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お荷物令嬢は覚醒して王国の民を守りたい!【WEB版】  作者: 暮田呉子
5.過去の栄光と新たな王女

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『──こちらはまた無事に戻ってきたときにお返しくだされば』


 カレントに旅立つ前、ヘルミーナに渡されたのは聖女の神聖魔法が付与された魔法石だった。

 ペンダントになったそれは、風の民に代々受け継がれてきた家宝である。存在が公になれば、国宝どころか伝説級の魔法石として扱われてきただろう。


「……壊して、しまった……」


 テーブルに額を載せて絶望するヘルミーナの手には、チェーンだけになったペンダントが握られていた。いくら手を開いて確認してみても、肝心の白い魔法石はなくなっていた。

 あの時、力に耐えきれず砕け散ってしまったのだ。

 その魔法石がなければ、ヘルミーナの覚醒は起こらず、瀕死だったリックの命も救うことはできなかった。

 しかし、三百年という長い年月の間、大切にされてきたお守りだ。昨日、今日買ったばかりの魔法石とは重みが違う。価値がつけられないほど貴重な代物だった。

 何より、肌身離さず付けていた騎士の姿を思い出して、胃がキリキリしてくる。それこそ行動には気を付けるように言われていたのに。

 昨日までは何があっても向き合うと決めていたのに、考えれば考えるほど逃げ出したくなった。

 こればかりは神聖魔法であっても修復することはできない。ヘルミーナにできることは直接会って、正直に謝る以外なかった。──許してもらえるかは別として。

 最悪のケースを想像して唸りながら頭を抱えたとき、メアリが来客を連れてやって来た。

 あらかじめ決めていた時間ぴったりに現れたのは、見慣れた赤い団服に身を包んだ第一騎士団団長のマティアスだ。彼もまた魔物の討伐へ赴き、役目を果たして帰還したばかりだ。

 本来なら、ヘルミーナ自ら訪れて謝罪しなければいけないのに、今の容姿では宮殿から出ることも叶わない。

 だが、彼はヘルミーナの招待を快諾してくれたという。……胸が痛む話だ。


「──マティアス様……」


 最後に会ったのは、カレントに向かう直前のことだ。離れていた期間はそれほど長くないのに、初めて会うようなぎこちなさが襲ってくる。

 一方、第二次覚醒によって外見まで変わってしまったヘルミーナに、マティアスも僅かに目を見張った。

 人払いが済んでいる部屋でお互い立ち尽くしたまま、次の言葉を探っている。

 ──伝えなければいけない。

 きちんと謝罪しなければいけないのに、本人を前にすると考えていた言葉も飛んでしまった。

 ヘルミーナは目を合わせることができず、両手に載せたペンダントをマティアスへ差し出した。


「……申し訳ありませんっ! マティアス様からお預かりしていたペンダントを、壊してしまいました……っ。聖女様の魔力が付与された、貴重な魔法石だったのに! 私が、最後の魔力を使ってしまったせいで……!」


 マティアスの信頼を裏切り、彼の好意を無下にした。

 壊れたペンダントを見せられ、失望するマティアスを思うと、いっそ気が済むまで罵ってほしいとさえ思ってしまう。

 しかし、覚悟を決めて恐る恐る視線を上げるヘルミーナに、それより早くマティアスの手が伸びてきた。

 彼の片手に、壊れたペンダントごと両手を握り締められると、もう片方の手で肩を抱き寄せられた。

 視界を赤い団服に塞がれ、薄緑色の髪が頬に触れた瞬間、心臓が跳ね上がった。


「貴女が無事で、良かったです……」


 低い声が耳のすぐ傍から聞こえて、ヘルミーナは無意識のうちに息を止めていた。

 マティアスは初めて会った時から、一定の距離を保って接してくれていた。近すぎず、遠すぎず。触れるときは神聖なものを扱うように、まるで忠誠を誓った騎士そのものだった。

 けれど、隙間もないほど密着してくるマティアスに、ヘルミーナは驚いて動けなかった。

 痛いほど強く握られた両手と、肩口に置かれた額と、微かに震えているように感じる体から、いつもとは違う本来の姿を見せられた気がして、全身に甘い痺れが広がる。

 その時、ふとマティアスから記憶の片隅に眠る香りが漂ってきた。


「…………風が、吹いたんです……」


 泣きたくなるような懐かしさを感じながら、ヘルミーナは喘ぐように言った。


「魔力が切れて、諦めかけたとき……風が、教えてくれたんです。……マティアス様からお預かりした、聖女様の守り石があると。このペンダントがリックの命を、私たちを救ってくださいました……っ」


 聖女の守り石に気づく前、目の前で命が奪われていく友人の姿を、ただ見守ることしかできなかった。

 ──この国では珍しくない。

 だが、昨日まで隣で笑っていた友人が翌日には深手を負い、息も絶え絶えな様子を、どうやって慣れろというのだろう。

 唯一の光属性を宿した者として、強くならなければと思った。誰かのお荷物に逆戻りするのもごめんだ。

 けれど、ふとした瞬間に襲ってくる恐怖は隠し通せるものではなかった。

 こうして自分より強い者に守られると、足元が崩れかける。しがみついて、寄りかかってしまいたくなる。

 多くの民を救えるはずなのに、今でも怖くて、怖くて仕方ないのだ。


「……貴女が、一人で頑張る必要はありません。我々は聖女様がいない間も王国を守ってきた騎士です」

「ですが……っ」

「このペンダントも本来、力の失われた石です。それが貴女の救いになったというなら、役目を果たしたのでしょう」


 頭を起こしたマティアスは、ヘルミーナの手にあるペンダントのチェーンに指を絡ませた。

 鼻先がぶつかりそうなほど近くにある顔に、心臓の鼓動がやけにうるさい。


「私は、ヘルミーナ様の無事を願ったのです。ペンダントは関係ありません」


 持っていたペンダントはマティアスの手元に移り、沈んでいた気分すら奪われてしまったようだ。

 離れていく温もりに名残惜しさを感じつつ、ヘルミーナはお礼の言葉を口にした。すると、マティアスは僅かに口元を緩めた。

 表情を崩した顔に思わず見とれてしまい、肝心なことを忘れそうになった。ヘルミーナは慌てて首を振り、スカートのポケットからハンカチを取り出した。


「あの……それから、お詫びにもなりませんが……良ければ、こちらの魔法石をもらってはいただけませんか? 聖女様の魔法石には程遠いですが、神聖魔法を付与しました」

「ヘルミーナ様が付与を? ……頂いても宜しいのですか?」


 ヘルミーナはハンカチを開いて、中から神聖魔法を付与した魔法石を取り出した。サイズはペンダントについていた魔法石と変わらない。ただ、以前の魔法石に近づけるため、より魔力量の含まれた希少な魔法石を用意してもらった。

 それでもラゴルの家宝には足元にも及ばないだろう。

 しかし、マティアスは包まれていたハンカチごと受け取ってくれた。手渡す際、子供のような嬉しそうな表情を見せたのは見間違いかもしれない。

 ヘルミーナは気恥ずかしさを紛らわすように、自身の髪に触れた。と、頭上から視線を感じて顔を上げた。


「その姿は、覚醒したときに変わられたのですか?」

「あ、はい……。ただ元に戻らず、外へ出ることもできなくなってしまって」


 じっと見つめてくるマティアスに、ヘルミーナは顔をそらしつつ答えた。

 空を映したような髪色と瞳は、輝く黄金色に変わっていた。伝説の存在を彷彿させる姿に、皆の期待が高まるのは至極当然のことだ。

 遠征先の森で遭遇した魔物も気がかりだ。

 ただそれとは別に、聖女を崇拝しているマティアスが、ヘルミーナの姿を見た途端、目の色を変えて態度を変えてしまわないか不安になった。


「覚醒によって魔力が制御し切れていないのでしょう。手をお借りしても良いですか?」


 しかし、マティアスはヘルミーナの変化した容姿に興味を示さず、淡々とした口調で声をかけてきた。再び距離を置いて話しかけてくるのも普段通りだ。

 ヘルミーナは言われるがまま、自らマティアスに近づいて彼の手に両手を載せた。


「私の中で、同等の魔力を巡らせます。ヘルミーナ様はそちらを感じ取って散らばった魔力の制御をお願いします」

「はい、やってみます」


 マティアスの手のひらに手を置いたヘルミーナは、そっと目を閉じて彼の巡らせる魔力に集中した。

 魔力を安定させるために行われる処置の一種だが、魔力量に差があれば反発が起きて弾かれてしまうこともある。そこには多少の痛みも伴うため、同等の魔力量を保有した者同士か、処置に慣れた指導者にお願いすることが好ましい。

 本来、第二次覚醒した者の魔力量は計り知れないものだが、マティアスはすでにヘルミーナの魔力量を把握しているように見えた。どうやって感じ取ったのかは分からないが、反発は起きなかった。


「──そのまま本来の属性魔法を巡らせてください」


 安定して巡る魔力に合わせて、同じく全身に散らばった魔力を全身へ巡らせる。すると、光属性の魔力から、生まれながらに持っていた水属性の魔力を探り当てることができた。

 ヘルミーナは水魔法の魔力を強く巡らせ、光属性を優しく包むように抑え込んだ。

 刹那、黄金色に染まった髪が水色に戻った。


「あ、髪が元に……!」


 マティアスのおかげで、本来の姿を取り戻すことができた。

 これなら宮殿から出て、以前と同じ生活ができる。ヘルミーナは嬉しさのあまり、マティアスの手を握り締めていた。


「ヘルミーナ様は魔力コントロールに長けていますね。私が覚醒したときは魔力制御がうまくいかず、叔父を泣かせたものです」

「マティアス様も覚醒を?」

「風の民は覚醒することがしきたりのようなものですから」


 マティアスの口から、彼自身の話を聞くのは初めてだ。

 自ら進んで話してくれるような性格ではないだけに、少しだけ教えてもらった話に胸が躍る。

 これからも少しずつ彼を知っていけば、この胸が締め付けられるような懐かしさの理由も分かるだろうか。


 ──彼が、ラゴルだから……。


「え……?」


 突然、どこからともなく声が聞こえてきた気がして、ヘルミーナは目を見開いた。

 もちろん、部屋にはマティアスの他に誰もいない。

 不安に駆られると、マティアスが「どうかされましたか?」と尋ねてくる。ヘルミーナは周辺を見渡したが、声の主は見つけられなかった。


「……いいえ、なんでもありません。気のせいだったようです」


 不思議にはなったが、繋いでいた手に気を取られ、ヘルミーナは慌ててマティアスから離れた。

 直後、二人の間に何とも言えない空気が流れ、終始落ち着かなかった。

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