日常
シフとトリが一晩同じ寝台で過ごした翌日、居間で待ち受けていたのは、二対の揶揄を含んだ視線だった。
「おはよう、お二人さん。お疲れでしょ、お風呂入る?」
「入ると思って、今さっき準備をしておいたよ」
シフは平静を装いつつ、普段通りに言葉を返しつつ、席に着く。
「おはよう。別に、そんなに疲れてないよ。でも風呂は入りたいかな」
「俺はちょっと、その」
トリはさすがに恥ずかしさがこみ上げてくるようで、両手で顔を隠している。
笑いを堪えながら様子を見ていたティナが、柔らかい口調で助言する。
「お風呂で、ゆっくり温もるといいよ。のぼせないようにだけ、注意してね。良かったら、一緒に入る?」
「えっ、いや、大丈夫だよ。一人で入れるよ」
そう? と首を傾げるティナに、トリは何度も頷きを返す。
お茶の用意を終えたケラシーヤも席に着いて、トリの頭に手を伸ばしてゆっくりと撫でる。拾った頃とは違い、色も艶も良く、柔らかい髪質になっている。
「トリちゃんが思っている以上に、身体を動かすのが辛いわよ。今日はティナちゃんに甘えておきなさい」
「うー。でもよ」
「でもじゃない。なんならシフくんも含めて、三人で入ってきたらいいじゃない」
トリは耳まで真っ赤にして嫌がったが、ティナは気にした様子はなく、それもいいねと頷いた。
放っておくとトリに恨まれそうだと思い、シフも口を挟んだ。
「そんなに無茶はしてないし、トリは一人で大丈夫だよ」
「そう? 大丈夫ならいいんだけど」
ティナはそう言いながらも気になるようで、辛いようなら言うようにと念押ししている。トリも気遣い自体はありがたいようで、赤い顔のまま笑い顔をティナに向けていた。
シフは昼過ぎに三人を残して、フォスタエルを連れて散歩に出る。
適当に歩いているつもりで、癖のように六歌仙の本部近くまで来てしまう。
ちょうどミーアとポーラが本部から出てきたのに会い、珍しい組み合わせだと思いながら声をかけた。
「ミーアさんにポーラ、久しぶり」
「シフさん、こんにちは。今日は一人? ティナは?」
「ティナは家。ちょっと散歩がてら、こいつを外の空気に触れさせたくて」
「あ、シフさんの子よね。可愛い。なんてお名前ですか?」
「ありがと。名前はエル。本名はフォスタエルっていうんだけどね」
ポーラはフォスタエルを見るのは初めてだからか、可愛いと言いながら頬をつつく。ミーアは何度も家にきているし、ミーアの家に連れて行ったこともある。フォスタエルも覚えているようで、笑いながら小さな手を伸ばしている。
「ふふ。シフさんの女好きを受け継いでるみたい。残念ながら、私は人妻よー」
「ちょっとミーアさん、そりゃひどいんじゃねえ?」
シフとミーアが馬鹿なことを言っていると、ポーラがフォスタエルを抱き上げる。
「私は独り身だから、いつでも声をかけてね。んー、可愛いなあ。子どもいいなあ」
話しかけられて嬉しそうにしているフォスタエルと、心の底から羨ましそうにあやすポーラ。シフは言葉を選びつつ、励ましの言葉をかける。
「ポーラなら、すぐに良い男が見つかるよ。ねえ、ミーアさん」
「そうね。すぐに、ね」
気付きさえすれば一瞬で、と小さく付け足す。どうやら、何やら事情があるらしい。
休憩時間はそれほど長くないので、深くは聞かず、シフは二人と別れる。
そのまま適当な食材を買い込んで、シフは家へと戻った。
そんな平和な日々を過ごす中で、ティナとの間にも子どもが生まれた。ケラシーヤは自らの出産経験も有効利用して、母体の負担が少なくなるよう魔法で痛みを和らげたり、経過の確認を怠らない。そのおかげもあり、双子にも関わらず危な気なく出産できた。
何人もが祝福に訪れる中、カルネは相当遅れて、二ヶ月以上経った頃に顔を出した。
「や。久しぶりだね」
「カルネさん、お久しぶりです」
家まで来てくれたカルネに子どもを見せてから、居間でくつろぐ。
ティナが飲み物を用意して、シフとケラシーヤはカルネと向かい合って座った。
「最近、六歌仙でも見ませんでしたね。前に会ってから、半年くらい経ってますね」
「ほうほう。わざわざ数えていてくれたんだ。なら、もっと早く来れば良かったね、申し訳ない。ちょっと研究が忙しくてね。六歌仙の仕事以外、自宅にこもっていたんだよ」
笑い顔を見せるカルネだったが言葉の通り忙しかったようで、顔が若干やつれている。
「自宅ですか」
「うん。この町じゃないけどね」
ティナが用意したお菓子を食べながら、シフが復唱する。カルネが付け足した言葉に、ケラシーヤは笑って言葉を返した。
「この町じゃないどころか、森の隠れ家じゃないの。周りに人はいないし、迷うように魔法陣で守ってるし、知らなきゃ行けない場所よね」
「ケイは場所知ってるんだ」
シフの感心したような言葉に、カルネが驚いてみせる。
「というより、シフ君は知らなかったのだね。私の自宅というか研究所は、元々ケラシーヤ様の物でね。私が譲り受けたのだよ。だから、森の中なのも結界を張っているのも、ケラシーヤ様の仕業だよ」
「そういえば、そんな事実もあったわね」
意外と仲が良さそうな様子にシフが内心で驚いていると、カルネがシフに向き直る。
「そういえば、ケラシーヤ様の手伝いでやっていたシフ君の体質検査なんだけどね。老化具合は、エルフのケラシーヤ様より速いけれど普通の人間よりも明らかに遅いね」
「……そうですか」
長くケラシーヤと一緒に生きられる可能性が増えて嬉しさがある一方、ティナやトリと一緒に老いてはいけないのだろうという何とも言えない寂しさが同時にシフに襲ってきた。
ケラシーヤもその気持ちを理解できるようで、喜ぶ様子を素直に見せないシフを、心配そうに案じている。
シフはケラシーヤに笑顔で応じつつ、カルネに頭を下げた。
「カルネさん、半年以上もかけて調べてくれたんですよね。ありがとうございます」
「いや、別にケラシーヤ様の依頼は大した手間じゃないよ。時間にして半月くらいかな。別の実験が佳境に入ってしまってね」
「……そうですか」
あっけらかんと言い放つカルネに、シフは呆れ混じりになる。
「さて、子どもの顔を見たし、私は帰るよ。お邪魔したね」
「そう。今回は色々ありがとう。何かあったら手伝うから、遠慮せず声をかけて」
カルネが立ち上がり暇を告げると、ケラシーヤがひらひらと手を振って応じた。シフたちも口々に挨拶をかわした。
カルネが帰った後、シフはティナとトリに、自分は老い方が遅いようだと伝える。
「今はいいけど、そのうち人間じゃないって扱いを受けるかもしれないからさ。そうなる前に、人里離れるかもしれない」
シフは二人の反応を気にして緊張していたが、話を聞いたティナとトリは、さほど困ったような素振りを見せない。
「ふうん。まあ私も人間じゃないけど、森の中でも海辺の洞窟でも、どこでも付いていくから心配ないよ」
「そうだな。調味料だけは作れねえし、時々買い物くらいはできる場所がいいけど、兄貴やケイ姉ちゃんなら別にどうとでもなるだろ」
シフは困惑顔で、二人に説明を続ける。
「いや、そういう問題じゃなくて。もう手遅れの気配もするけど、俺の子ども、どういう特性を持ってるか解んねえし。もしかしたら、竜の特性を受け継いじゃったかもしんねえよ」
種族が違う場合は、必ずどちらかの種族として生まれる。
ケラシーヤとの子どもは耳が人間と同じ長さなので、人間と同じと思われるだろう。対してティナとの子は二人ともワイルドキャットの容貌をしているので、そちらはワイルドキャットの特性を引き継いでいる。
「そんなの気にしなくていいよ。種族とか、些細な問題だよ」
「いいじゃねえか、竜人間。強そうだし」
「いやいや、トリちゃん。強そうって、そんな問題じゃ……あれ、それだけの問題なのかな? えっと、どうってことない気がしてきた」
何やら考え出すケラシーヤに、シフが目を向ける。
「どうってことないわけがねえじゃん。俺の子どもが同じ特性を持っちゃったら、見た目は人間なのに、人間じゃないんだぜ。見極めがつかねえし、寿命は違うし、見世物にでもされたらどうすんだよ」
「大丈夫。ゲオルギオスの性質は聖なるものだし。迫害より、崇拝は警戒しなきゃいけないわね。シフくんの子、念のために調べておく方が良さそう。それで調べる方法を受け継いでいけば、とりあえず何十年かは対処できるでしょう」
子どもの代くらいまでは大丈夫と言うケラシーヤだったが、それ以上となると多くなりすぎそうで、配偶者への配慮が追いつかないかもしれないとのことだ。
何にせよ、すぐに問題があるわけでもないので、今後の課題として保留する。
懸念事項はあれど、取り急ぎ対処が必要な問題はないまま過ごしていたある日、シフとケラシーヤの二人はゼロから相談があると連絡を受けて、六歌仙の本部へと足を運んだ。




