《最後の竜》の復讐劇( Ⅰ )
もうこっからは残酷表現しかありませんので、以降アナウンスは省略させていただきます!
ご注意ください!
ではでは、よろしくお願いしまーす!
女神に操られていたのを無理やり解いたためか……アルフォンスは一部の記憶を失った。
しかし、その代償なのか。彼には〝新しい力〟が目覚めていた。
…………いや、竜が持っていると知らなかった力を把握したという方が正しいのかもしれない。
とにもかくにも。
アルフォンスは竜としての力──〝共鳴〟と〝能力解放〟という、二つの力を使えるようになっていた。
共鳴とは──竜の意思・感情を、距離や物理的な問題など関係なしで伝播させ、本能的に竜の指示に従わせる能力だ。共鳴、なんて小綺麗な言い方をしているが……実質、亜人達を洗脳して、強制的に服従させる力である。
能力解放は──その言葉の通り。亜人達の能力を最大限まで引き出す力だ。
今の今まで、亜人達を率いる竜達が温厚過ぎる性格をしていたがゆえに亜人達も影響を受けて、その能力の大半を封印した状態で生きてきたようだが。その封印を強制的に解き、本来の力を発揮させるのだ。…………と、こちらも上手い言い方しているが。実際には理性を失くさせ、亜人としての力を暴走させているに過ぎない。
つまり簡単にまとめると……。竜には最初から、亜人達を自分の都合の良い道具にする力が備わっていたらしい。
本当につくづく……弱者に甘んじていた竜達に、怒りを抱かずにはいられない。
『さぁ、亜人達。暴れろ、殺せ、蹂躙せよ! お前達が味わった辛苦を! お前達が受けた苦痛を! 人間どもにも味合わせてやれ!』
王宮から外に出たアルフォンスは声に力を込めて、亜人達に命令する。
自分の中に燃え盛る憎悪を彼らに伝播させ、共鳴させ、増幅させる。
『さぁ! 俺の復讐の始まりだ! 思う存分っ……お前達も殺れ!』
その言葉が、始まりの合図。
炎に包まれつつある王都に追い打ちをかけるように、亜人達の刃が向けられる──……。
◇◇◇◇
『近い内に事を起こします。準備をしておいてください』
そう、アルフォンスから言われて三日──。
唐突に、何の前触れもなく。避暑地メーユの領都入り口に転移させられたジェットは……〝ついにこの時がきたのか〟と、そう思った。
「……ぁ、あぁ…………!」
キラキラと、楽しそうに。亜人達を蹂躙したことなど気にせずに暮らす人間達を見て、憎悪が湧き上がった。
視界が真っ赤に、染まっていく。
『暴れろ』
──ぶわりっ。
脳内に響いた声に反応するかのように、力が一気に溢れ出した。本性が露わになる。
『殺せ』
亜人達の王──竜が抱く憎悪に感化され、亜人達の胸の中に怨恨と憎悪と殺意が満ち溢れる。
『蹂躙せよ!』
「夜の帳が下りる、それは我らが狩りの時間──《血染めの悪夢》」
ジェットの、吸血鬼の固有魔法が発動する。領都が夜に包まれる。
「な、何が起きて……!?」
「おい、大丈夫か!?」
「怖いよぉぉぉ、お母さん!」
「だ、大丈夫よ! 泣かないで!」
晴れ渡っていた空が、急に夜へと変わったからか。人々は動揺していた。建物の中から外に出てくる人までいる。
ジェットはふらふらと、そんな人間達に近付いていく。
……領都を包み込んだ《夜》は、高位の吸血鬼だけが使える一種の結界。獲物を夜という結界内に閉じ込めて、逃げられなくするのだ。更には夜に属するモノ達を強化する効果もある。
つまり、この固有魔法が発動した時点で──メーユにいる人間達はもう二度と、逃げられない。
「…………ねぇ、貴方。大丈夫……?」
ふらふらとしているジェットに声をかけてきた女性がいた。十代後半ぐらいの、人が良さそうな女性だ。
ジェットはニヤリと嗤って……緩慢な動作が嘘のように、一気に距離を詰めてその彼女の首筋に噛み付く。
「きゃぁぁぁぁぁ!?!?」
「!?!?」
「おい、お前! 何してんだ!」
周りにいた男がジェットを女性から無理やり引き離した。だが、それは悪手。
ジェットは肩を掴まれたのをいいことに身体を反転させ、その男の首筋にも噛み付く!
「ぐぁぁぁぁぁ!? …………!!」
──ぱたりっ……。
一瞬で干からびた男が、地面に崩れ落ちた。それを見た、見てしまった周りの人間達は……恐怖の渦へと、叩き落とされる。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!」
「ひぃぃぃぃぃぃいっ!!」
この場から逃げ惑う者がいた。恐怖から走り逃げる者がいた。
しかし、勇敢にも歯向かってくる者も。
「貴様っ……! 《火よ、火よ、火よ! 業火の攻め手よ! 我が呼び声に答えよ!》」
年若い男が腕輪型の魔道具を手に、ジェットを攻撃する魔法を紡ぐ。
けれど、ジェットは自分を攻撃しようとする人間のことを気にしてなかった。気にかけもしなかった。彼が今、一番最優先するのは、逃げ惑う人間どもの血を吸っていくことだけ。
ジェットはただただ、大人、子供、女、男関係なしに。目につく者全てに襲いかかる。
「《敵を貫くや──…………え?」
──ピタリッ。
現に、男の詠唱が止まった。ジェットが何かしなくても
、止まった。
「あ、ぁ、あ……」
人間の男に背後から抱きついたのは……一人目の被害者。最初に血を吸われた、女性。
彼女は真っ赤に染まった瞳を細めながら……鋭く尖った牙が覗く口元に笑みを浮かべる。
「いただきます」
「ひっ…………ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」
男は女性──処女であったがゆえに変じてしまった下位の吸血鬼に血を一気に吸われて、干からびていく。
ぱたりと地面に崩れて数十秒。ビクンッと身体を震わせて……その身体をドス紫色に変えて、バネ仕掛けの玩具のような動きで起き上がる。
──竜によって吸血鬼の能力を解放されたジェットは今、その血を吸うことで芋蔓式に人間どもを滅ぼしにかかっていた。
吸血鬼に襲われた、純潔を保っていた人間は下位の吸血鬼に。
「…………あは」
純潔を散らしていた人間は──下位の吸血鬼に襲われた場合は強制的に──屍食鬼として、人間を襲い始める。
「…………あははははっ!」
新たな吸血鬼達は目覚めたばかりの飢餓感から、ドンドンドンドン人間達の血を吸っていく。
「あはははは! あははははは!」
屍食鬼はただ命を喰べることしか考えていないから、その本能のままに人間どもに喰らいつく。
それはまさに、地獄のような光景だった。吸血鬼の晩餐は、この世の何よりも悍ましい。
「…………あぁ」
ジェットは進む。人間達を襲う眷属達を引き連れて。
「あぁぁぁぁぁあ…………!」
この領都で最も、地位の高い人気が暮らす屋敷に向かって。
途中、自分と同じようにアルフォンスからの命令を受けて人間達を虐殺する亜人達とすれ違ったが……そんな彼らすらも、この悍ましい吸血鬼の侵攻に巻き込んで進む。
「…………みつ、けた」
人間だったら認識できない距離──けれど、吸血鬼には充分な距離の先に、標的を見つけた。
金色の髪に、レメイン王家特有のアースカラーの瞳。隠れ里襲撃の、首謀者。この領都を治めている──王弟コルティオ。
「あはっ」
彼は愚かにもこの異常事態を把握するためなのか、外に出てきていたらしい。
家の中に、建物の中に籠っていれば。家主の許可がないと家に入れない吸血鬼に、襲われることはなかったというのに。
「あははっ」
ジェットは嗤う。妻を殺した男への憎悪を激らせて。
彼は鋭く尖った爪で、自身の手の平を掻き切った。
どろりと溢れる血。それは徐々にカタチを成して、ドス黒い赤に染まった細剣へと姿を変える。
「…………殺す」
ジェットの身体の端が、崩れていく。血の霧へと姿を変えて、遠い距離を一瞬で移動する。
そして──……。
──グサリッ!!
「…………は?」
「……………ぁ……?」
呆気なく、奇襲は成功してしまった。
背後から静かに近づいて、その心臓を簡単に貫けてしまった。
ジェットは呆然と……血を吐いて倒れていく王弟を見つめる。
王弟の護衛として共に外に出ていた奴らがジェットに攻撃しようとして、眷属達に逆に襲われていたけれど。そんなことを気にするようなんて、今のジェットにはなかった。
だって──……。
「…………なぁ、嘘だろう? 嘘だ嘘だ嘘だ、嘘だ! 嘘だと言ってくれよ! こんなにも! こんなにも弱いお前が! 我が妻を殺したのか!」
まだ、強いのなら納得できた。アイヴィーが死んでしまったのも仕方ないと、思えた。
でも違った。弱かったのだ。信じられないぐらい、とても弱かったのだ。
なのに、妻は殺された。こんな弱種に殺された。
それが意味することはつまり──……。
アイヴィーは……本当は、こんな奴らに殺されることはなかったと、そういうことじゃないか。
「あぁ……あ……ぁ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
ジェットは叫びながら、その場に崩れ落ちる。絶望が、彼の心を包み込む。
あぁ、あぁ。今やっと、分かった。アルフォンスがここまでの憤怒を抱く理由を、理解した。
本当は亜人達こそが、人間を狩る側だったというのに。なのに、自分達が狩られる側だと勘違いしてしまっていた所為で、こんなことになってしまった。
殺されるはずがなかったのに、アイヴィーが殺された──……。
あぁ、あぁ。こんな真実、受け入れられない。苦しい、憎い。怨まずにはいられない。
けれど、人間に対してよりも。弱者に甘んじていた自分達に、怒りを抱かずにはいられない。人間よりも強い存在でありながら、人間よりも弱いと思っていた自分達が許せない。
何よりも……自分のことが一番、赦せるはずが、ない。
「…………だから、なのか。だから、だったのか」
《最後の竜》が復讐を選んだ理由。
このやるせない怒りを。行き場のない憎しみを。復讐というカタチで晴らすことにしたのだろう。
自分達が一番赦せなくても、人間どもが犯した罪は変わらない。亜人達を虐げて、狩って、殺して、死した後もその尊厳を貶めてきたことには変わらないから。
だからせめて……少しでも。死した仲間達の怨みを晴らせるように。人間どもに殺された同胞の分だけ、殺し返すことにしたのだろう。
──それこそが……《最後の竜》の復讐。
「…………殺せ」
……ジェットは命じる。
アルフォンスからの命令で始まった蹂躙。けれど今は、自らの意思で殺していこう。
それが、死ぬはずがなかった。本当ならば殺されるはずがなかった。仲間達へのジェットなりの贖罪──……。
これは……勘違いしていた自分の愚かさを棚上げにした、八つ当たりだ。
「殺してしまえ、一人残らず。殺して、殺して。殺し尽くせ」
吸血鬼の静かな命令に、眷属達は従う。蹂躙が加速する。
この日──。
領都メーユは吸血鬼の手によって……死者の街へと変わり果てた──……。




