番外編「星屑の運河」
床に落ちたものが転がってつま先にぶつかった。
ルビーのように赤く輝いた魔法石だった。
ヘルミーナはさっと拾い上げ、落とした相手に手渡した。
「はい、パウロさん」
「ありがとうございます、ヘルミーナ様!」
ハンカチを取り出した拍子に落としたのだろう。
パウロは「包んでいたのを忘れていました」と弁解し、再び刺繍の入ったハンカチに包んでポケットに仕舞った。
「火属性の魔法石をお使いに?」
「ええ。妻用の懐炉に」
照れ臭そうに答えるパウロに、ヘルミーナは力強く頷いた。
パウロの妻は元騎士で、ヘルミーナとも面識があり、今では手紙のやり取りをしている仲だ。彼女は今妊娠中で、安定期に入るまで注意深く見守る必要がある。不安定な体調も気がかりだ。
「手紙では元気だと書かれていましたが、レナさんは大丈夫でしょうか?」
「はい、とても……。以前と変わりなく過ごすので、私のほうが心配になってしまって。運動不足になるからと、剣を持ち出したときはさすがに止めました」
そう言って目元を覆うパウロに、ヘルミーナは同情した。
同時に、羨ましくもあった。
お互いが、お互いを想って支え合っている。パウロが瀕死の状態に陥ったとき、レナの悲鳴と泣き叫ぶ声が今も忘れられない。そして、パウロを助けたヘルミーナの前でお礼を言いながら泣き崩れる彼女の姿も。
これからも幸せそうに過ごす彼らを見るたび、救えて良かったと心から思うのだろう。
「もしレナさんに何かあったときは私が直接駆けつけます」
「それは心強いです。レナにもそう言っておけば、少しは大人しくなるかもしれません」
パウロはヘルミーナの言葉を冗談に取ったようだ。もちろん、本気で言ったつもりだが、あえて訂正はしなかった。
後日、ヘルミーナは神聖魔法を付与した魔法石と魔法水をパウロに渡した。彼はひどく狼狽して拒んだが、彼の同期であるリックとランスに肩を叩かれ「無駄な抵抗はやめておけ」と言われて、泣く泣く受け取ってくれた。
「懐炉は魔道具ですか?」
「ええ。結婚祝いなどに頂いたのですが、魔法石の魔力が切れてしまって。騎士団に加工していない魔法石を持ってくると、友情価格で付与してくれますから」
「友情価格……」
そんなものがあるのかと興味津々に聞いていると、パウロは「専門店で買うよりお買い得です」と笑った。
魔法石は当然、加工されているほうが値段は高い。
だが、身近に必要な属性を持つ人がいなければ加工された魔法石を購入するしかなく、付与されていない魔法石を購入しても無意味だ。
その点、騎士団なら全属性が揃っているため心配はなさそうだ。
ただ、魔力を付与した魔法石を想い人に贈る風習もあるため、依頼は信頼できる友人や仲間に限られる。
「当然、ランスには頼んだことはありません」
「……そう、ですよね」
訊ねるまでもなかった。
鼻息を荒くして答えるパウロに、一体彼らの過去に何があったのか気になったが、踏み込んだ質問はしなかった。今はパウロとレナが結婚して幸せなのだから、あれこれ訊ねるのは無粋だろう。
それより、様々な場所で浮き名を流している騎士のほうが心配である。
「なになに~? 俺の噂?」
病室でまったりと過ごしていたところへ、自分の噂話を聞きつけてきたかどうかは別として、ランスがドアからひょっこりと顔を覗かせた。
「お前、また訓練の時間を抜け出して」
「おっと、今日はきちんとアルバン総長から指示を受けてまーす」
パウロの「また」という言葉に引っかかったが、ランスは悪びれもせずヘルミーナたちのところへ近づいてきた。
「ミーナちゃん、今日の夜時間ある?」
「夜、ですか。私は構いませんが、何かあるのですか?」
「今夜って「星屑の運河」が出る日でしょ? 騎士団でちょっとしたイベントがあって、ミーナちゃんも誘ったらどうかって」
ランスに教えられてヘルミーナは思い出したように目を開いた。
年に一度訪れる「星屑の運河」は、無数に散らばった星がその時だけ運河を描くように集まって流れていることを指す。
夜空に広がった美しい光景と、運河がたどり着く先に光の神エルネスがいると云い伝えがあり、古くから願い事をすれば叶うと信じている民が多かった。
しかし、祈り方や願う方法は一族ごとに異なっている。
「私も是非参加させて下さい」
「了解! 他の騎士たちも喜ぶよ。いつもなら火属性の騎士ばかりなんだけど、今年は参加できる騎士はみんな来るみたい。ミーナちゃん効果だね」
「宜しくお願いします」
騎士団では火属性の祈り方を取り入れているのだろう。
水属性は、運河が映る水辺に灯篭を浮かべて願い事をする。風属性は、家の木にランプを吊るして願い事をする。土属性は、願い事を書いた紙を箱に入れて土に埋める。そして、火属性は積み上げた薪に火を焚いて、揺らめく火に願い事をするのだと言う。
子供の頃は欠かさず行ってきたのに、成長してからは願い事をするのもやめてしまっていた。
──何を願えば良いか、それすら考えられなくなっていたから。
ヘルミーナが参加表明すると、ランスは笑顔で「総長たちに伝えてくるよ」と言って、病室から出て行った。
その姿を見送ったヘルミーナは、開いたままのドアを見つめながらパウロに訊ねた。
「騎士の方々は毎年欠かさず願い事をされているんですか?」
「そうですね……。私たちの場合は追悼の意も込めていますが、何より願わずにはいられませんから」
どんな些細な行事であれ、祈りや願いが叶うというなら。
「騎士のくせにと思われるかもしれませんが」
「そんなことはありません。……絶対に、ないです」
彼らはいつだって願っている。
言葉にしなくても日々、祈っている。
──共に過ごしてきた仲間が、命を落とすことなく無事にいられますように、と。
「私も皆さんの無事と幸せを祈ります」
「皆、泣いて喜びます」
大げさだと思ったが、すでに多くの騎士たちが奇跡の祝福に涙を流していた。
これまでの祈りや願いは無駄ではなかった、と。
光の神エルネスに届いていたのだ、と。
そして、この夜。
光属性を宿した少女が騎士たちと共に星屑の運河に祈りを捧げ、王国騎士団ではまたひとつ新たな歴史を刻むことになった。
過ぎてしまいましたが、七夕ネタです。
属性ごとの願い方は突貫工事。それぞれ違っているのも面白そうだと…。
ちなみに一緒に参加したミーナちゃんですが、祈りが強すぎて神聖魔法が勝手に発動します。
「ちょーっと、ミーナちゃん! 漏れてる、漏れてるっ!」
「え……?」
騎士のみんなが慌ててマントを掛けてくれるというハプニングがあります。
ここまで書きたかったんですが間に合わず。。。
書籍2巻は早いところで、金曜日には店頭に並んでいたようです。
早速購入してくださった方はありがとうございます。電子版は発売日の10日配信です。
引き続き宜しくお願いします。




