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お荷物令嬢は覚醒して王国の民を守りたい!【WEB版】  作者: 暮田呉子
2.王国騎士団と光の乙女

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 病室の重症患者はランスとリックが引き受けてくれたおかげで、ヘルミーナは廊下へ出て比較的軽症な騎士に青い瓶を配って回った。それでも獣に引っ掻かれたような傷跡を見ると、痛々しくて直視出来ない。

 彼らはいつもこんなに傷つきながら魔物と戦い、王国を守ってくれているのか──。

 最後の一人に瓶を手渡すと、辿ってきた道の至るところから歓声が上がっていた。無事だった喜びを分かち合うようにお互いの肩を叩き、抱き合い、涙を浮かべる。先程まで漂っていた喪失感が嘘のようだ。

 しかし、ヘルミーナが踵を返した瞬間、それまで騒がしかった廊下は急に沈黙した。

 それは異様な光景だった。彼らは、病室に戻ろうとするヘルミーナに気づいて道を譲ってくれたのだ。自然と中央の道が開き、廊下の端に分かれた騎士達から無数の視線が降り注いでくる。

 社交界で向けられる敵意や嫉妬とは異なるも、いつも注目されないように努めてきた彼女には慣れないものだった。

 ヘルミーナは逃げるようにして病室に戻ってきた。すると、病室でもヘルミーナが姿を見せた途端、静まり返ってしまった。騎士団でもなければ、医者でもない彼女は確かに目立っていた。だが、それだけではない。彼女は明らかに他とは違っていたのだ。

 ただ、本人は集中する視線から顔を背け、他に患者がいるかもしれないと数本余った瓶に手を伸ばした。そこへ、一人の若い騎士がヘルミーナに近づいてきた。


「あの、ご令嬢……」

「……どうかしましたか? もしかして、薬の効果が足りなかったですか?」

「ちっ、違います! その、治してくださったお礼を伝えたくて……」


 お礼を、と言ってきた若い騎士は、着ていた団服の左肩がざっくり切れていた。

 もし青い瓶の中身を飲んでいなかったら、今も左肩の肉が抉られた状態だっただろう。衣類の隙間から見えた傷一つない肌に、ヘルミーナは安堵した。


「いいえ、私は何も……」

「あの、私もいいですか?」

「……お礼なら、僕も」


 遠慮するヘルミーナを余所に、一定の距離を保っていた騎士達が彼女の周りに集まってきた。彼らは皆、赤い団服が更に赤く染まり、見れば見るほど負った傷の深さが分かる。

 命が助かっただけでも奇跡だが、ボロボロになった団服を除けば怪我の痕跡が一切残っていなかったのである。それがどんなに凄いことか、ヘルミーナはまだ分かっていなかった。

 名前も知らない騎士が、次から次にお礼を言ってくる。多くの人に感謝されるのは初めてで、妙な気分だった。ただ夢中で青い瓶を配っていただけなのに。

 実を言うと、自分の前では誰にも死んでほしくなかった。恐ろしかったから。そのために助けたと言ったら失望されるだろう。だから、感謝を伝えてくる彼らの言葉を素直に受け入れることが出来なかった。

 その時、廊下の方が突然騒がしくなった。誰かが叫びながら走ってくる。そして女性の悲鳴が続けざまに聞こえてきた。


「──いやあぁーっ、パウロ! お願い、死なないでっ!」

「先生、患者だ! 急いで診てほしいっ!」


 泣き叫ぶ女性の声と共に、病室へ駆け込んできたのはカイザーだった。彼は無事だったのだ。ヘルミーナは目立った怪我もなく戻ってきたカイザーに胸を撫で下ろした。

 しかし、カイザーが抱えてきたものに、誰もが息を呑み込んだ。てっきり黒い布で覆われていると思われたそれは、黒く焼け焦げた人間の皮膚だった。

 ヘルミーナは思わず口を手で押さえた。あの状態でまだ生きている方が不思議だ。カイザーの抱えた人から、僅かに流れてくる魔力を感じなかったらとても信じられなかった。

 そしてカイザーの後を追うようにして入ってきたのは女性騎士だった。彼女はドア付近で泣き崩れ「どうか助けて下さい! 先生お願いしますっ!」と訴えてきた。

 ヘルミーナはすぐに、カイザーが運んできた相手が彼女にとってどんな存在なのか理解した。魔物は愛する人の命さえ簡単に奪っていこうとする。ヘルミーナは逆流してきた胃液を飲み込んで、口を開いていた。


「──カイザー様! 怪我人をこちらにお願いしますっ!」

「ヘルミーナ嬢、なぜここにっ!?」


 絶望的な空気が流れる中、ヘルミーナは意を決して前に進み出た。それから着ていた外套を汚れたシーツの上に被せ、カイザーに指示を出した。

 カイザーは酷く驚いていたが、一刻の猶予もない。彼は開きかけた口を閉じ、全身に火傷を負った男性をベッドに乗せた。辛うじて息はあるが、無理矢理口を開かせて液体を流し込むのは難しそうだ。もはや自力で嚥下する力も残っていないだろう。


「私が直接治しますっ!」


 そう言ってヘルミーナは両手を突き出し、パウロと呼ばれた患者に向けて魔力を放出した。

 ヘルミーナはまず水魔法で患者の全身を水で覆った。次に、光属性の魔力に切り替え、癒しの神聖魔法が隅々まで行き渡るように最大限まで流し込んだ。すると、ヘルミーナの掌から白い光が溢れ出した。


 エーリッヒの婚約者として毎日、毎晩、水魔法を磨いてきたけれど、婚約解消の話が進んでからもヘルミーナは日課になっていた魔法の訓練を止めなかった。

 ──ある人が、努力の天才だと褒めてくれたから。そのおかげで、光の神エルネスが祝福を授けてくれたのだろうと言ってくれたから。

 これまでの努力は決して無駄じゃなかったんだと思えた。だから、新しく宿った光属性の魔法も隠れて磨いてきた。

 二重属性を使い分けるのは苦戦したが、少しずつ扱えるようになっていた。まだ完璧とまではいかないが、この人の無事を願う彼女のために死なせるわけにはいかない。

 両手から漏れた光はヘルミーナの張った水に混ざり、患者を包み込むと皮膚がみるみる再生していく。さらに光は輝きを増し、蔦のように伸びた光りはヘルミーナの腕から髪、体に絡みついて幻想的な光景を作り出していた。


 三百年も前に存在したという聖女の伝説は、もはや物語の中での話だ。

 だから当時の様子がどうだったのか知る者は誰もいない。ただ、昔の民もこの光景を見守っていたら同じ気持ちになっていただろう。



 ──それは、この世で最も美しい魔法きせきだった。


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