旅の道連れ
シフが村を出て二日ほど経った頃、町が見えてきた。
ゴブリンが出た頃にも救援依頼をしに行っていた、隣町のナイラへと到着した。シフも過去に二度ほど来ている。
石造りの外壁が一応は町を囲うようになっており、街道沿いに門がしつらえている。
大きな町では町の出入りで順番待ちをするようなところもあるらしいが、この町はそこまで混雑していない。暇そうな衛兵が、シフに目を向けて確認する。
「坊主、物々しい格好だが、一人か?」
「はい。一人旅なので、それなりに用心してるんですよ」
笑顔で応じながら、出身の村、名前、目的地を報告する。
「ああ、あの村か。あそこの自警団はかなりの強さだって話だな。お前も自警団の一人か?」
「ええ、まあ」
実質、ここ数年はシフが強さの根源だったのだが、細かい話をしても仕方がないので、適当に濁す。
不審な点もないので、すぐに通される。
「中で悪さをするなよ。あと、スラム街は治安が悪いから、近付かないよう気をつけな」
「解りました、ありがとう」
基本的には丁寧に。それでいて敬語に慣れない風を装いながら、シフは門をくぐる。この世界、貴族でもない限り、綺麗な敬語なんて使い慣れている者はいないのだ。
「さて、宿は空いてるかなあ」
大通りで馬車を避けて脇の方を歩きながら、建物を見回す。木造の建物も多いが、武器屋や何か解らないが三階建ての大きな建物は石造りになっている。三階建ての建物は入り口に赤いのれんがかかっていて、真ん中に一本の白い線が縦に入っていた。宿屋ではなさそうだし、今は関係のない場所に行く気分でもなかったシフは、建物を無視して宿屋へと向かう。
そして歩き始めてすぐに、子どもとぶつかった。
「おっと、兄ちゃんごめんよ」
路地裏から走って出てきて、大通りを走る馬車の隙間を縫って走って行く。よほど急いでいたのかと思うと同時に、懐が軽くなっているのに気付いた。
「あ、盗られた」
見れば、すでに大通りの逆側にある路地裏に入っている。子どもの足とはいえ、慣れた様子で逃げていく。ちょうど追いかけにくい機会を狙ったようで、馬車が何台も続けて大通りを走っている。
シフは一瞬、追いかけるのが面倒だと思ったが、諦めると今日の宿代もないのだ。仕方がないので、馬車の位置関係から、邪魔にならない進路を計算する。
そして子どもと同じように馬車の隙間を縫いつつ、子どもの倍以上の速度で通りを駆け抜ける。子どもが見えなくなるのとほぼ同時に曲がり角を覗き込み、子どもの逃げた方向へと追いかける。
路地を二度ほど曲がる頃には追いつき、首根っこを掴んで逃げられないよう持ち上げる。
「くそっ、離せ馬鹿力!」
まだ十才を一つか二つ超えたくらいだろうか、シフの力は大人も驚くほど強いが、それを差し引いても持ち上げた感覚としては異様に軽い。
「俺が馬鹿力じゃなくて、お前が軽すぎるんだよ。盗ったものを返せ」
「か、返すから、衛兵に突き出すのは勘弁してくれよぅ」
持ち上げられたまま足が付かない状態が続くと不安になってくるようで、声音が少し涙声になっている。
「そうは言ってもな、人の懐を狙うような奴は、きちんと叱ってもらわなきゃ駄目だろ」
「衛兵なんかに引き渡されたら、下手したら死刑だよ。良くてもぼこぼこにされて、すぐに死んじゃうよ」
え、と驚いた隙に手の力が緩んでしまい、暴れていた子どもが拘束を逃れる。子どもはそのまま逃げるために走ろうとしたが、シフが追いかけるまでもなく転倒する。
「おい、大丈夫か?」
顔面から突っ込むように倒れた子どもに、思わずといった風にシフが声をかける。
だが返事がなく、確認するとおでこをぶつけたようで、うっすら血を流しながら気を失っていた。
「死んでない……よな?」
シフは子どもを抱き上げ息をしているのを確認すると、しょうがないとため息を吐いて宿へと向かった。
宿に到着したシフは、入り口の扉を押し開ける。
中は一階が食堂になっていて、二階と三階が客室のようだ。シフは、受付に座っている親父に声をかけた。
「親父、一晩で頼む」
「へい、らっしゃい……って、なんだそいつ。そりゃあ駄目だぜ、坊主」
「駄目ってどういうことだ?」
「悪いが坊主。そういうおまけ付きの奴ぁご遠慮願ってるんでね」
あごで子どもを指しながら、そいつスラムの奴だろう、と言い放つ。
「いや、俺もこの町に来たばかりで。行き倒れみたいなもんだったから、放っておけなくてね」
「縁も何もないってんなら、その辺に放ってこいよ。そしたらぁ、部屋に入れてやるからよ」
むっとしかめ面になったシフに、親父が肩をすくめる。
「悪いこたぁ言わん。そういう奴に肩入れすんな。死んだふりして人の財布を狙うような奴らだ」
「そう、解った。邪魔したね」
おい、と声をかけられたが、シフはそれを無視して宿の外に出る。小さな町なので、他にある宿は高級なのが一軒あるだけだが、そこに泊まるほどの金はない。
野宿でもするか、と金を取り返した意味がなくなることを考えながら、シフは子どもを肩に担ぎ直す。門から外に出ようとしたら、衛兵に声をかけられる。
「ん? 坊主、今からだと途中で夜になるぞ」
「大丈夫。問題ないよ。野宿するつもりだから」
「坊主が? まあいいけどよ。そいつは?」
「宿の親父に聞いたところ、スラムの奴らしいです。行き倒れでしてね。成り行きで起きるまで様子を見ようと思ったんだけど、宿を断られちゃったから、野宿するんですよ」
んー、と難しい顔で考え込んだ衛兵に、心配そうな顔で質問する。
「連れて出ちゃまずいですかね?」
「いや、そいつらは住民登録もしてないし、死のうがどうしようが関係ないんだが……」
「じゃあ、何か問題が?」
「お前、そいつに悪さされたわけじゃないんだよな? 連れて行くのはいいけど、騙されたりしないよう気を付けな」
信用すると寝首をかかれるぜ、と忠告を受けて、曖昧に礼を言いつつ町を出た。
町から小一時間ほど街道沿いに離れて、少しだけ街道から逸れた場所に腰を落ち着ける。子どもの傷を手当てした後は、道中で仕留めた鳥をさばきながら、子どもが起きるのを待つ。
そうして一時間も経過した頃、ようやく子どもの目が覚めた。
「あ、起きた」
目を覚まして、ゆっくりと起き上がり、周りを見渡す。そして、唯一視界に入る人間に顔を向ける。
「あんた旅人だろ? なんで俺を連れ出した?」
「それより、腹減ってんだろ? 空腹と疲れで倒れたって感じだもんな、お前」
子どもの質問を無視して、シフはたき火で炙っていた串に刺した鳥肉を投げて渡す。子どもは慌てて受け取り、シフと肉を交互に見比べる。警戒心を薄めない子どもに、シフはにやりと小さく笑みを浮かべる。
「とりあえず食えよ。食わなきゃ死にそうな、ひどい顔してるぞ」
体つきは骨張っていて、風が吹けば飛びそうだ。よくこの状態でシフから金を盗ったものだと感心してしまう。
子どもは気にしても仕方がないといった風情で、鳥肉を食べ始めた。シフは村にいた頃に作った木製の湯飲みを背負い袋から取り出し、水を入れて子どもに渡す。
鳥肉には森で採った柑橘系の果物を搾った果汁を少しかけていて、僅かな酸味と鳥肉のさっぱりとした味わいがよく合っている。
「ん。美味しい。上出来だな」
子どもが食べるのに必死だったので独り言になってしまったが、シフは自画自賛しつつ鳥肉を平らげた。
「どう、まだ食べたい?」
「うん……」
まだ陽が落ちていないため、空には鳥が飛んでいる。そのうちの一匹に狙いを定めてスリングで石を飛ばすと、見事に一発で命中し、鳥が落ちてくる。
食べるかどうかを聞いてから仕留めるまで、たったの十秒ほど。それから羽と皮を削いで食べられる部位を仕分け終わるまで、およそ三分。木の串に刺して焼き始めて、火が通ったあたりで果汁をかけて子どもへと手渡した。
「ほら、食べな」
一匹分丸々は食べられなかったので、残った分はシフが胃袋に納める。
「さて、腹ごしらえも済んだところで、自己紹介といこうか。俺はシフ。見ての通り旅の者で、目的地はフラン」
子どもは少し戸惑っていたが、しばらくして意を決したように口を開いた。
「トリ。あのさ、なんで俺を衛兵に突き出さなかったの? 俺を連れてたから宿も断られたんだよな?」
「突き出したら殺されるって言ったのお前じゃん」
「そりゃそうだけど」
トリと名乗った子どもの奥歯に物が挟まったような言い方に、シフはずばりと切り込んでみる。
「お前、これからどうする? 町に戻りたいか?」
「別に戻りたくない。でも、あそこでないと生きていけないし」
「どこか村で仕事もらったらいいんじゃねえの?」
トリは呆れた様子でシフを見る。
「あんた、いいとこのお坊ちゃんか何か? 村で余所者に仕事なんて与えるわけないじゃん。しかも、俺みたいな子どもにさ」
「そうかなぁ。俺の村じゃあ何かと人手は足りてなかったけどな」
「そういうところは、安全性は低いよな。人が死ぬから手も足りないし、口減らしも不要だし」
口減らし、とシフが繰り返す。シフの住んでいた村では行われていなかったが、食べていくのが難しい村では、当たり前に行われるという。
嫌な話だ、とつぶやくと、トリは馬鹿にしたように笑い出す。
「別に普通の話だよ。都会じゃちょっとは違うのかもしれないけど、俺は知らねえし」
「そう。話はずれたけど、お前をどうするかなんだが……」
シフが少し考えていると、トリは黙って続きを待っている。
「町に知り合いとかいないの?」
「別にいない。俺は一人で生きてきたし」
「そうか。なら、お前、俺と一緒に行くか?」
「なんで?」
トリが質問を返すが、シフは意味が解らず首を傾げる。
「なんで俺を連れて行くの? 奴隷商にでも売るの?」
「いや、売らないよ。お前を連れて行くのは成り行きかな。関わっちゃったから、ろくな生き方しないって解ってあの町に戻すのも寝覚め悪いしさ。それで、俺はフランに行って傭兵になるつもりなんだが、最近フランが魔竜の襲撃を受けたって聞いていてね。復興の手伝いをするかもしれんし、さっきの話じゃないが人手は多い方がいいからな」
特に深く考えてないと伝えると、トリは不審そうに顔をしかめながらも頷いた。
「そう、解った。今日食わなきゃ死ぬと思ってた時に、お前みたいなお人よしに拾われたのも、メイア神のお導きって奴かもな」
「へえ、お前も神様は信じてるんだ」
「え? 当たり前じゃん。何言ってんの?」
シフは思ったことをうっかり口に出してしまう。この世界では神に仕える神官が回復や治療の魔法を使い、それらは神の加護と言われている。そのため、当然のように神の存在は信じられているのだ。
「いや、そうなんだけどね。トリみたいな境遇だと、生まれを憎んだり神様なんていないと思ったりしないのかなって」
「生まれを嘆いても今は変わらないし、神様は神様だろ?」
「んー。そうだね。今の話は忘れて」
村には神官もいなかったせいでシフ自身も信仰心が薄く、加えて転生前の記憶では神の存在なんて信じたこともなかったため、どうにも世界の常識とずれがある。なるべくぼろが出ないよう気を付けようと、内心で決意を固めつつ、別の話題を持ち出す。
「俺に付いてくるってことで、いくつか決め事を作らないとな」
「決め事?」
「おう。例えば、道中でスリや犯罪は禁止とかな」
「お前が飯を用意してくれるならやらねえよ」
「今日食べたみたいな、道々で確保できるようなので良ければ何とでもするよ」
先ほどの手際を見ていたためか、トリも食料の確保については心配していないようだ。
「ところで、フランって遠いよな。途中で魔物に襲われたら死んじまうんじゃねえの? まあ、どうせ町でも生きていけるかどうか解んねえし、付いていくのは構わねえんだけどさ」
「大丈夫。俺は強いよ。それはそうと、一緒に行くとなれば、お前の格好、もう少しなんとかしないとな」
言って、シフはトリの格好を見る。髪は元の色が解らないくらい、灰色にくすんでいる。顔の作りは悪くなさそうだが、泥や汚れが顔にも髪にもこびり付いていて、お世辞にも清潔とは言えない状態だ。服も裾も丈も合ってなくて、肉のないふくらはぎが露わになっている。
「寒そうだな」
「寒いけど、まあこんなもんだろ。火があるし暖かいよ」
年は明けていないが冬の最中、気温も低い。よく生きてこられたものだとシフは半ば感心する。夏ならどこか川で水浴びでもさせるが、今の時期に水浴びをさせるわけにもいかない。
服だけでもどこかで仕入れて、次の町に着いてから風呂に入れようと決める。
「じゃあ、どこかで服は変えるとして、身体を洗うのはしばらく我慢しな。とりあえず、これで顔くらい綺麗にしておけよ」
シフはかばんから布を一枚出して渡す。トリは素直に受け取り、顔を拭いた。
「あんがと。ところで、お前のこと、なんて呼べばいい?」
「ああ、そうだな。お前は止めてほしいな。シフって呼んだらいいよ」
「ん、解った。よろしくな、シフの兄貴」
「よろしく、トリ」
あらためて挨拶を行い、顔を拭いて少しだけ綺麗になったトリが、ついでにと質問をしてくる。
「ところでさ。兄貴は子どもを襲うような性癖は持ってないよな?」
「ええ? 何だそれ。そんなことしないよ。子どもも大人も関係なく、無理矢理襲うなんて犯罪だぜ。お前、そんなことすんなよ」
「あ、やっぱり」
やっぱり? と聞き返したシフに、少しためらいつつ、言いにくそうに暴露する。
「俺、こんな言葉使いだけど女だから、襲ったりはしないよ」
トリの言葉にシフが固まる。
「兄貴、全然気付いてなかったっぽいもんな。まあ、どうでもいいんだけどさ。旅するとなれば、色々とあるから、一応伝えておく方がいいかなって思ってさ」
「どうでもよくない。うわー、全然気付かなかった。えっと、その、ごめん」
まだ十二才くらいの子どもとはいえ、性別を勘違いされるのは嬉しくないだろう。そう思ってシフが謝ると、トリは謝られたことに驚いている。
「いや、謝ることじゃねえよ。格好もこれだし、女だって思う方がおかしいし」
確かに髪も手を加えたことがないようなボサボサのまま放っている状態で、身体つきは痩せ過ぎていて性別が解るような体型ではない。あまり注視していなかったが、胸もほとんど膨らんでいない。根本的に栄養が足りていないのだ。
「まあ、女だからって見捨てないし、何か変わるわけじゃないわな。とりあえず、今日はここで一晩明かすから、晩飯取ってくる。危険な気配はないから、しばらくじっとしてな」
シフは言い置いて、トリを残して狩りの獲物を探しに行った。




