幕間 壊れた悪役令嬢と、狂った悪役侍従
本日3話目。
よろしくどうぞ!
『いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!!』
──バキバキ、バキバキバキバキッ!!
唐突に。辺り一面に響き渡ったヒビ割れる音と、女性の悲鳴。
『なんでなんでなんでなんで! 何故、貴方が! その竜の身代わりになってしまったの! わたくしの愛し子! アルフォンスッ!!』
その名を聞いた瞬間──アルバートは、自分達の身代わりにした竜達のことが脳裏に浮かんだ。
(まさかっ……!)
アルバートは手にしていた書類を放り出して、商会店舗の外に飛び出る。
通りには自分と同じように、何が起きているのかと外に出ている人々が沢山いて……。
──バキンッ!!
「!!」
空がヒビ割れた。その隙間から、真っ黒い何かが流れ込んでいる。
恐ろしい光景だ。何が起きているのかは変わらず分からなかったけれど、よくないことが起きているのだというのだけは確かだった。
だからだろうか──? アルバートは反射的に、走り出していた。
『…………《破滅》を司る《破滅の邪竜》が、終焉を告げる。まもなく、この世界は終わりを迎える。世界を繋ぎ止める楔は破壊された。これは覆せぬ事実だ。空を見ろ。空が全て剥がれ落ちた壊れた時──その時が終わりだ。残された時間はもう少ない。ゆえにこの世界に生きる全ての生命よ。最後の時を、悔いなく過ごせ。もう一度告げる。この世界はもうじき終わるを迎える。滅びは免れぬ。ゆえに、悔いなく……終わりの時を過ごせ』
その途中、また違う声が響き渡った。男の声だ。
〝世界が終わる〟──……あぁ、確かに。黒い闇が世界を呑み込むその様は、まさに世界の終わりと言っても過言ではないかもしれない。
人々が恐怖から叫ぶ。一目散に逃げ惑う。その流れに反して、アルバートは走って走って、走り続けた。
「ケイトリン!!」
そうして辿り着いたのは、自分と愛しい女性の愛の巣。
「アル、バート……」
ケイトリンは恐怖からか震えたまま……不安そうな表情でアルバートの名を呼んだ。
「アルバートアルバート、アルバート!」
「おっ、と……!」
ケイトリンが飛びついてきた。
怖かったのだろう。世界が終わると聞いて、怯えない人間がいないはずがない。
でも、彼女は外に出ることが叶わなかった。できなかった。
だって外は、ケイトリンにとって恐ろしい世界なのだから。例え、世界が終わろうとも、彼女はここから逃げることもできない。
「アルバート、アルバート……! 何が起きているの? 世界は終わってしまうってどういうことなのっ……!? それに、アルフォンスって……」
「……詳しいことは分かりません。けれど、空が割れて真っ黒い闇が流れ込んで、世界を呑み込み始めています。それと……アルフォンス、というのは。やはり──……」
何が起きたか分からないとは言ったけれど、あの竜達が関わっているのは間違いないだろう。
もしかしたら……彼らが、この世界が滅びる原因になったのかもしれない。
でも、そんなことどうでもいい。
「アルバートッ……! 恐いっ……恐いわっ……!」
「大丈夫です。共にいます」
多分、これはどう足掻いたってどうしようもないのだろう。ただ受け入れるしかない。
しかし、アルバートにとって……この終わり方は〝幸福〟だった。
何故なら──……ケイトリンと共に、死ぬことができるのだから。
(あぁ……あぁ……! まさか、こんなにも都合の良い終わりがあるなんて!)
共に生きてるようになって。ケイトリンが自分に依存して生きるようになって。とてもとても幸せだったけれど。同時に、アルバートは不安も抱くようになっていた。
それは、いつか迎える〝死〟のことだった。
生きとし生きるモノ、いつか死を迎えるのは避けられない運命だ。
だが、アルバートは嫌だった。死ぬのが嫌なのではない。ケイトリンと共に死なないのが嫌だったのだ。
生きていればいつかは死ぬけれど、いつ死ぬか分からないのが嫌だった。
人間は簡単に死ぬモノだ。意図せず死んでしまうこともある。
ちょっと離れている間に。自分の目が届かないところで、ケイトリンが死んでしまったら。アルバートは絶望せずにはいられない。
だからと言って彼女を殺すことは論外だ。彼女を殺してから自殺したところで、ほんの数秒でも死に別れる時間があるなんて許容し難い。彼女が死んだ後の世界にコンマ一秒だって生きていたくない。
共に毒薬を煽ったって、同じタイミングで死ねるとは限らないのだし。下手をしたらどちらかが生き残ってしまうことだって考えられる。
だから、この終わり方はアルバートにとって、幸運だった。
世界が終わるというカタチならば……丸っ切り同じタイミングで死ぬことができるのだから。
「ひぃっ……!」
ケイトリンの悲鳴で、部屋の中にも黒い闇が流れ込んできたことに気づいた。
闇は容赦なく家具を呑み込んでいく。二人にも、迫ってくる。
「あっ、あっ……」
恐怖に震えるケイトリンが強く、アルバートの胸に抱きついた。彼はそんな彼女に応えるように、強く強く抱き締め返す。
(あははっ……怯える彼女はなんて可愛いんだろう?)
世界が滅びる直前だというのに、この男はどこまでも変わらない。
どこまでも、愛した女性に狂っている。
(あぁ……でも。一つだけ、約束を破ってしまったな)
しかし、一つだけ。砂粒一つ分だけ心残りを、アルバートは思い出す。
あの異界の竜と交わした〝異郷の地での暮らしを報告すること〟という約束を──……。
(まぁ、世界が終わるのならばもう無意味か)
けれど、ここで自分達は死ぬのだから、約束も何ももうないだろう。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!」
闇に足を取られて、強制的に身体が倒れ込んだ。
恐怖に泣き叫ぶ愛しい女性の顔を見つめながら、アルバートは満面の笑みを浮かべる。
(貴女と共に死ねるなんて本当に幸せだ。ずっとずっと、貴女の側に──……)
その言葉を最後に──……。狂った男は愛しい女性を胸に抱き締めながら、闇に呑み込まれ消えるのだった。




