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お荷物令嬢は覚醒して王国の民を守りたい!【WEB版】  作者: 暮田呉子
5.過去の栄光と新たな王女

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 ラゴル領を象徴する、城壁都市バラエタ──。

 魔物の住処である黒煙の森に沿って築かれた城壁に、石造りの城塞がそびえ立つ。

 その足元では身分、属性、出身に関係なく多くの民がひしめき合って暮らしていた。城壁を越えた先には、王国で最も危険な死の区域が広がっている。

 一見、無法地帯にも思われる領地だが、城壁の内側では魔物より恐ろしい存在がいた。

 この巨大な城壁都市の治安を守っているのは、日々魔物の討伐に明け暮れる最強部族だ。彼らに逆らえば、明朝には魔物の森へ放り込まれる。温情もなければ、慈悲もない。

 無秩序の自由都市であっても彼らのおかげで、バラエタの平和は保たれていた。



「──兄上、王国中で流れている噂をご存じですか?」


 黒い瘴気に覆われた森を監視するため、当主自ら主塔に訪れていた。これまでは監視兵の報告で済ませていたが、近頃は自分の目で確認しなければ落ち着かなくなっていた。

 黒煙の森が今までと違う。瘴気が濃くなり、嫌な予感がぬぐい切れない。

 そんな状況下で、人々の希望となる噂が流れてくれば、信じ難い話であっても無視することはできなかった。


「知らないはずがないだろう。この城内ですら、その噂で持ち切りなのだから」


 ──光属性を授かった者が、国中の民たちを癒やして回っている。

 噂の出どころは不明だが、作り話にしては広がるのが早かった。ここは誰かの手回しがあったと考えるべきだろう。


「もし本当に光属性の者が現れたのでしたら、我々も動いたほうが宜しいのでは?」

「いや、仮に光魔法を扱う者がいたとしても正体が分からない以上、下手に動くのは避けるべきだ。光の神エルネスが遣わした者なら、必ずこのバラエタに足を運ぶことになる。──聖女様がそうであったように」


 今でこそ伝説として語り継がれている聖女も、ラゴル領では違う。

 西の国境が魔物の脅威に耐え、破られることなく守られているのは聖女の力が宿った城壁があるからだ。そして今も尚、彼らは彼女と共に戦い続けている。

 だから、焦る必要はない。

 真相が明らかになれば、おのずと動かなければいけなくなる。

 何より、噂の真偽に関わらず西の国境を守ることに変わりはない。それが古より受け継がれてきた、風の民としての役目だ。

 風の民でありラゴル侯爵家当主、ノア・ド・ラゴルは黒く染まった森を見据えた。

 五十近くになっても年齢を感じさせない端麗な容姿と、額にかかる薄緑色の髪に、エメラルドグリーンの瞳が鋭く光る。


「予定より早いが、マティアスを呼び戻さなければならなくなったな」


 後継者教育の一環で王城へ行かせた息子は、王国に名を馳せる最強の騎士になっていた。

 黙っていても聞こえてくる息子の活躍に、期待より安堵のほうが強かった。ラゴル領でも異質を放っていた子だ。


「それならば私が。……近くまで来ても顔すら見せず、手紙を送っても返事は「問題ない」のたった一言だけ。一体、誰に似たのか。ああ、兄上に似たことは間違いありませんが、それでもマティは私の可愛い甥っ子ですから」

「……ヨルクよ、もうあの子を昔のような愛称で呼ばぬほうが良いぞ。今度はあばら骨だけでは済まぬからな」


 ラゴル侯爵は、自分の息子を溺愛する弟──ヨルク・ド・ラゴルに苦笑を浮かべる。

 彼の甥っ子馬鹿は今に始まったことではない。ただ、幼い頃に母親を亡くしているマティアスにとって、暑苦しいほどの愛情を注いでくれた叔父の存在は救いになっただろう。

 魔物を恐れ、剣すら握れなかった息子の味方になって支えたのはヨルクだった。

 ここでは、魔物と戦えない臆病者はお荷物だ。

 風の民の血を引いているなら尚更、定められた宿命からは逃れられない。


「マティアスが戻り次第、後継者の儀を執り行う。……光の神の代行者が現れたというなら、魔物との決戦も近いのだろう」



★★


 ヘルミーナはこの日、許されない大罪を犯した。


「ヘルミーナ……っ!」


 面会の申し入れを受けた翌日、真っ先にやって来たのはアネッサだった。その後ろからはルドルフが、申し訳なさそうに現れる。


「アネッサさ、まっ……ぐぇ!」


 勢いよく飛び込んできたアネッサは、ヘルミーナに抱き着いた。その衝撃に、座っていた二人掛けのソファーが後ろへ傾きかける。咄嗟にフィンが支えてくれなかったら大変なことになっていた。

 強い力で抱き締められて背骨から嫌な音がした。ここは折れていないことを願うしかない。


「本当に、心配したのよ……! もう平気なの!? 優れないところや、痛いところはあったりしないかしら……っ」

「アネッサ様、落ち着いて下さい! 私は大丈夫ですからっ」


 けれど、アネッサはヘルミーナにしがみついたまま、涙をはらはらと落とした。

 王国一の美女を泣かせてしまった。付け加えるなら、彼女は王太子の婚約者で、未婚令嬢の中で最も位の高い女性だ。おまけに社交界の華でもあるアネッサを泣かせたとあって、血の気が引いた。

 蒼褪めるヘルミーナに、ようやく救いの手を差し伸べたのはルドルフだ。しばらく様子を見守っていたのには意図的なものを感じる。


「さぁ、アネッサ。君がそんなに泣いたらヘルミーナ嬢が困ってしまうよ」

「……っ、ぐす……そう、ね……でも、気が抜けてしまって……っ」


 動くことすらできなくなってしまったアネッサに、ルドルフは優しく抱きかかえた。

 絵になる光景に思わず見惚れてしまうと、ルドルフと目が合った。


「君が籠ってから、心配する私たちに「今は見守ろう」と声を掛けたのはアネッサだったんだよ」

「……アネッサ様が」


 だから、人一倍気にかけていたのもアネッサだった。

 その話に、ヘルミーナは胸元に手を当てて、覚悟を決めるように顔を上げた。


「ご心配おかけして申し訳ありません。ですが、私の話を聞いて下さいますか? 私が、光属性を覚醒するに至った話です──」


 向かい側のソファーに座った二人に、ヘルミーナは口を開いた。

 言わなければ隠し通すこともできただろう。けれど、神聖魔法を使うたびに罪悪感に襲われ、また同じことを繰り返すだけだ。

 幻滅され、嫌われても、前に進むためには伝えなければいけない。後ろめたさを抱えたまま、平然と人を癒やせるほど器用な人間ではないのだから。

 ヘルミーナは覚醒の原因、それから引きこもっていた理由を事細かに説明した。

 時に言葉を詰まらせることもあったが、その場にいたルドルフ、アネッサ、フィンは一度も口を挟むことなく、ヘルミーナが喋り切るまで話を聞いてくれた。

 それだけでも感謝したくなった。



「ああ、なんてこと……! ヘルミーナ、貴女はどうして……っ」


 真実を話し終えると、アネッサは泣き腫らした顔で再び嘆いた。一瞬、彼女を失望させてしまったのだと思った。

 しかし、アネッサは立ち上がるとまたヘルミーナの元に来て、横に腰かけた。


「病気や怪我を治癒され、命まで救ってもらった人々が、そんなこと気にするものですか! 民の中にはいずれ貴女の力を妬み、心無い言葉も出てくるかもしれないわ。でも、わたくしたちは知っているの。貴女の優しい人柄も、真っ直ぐすぎる性格も」


 アネッサはヘルミーナの手を掴むと、そっと握り締めてくれた。

 彼女に握られるまで、自分の手が震え、指先まで冷え切っていることに気づかなかった。


「アネッサの言う通りだ。その奇跡の力は、君が大切な人を想う気持ちの上で成り立っているんだよ。それは決して、誰かの犠牲と引き換えにしたものではないはずだ」


 彼らは、ヘルミーナがどんな気持ちで打ち明けたのか気づいていた。

 そのためか、これまで以上に優しく寄り添い、宥めるように接してくれた。もっと酷い態度を取られるかと身構えていただけに、二人の言葉が張り詰めた胸に染み渡っていく。


「…………はいっ」


 ヘルミーナは何度も頷き、アネッサの手を握り返した。後の国王夫妻となる彼らに励まされ、自然と涙が溢れてくる。

 だが、泣いている暇はなかった。


「さて。散々心配をかけたんだ、君にはしっかり罰を受けてもらわないとね」


 視界を滲ませるヘルミーナの前で、悪戯な笑みを浮かべたルドルフは、フィンを手招いて彼に耳打ちした。すると、フィンは短く返事をすると部屋から出て行ってしまった。

 その間にもにこにこと笑うルドルフに、寒気が走って涙が引っ込む。

 しかし、何もできず大人しく待っていると、戻ってきたフィンはヘルミーナの専属侍女を伴って部屋に入ってきた。

 彼女もまた目を真っ赤に腫らし、くしゃくしゃになったその顔に、ヘルミーナは無意識の内に立ち上がっていた。


「……ミーナ様、……っ、ヘルミーナ様!」

「メアリ……!」


 毎日のように顔を合わせてきたせいか、随分久しぶりのような気がする。ヘルミーナはメアリに両手を伸ばし、飛び込んできた彼女を力強く抱き締めた。

 メアリはヘルミーナの名を呼びながら何度も謝ってきた。謝らなければいけないのは自分の方なのに、彼女は幾度となく謝罪の言葉を口にした。

 ヘルミーナは改めて引きこもっていた自分を恥じた。


『お前さんには心強い仲間がいるようじゃな。──自分を想ってくれる人が一人でもいれば、それだけで十分なんじゃよ』


 メアリの温もりを噛み締めながら、ある老人の言葉が脳裏に浮かんできた。

 前に進む勇気をくれた与えてくれた人だ。

 彼のおかげで再び立ち上がることができた。……その彼を、忘れることはなかった。

 ヘルミーナはこの瞬間、ひとつの宿命から打ち勝ってみせたのだと歓喜しつつ、ルドルフの用意した罰を噛み締めながら受けた。

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