、ヘルミーナは一族の長の風格を見せられた気がした。


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