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覚醒した魔力が安定し、外見の問題も無くなり、すべてが元に戻ると思っていた。
騎士団の病室に出勤して騎士たちの治癒を行い、上司や顔なじみの騎士と他愛のない話をして、以前と同じ毎日が過ぎていくのだと。
しかし、ヘルミーナが変わったように、皆も同じというわけにはいかなかった。自分の知らないところですでに動き出していたのである。
「ヘルミーナ様、ご無事で……安心しました……っ」
久しぶりに騎士団へ足を運ぶヘルミーナに、護衛としてやって来たのはパウロだった。
彼は、会って間もなく声を震わせた。あふれ出しそうになる涙を腕で隠し、その場に立ち止まって喜びを噛みしめる姿に、こちらまで視界が滲んでしまう。
「パウロさんたちのおかげです!」
パウロたちはカイザーの命令に従い、村に留まっていた第二騎士団を呼びに行ってくれた。
報告を受けた第二騎士団はすぐに駆けつけ、おかげでそれ以上の被害が出ることもなく、ヘルミーナの存在が明るみになることもなかった。また、連れ去られて『魔喰い』に侵されていた村人も、全員無事に村へ帰されたという。
あの時、誰もがそれぞれの立場で、それぞれの場所で、自分にできることを精一杯やっていたのだ。
「いいえ、私は……。お役に立てず、すみませんでした」
「皆が最善を尽くした──それでは駄目ですか?」
生きて会えたのだから。
今はその奇跡を共に分かち合いたい。
一緒に喜べる人がいることも、また奇跡なのだと教えられて強く意識するようになった。
窺うように訊ねれば、パウロは弾かれたように顔を上げて厳しかった表情を崩した。
「……そうですね、ありがとうございます。ヘルミーナ様が戻ってくだされば皆喜びます」
「私も復帰できて嬉しいです」
他にも会いたい人がいる。あれ以来、会えていない騎士たちが少しばかり心配だった。
会ったらまずは喜びを分かち合って、お礼を言って、覚醒した話は最後にしよう。
ヘルミーナは逸る気持ちを抑え、パウロと共に転移装置に乗った。飛ぶ場所はもちろん騎士団の宿舎だ。
装置が発動する瞬間、パウロが改まって言ってきた。
「今日から戻ってきてくださって、本当に良かったです」
「────」
どこか意味深に聞こえた言葉に、理由を訊ねようとしたが転移のほうが早かった。
一瞬にしてたどり着いたのは、見慣れた騎士団の場所だ。
カレントに旅立った日から今日まで決して長くはないのに、懐かしさがこみ上げてくる。
再びここへ戻ってきたんだという気持ちが押し寄せてきた。
先に装置から降りたパウロが手を差し出してきた。ヘルミーナは手を重ねながら、先ほどのことが気になって口を開きかけた。
直後、頭上からドンッ! という激しい音が聞こえて、ヘルミーナは悲鳴を上げた。
咄嗟に頭を抱えてしゃがみ込むと、パウロが土魔法で天井を覆うほどの障壁を作ってくれていた。彼は慌てる様子もなく落ち着いていた。
それでも、体に染みついた恐怖が嫌な記憶を思い出させる。
「まさか、また魔物が……!?」
「大丈夫です。──これは、騎士同士が喧嘩しているだけです」
「……喧嘩、ですか?」
意外な答えに、ヘルミーナはきょとんとした顔でパウロを見上げた。すると、彼は決まりが悪そうに視線を泳がせ、障壁を解くと咳払いした。
「ええ、気性の荒い属性もいますから。騎士団の中では身分の違いや、実力の差などで度々このような衝突が起こります。ただ今回は……」
「パウロさん?」
そこまで言いかけると、パウロは突然呆れと苛立ちを含ませた様子で頭を掻いた。
どこか悔しさも滲ませた彼は、ヘルミーナの顔を見ると観念したように深い溜め息をついた。後になって思えば、彼は口止めされていたのだろう。 そこにはヘルミーナの名も含まれていたようだ。
「……たぶん、今日騎士団を退団するランスの話を知って、リックが相当頭にきてしまったんだと思います。だからきちんと伝えておくようにと、言っておいたんですが」
「ランスが、騎士団を退団……?」
それはつまり、騎士の資格を失うということだ。
刹那、頭の中が真っ白になるほどの衝撃に襲われた。
ヘルミーナも初めて聞かされる内容だった。自分が引きこもっていた間に何があったのか。思考が働かず、呆然と立ち尽くす。
しかし、ランスの退団にはヘルミーナの覚醒が深く関わっていることは明白だ。
すると、再び激しい物音がして我に返った。
「喧嘩とはいえ、これは止めないと建物が倒壊しそうです」
頑丈に造られている宿舎も、建物内で騎士が暴れることは想定していない。
やや焦りを滲ませるパウロに、ヘルミーナも「ランスたちの元にお願いします!」と頼み、彼と共に音がした部屋へと急いだ。
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