エピローグ Ⅱ ──世界を渡る竜達の旅路、或いは恋路は続く。
お待たせいたしました。
最終話更新です。というか、かなり蛇足みが強いです。
まだまだカルディアとアルフォンスの竜生は続きますが……ひとまず、本作品はここで終わり。
『これからフタリで恋を始めようエンド』です。
……予想外でしたか?
安心してください、島田もビックリです。当初の予定とすっっごく変わったので。本書きしたらこのエンディングになりました。本当にビックリ……。
何はともあれ。
エタるよりはマシなので、ここで終わらせていただきます。
当然ながらこのシリーズ自体は今後も続きますので、どうぞよろしくお願いしま〜す。
《憎悪の邪竜》ことミスティの物語の第二部にするか、一作目に出てきた邪竜の分体チビナの物語にするか……。ちょっと悩みどころですね。
今回はなんとか書き終えましたが、まだまだ完全復活とはいかなかったので……少しばかりお休みをいただこうと思います。
そう、相変わらずの虚弱&みじんこ体力……(´・ω・`)
また調子が良くなってきたら、シリーズ新作を書きますので。気長にお待ちくださると幸いです。
ではでは最後のご挨拶。
今後とも、島田の作品たちをどうぞよろしくお願いします〜( ・∇・)ノ
島田莉音
微かな陽の光が差し込む邪竜の《箱庭》。
邪竜とその花嫁、その他眷属達などが暮らす屋敷の中庭の四阿で……堕天使のアリスは自分達が去った後の竜達の復讐劇を語る。
「かくして……《最後の竜》アルフォンスの復讐劇は、自身の死を引き金にした世界の滅亡という結末に至り。《死神》様と取引をした《渡界の界竜》様と、それによって蘇った《最後の竜》は《死神の使徒》として、働くことになり。フタリは恋をしながら、逃亡した魂を追って世界を渡る日々を送ることになったのでした。………………という訳で。アリスちゃんの特別解説コーナー、行くのですよ〜」
どうやら当事者達以外にも分かりやすいように、色々と解説してくれるらしい。
エイスは丸テーブルを挟んだ向かいの席に座りながら、紅茶が並々と入ったティーカップに口をつける。
きっと全てを識るアリスがこう言い出したのは、自身が抱いている疑問が原因なので。大人しく、彼女の説明に耳を傾けた。
「まず……エイスも気になってるこの復讐の結末はアルフォンスの望んだ通りになったのか──という件ですが。……まぁ、これはこれで成功? って感じなのです」
「ん? そうなのか? アルフォンスは道半ばで死んでしまったようだから、全てに対して未練が残る終わりだったのかと……」
「エイスがそう考えるのも分かるっちゃー分かるのですよ」
アリスは〝ウンウン〟と頷く。
なお、もうアルフォンスの配下として働いていない二人は、容赦なく彼のことを呼び捨てにしていた。まぁ、ここにいるのはアリス達だけなので……それを気にするモノは誰もいなかったが。閑話休題。
「んとー……一応、前提確認? 振り返り? として……アルフォンスの復讐劇は人間どもの虐殺です。これはあの世界の竜達が、亜人達がされていたことを奴らにやり返した感じなのです。なので、アルフォンスは人間どもを襲撃しました」
「あぁ」
「王都と避暑地メーユを最初の襲撃地に選んだのは、人が多いから虐殺するにあたって効率的だったから、というのが表向きですが。本命としては、竜を素材にした魔道具を使う王族が暮らしているからなのです」
王都には国王夫妻と王太子を始めとする王族達が、メーユには王弟が暮らしていた。
そんな彼が使っていた魔道具が……竜を素材にした魔道具──竜杖。それは強力かつ数少ない貴重な魔道具であるからこそ、王族だけに使うことが許されていたようだ。
だが、それは……逆を返せば。王族のための魔道具を用意するには、その素材となる竜が狙われるということで。
王族の魔道具にするために両親を殺されたアルフォンスが、彼らを一番の標的とするのは。ある意味必然だった。
「まぁ、どんな理由があろうともこの二箇所を最初に狙うのは正しいので。この二箇所を堕とした後は、どんどん襲撃の範囲──つまりは他国にまで、復讐の手を広げていく予定だったみたいです」
「だろうな」
「でも……心の底では。アルフォンスは人間どもだけではなく。隠れ里の連中にも、それこそ女神にも。怨みを抱いていたのですよ」
「…………そうなのか?」
「ですです」
アリスは明かす。本竜も自覚していない、アルフォンスの本心を。
「無邪気に遊び回る子供達。井戸端で笑う主婦達。どこか手を抜いた訓練を行う男衆。外で逃げ惑う限界ギリギリの同胞達よりも隠れ里を維持することを、自分達の穏やかな生活を最優先にしていた代表などなど。まぁ、そんな風に? 人間どもに狙われて切羽詰まっていた自分達との違いを見せつけられたら、憎々しく思うのも仕方ないですよね」
彼は憎んでいた。隠れ里という人間どもだけでなく……隠れ里の住人に導かれなくては──カルディアの《界》の能力がなければ、アルフォンスも隠されていたその里を見つけることができなかった──、同胞ですら見つけられない安全な場所に隠れて。一応は安全な日々を、穏やかな生活を送っていた隠れ里の亜人達を。
「一応、女神側にも事情はあるらしいですけどね? 人間どもがここまで繁殖したのは予想外だったらしいですけどね? それでも、女神が失態を犯したのは間違いないのです。あの世界が大切だったのなら。とても愛していたのなら。女神は友を助けるなんてことはせずに、異なる世界から逃げてくる人間どもを受け入れてはならなかったのです。そうすれば確実に、女神の大切な世界はこんな結末を迎えることはなかったのですよ」
アルフォンスは怨んでいた。こんな世界を造り上げた女神を。
生きるか死ぬかの毎日。どれだけ願おうと、祈ろうと。助けてくれない女神を、希望すら与えてくれなかった女神を、怨まずにはいられなかった。
「…………つまり、今回の結末──世界の破滅はある意味、アルフォンスが怨みを抱いていた全員を巻き込んだ復讐になった……ということか?」
「そのとーり、です」
同胞を殺してきた人間ども。外で逃げる同胞達を積極的に助けずに、自分達の穏やかな暮らしを優先していた隠れ里の住人達。亜人達が苦しむ世界を造り上げた女神。
アルフォンスは自覚がなかったけれど、心の奥底では本気で。どうしようもないぐらいに、あの世界に生きるモノ達全てを怨んでいた。
だからこそ……今回の結末は意図せずに、アルフォンスが心から憎んでいた相手に復讐を果たせたと、言えるのだ。
「あっ、ちなみに〜……当然ながら、アルフォンスはあそこで死ぬつもりはなかったみたいですよ? でも、案外、あのタイミングで死んだのは悪くなかったのです」
「……は? 死んだのが、悪くなかった? あのタイミングが?」
「そうです。だって、アルフォンスは〝その先〟を考えてなかったので。下手したら彼は、復讐が終わった後……完全に燃え尽きちゃって、自殺しちゃうやら無気力になっちゃうやら。そうなる可能性が高めだったのですよ」
「……。…………。あぁ……復讐こそが、アルフォンスを突き動かす原動力であったというヤツか?」
「正解で〜す」
あんな中途半端なところで復讐が終わったのも……案外、悪くないタイミングだったのだ。
アルフォンスの復讐劇は、先がなかった。あの時の彼は、あの先、未来のことなんて何も考えていなかった。
だから、人間どもを虐殺した後──……彼は復讐を果たしたという達成感や虚しさから、気持ちが燃え尽きてしまう未来しか残されていなかった。
「そうなれば必然、アルフォンスはカルディア様に切り捨てられるのです」
「…………動かない玩具ほど、つまらないモノはないものな」
カルディアは〝好奇心〟に生きる竜だ。
もしもアルフォンスが復讐を果たして、燃え尽きてしまったら。例え眷属であろうともカルディアは、〝彼は自分を楽しませてくれない〟と判断して、一切の容赦なく切り捨てるだろうことが察せられた。
時間薬という言葉があるように時間が経てば立ち直る可能性があったとしても。その時点で一度でもそう、カルディアに思われてしまえば終わりだ。
彼女の側にいることが許されるのは、彼女の〝好奇心〟を刺激するモノだけ。
だから、復讐を果たし切る前に死んでしまえたアルフォンスは全力を出し切らずに。最後の結末を見ることができなかったからこそ。復讐劇の結末を話で聞くだけで済んだからこそ。アルフォンスは燃え尽きずに済んだ。
だからこそカルディアに見捨てられずに、済んだ。
「そして〜……今回のハイライト! 最後の命を賭けた身代わりと、死に際の言葉か〜ら〜の《死神》様との取引&これから恋を始めよう宣言。これは間違いなく良かったです。すんばら!」
「へぇ……(なんか今の、カルディア様の話し方に似てたな……)」
若干引き気味なエイスの視線を受けながら、アリスはパチパチパチとここにはいないアルフォンスに向けて拍手を送る。
「重要ポイントは〜……永〜〜〜〜い刻を生きてきたカルディアの〝初めて〟をゲットしたことなのです」
「……あんなにも永く生きていられるカルディア様に〝初めて〟が残っていたのか?」
「エイスでも驚くぐらいなんですから、カルディア様本竜はもっと驚いたと思いますよ? カルディア様は強い竜です。だから、誰かに守られたら助けられたりすることが今までなかったのですよ」
「成る程……」
「それに……本来ならば、そこらの神程度がカルディア様をどうこう出来るはずがなかったのです。それぐらい強い竜であられるので。でも、逆怨みって恐いですね? 女神様はアルフォンスが復讐なんて選択をひたのはカルディア様の所為だと、カルディア様がそういう風にアルフォンスを洗脳したのだと怨んでいたのです」
竜としての力の使い方を教えたこと。知識を与えたこと。それはアルフォンスが生きていくために必要な過程だった。彼に生きていくための力をつけさせるための行いだった。
しかし、それは女神にとっては不都合だったのだ。洗脳も同然だったのだ。
だって、教えた竜達が〝竜らしい〟竜達だったからこそ……あの女神が愛した愚かな竜とは、命が刈り取られようとも抗うことを忘れた竜とは、違う方向に進んでしまったのだから。
「だからその怨みが火事場の馬鹿力ってヤツになったのでしょう。女神はアルフォンスに恋慕を抱くエルフにそっと囁いて、エルフを利用したのです。そして女神の力でカルディア様をあの場から動けないように押し留めて。いつもなら気づけるはずの攻撃を……あのエルフが放った死の一矢に気づけないようにしました。…………女神は大変、喜んだですよ。だってあの一撃は確かに、怨めしいカルディア様を殺せるはずだったので。でも、ここで予想外の事が起きてしまったのです」
それが──……アルフォンスが命を賭けて、カルディアを守ったこと。身代わりで、死んでしまったこと。
しかしそれが、今回の分岐点になった。カルディアの琴線に、触れた。
「命を賭けてまだ守られること、助けられること。それはカルディア様の〝初めて〟の経験でした。だから、カルディア様は思ったのです。〝なんで、私を守ったの? 私が強いってことをアルフォンスも知っているはずなのに。なんで、命を賭けてまで……私の身代わりになったの?〟──と」
「その答えを知りたいという気持ちが、〝好奇心〟が、《死神》様との交渉──アルフォンスの蘇生へと繋がった」
「そしてここで二回目と三回目の、カルディア様の〝初めて〟です」
「ん?? 二回目、と……三回目??」
エイスが心底不思議そうに首を傾げる。
どこら辺が二、三回目の〝初めて〟に当たるかが分からないのだろう。
アリスは指を立てながら、和かに告げた。
「まず二回目の〝初めて〟は好意を言葉で伝えられたこと、です。それもまた、カルディア様の人生では初めてだったのですよ」
実のところ……カルディアは永い永い刻を生きていたのだから、彼女に好意を寄せたモノが一人や二人、何人かいた。けれど、誰も好意を伝える──なんてことをしなかった。否、勝手に諦めたとも言う。
カルディアは〝好奇心〟に生きているがゆえに、自由奔放だ。竜という強種であるがゆえに、傲慢かつ理不尽だった。
だから、誰もがついていけなくなった。自分ではその隣にいれないと、いることができないと。好意を伝える前に好意を抱くことを止めてしまった。彼女の態度から自分には望みがないと、諦めてしまった。
しかしカルディアに好意を抱いたモノ達が諦めてくれたからこそ。アルフォンスに好機が回ってきた。
「そして三回目の〝初めて〟は……カルディア様がよく分からない自分の気持ちこと、恋心というモノに好奇心を抱いたことなのですよ!」
「恋心」
「そう。ぶっちゃけ、カルディア様の中に芽生えた気持ちはまだ、恋とは絶対に言い切れないですけど。はっきり言って現時点では、アルフォンスに対する気持ちは恋心というよりは〝私から初めてを奪うとか面白いな、この竜!〟って感じの興味の方が今は強めなんですけどね??」
色々と経験を詰んでる、永い永い刻を生きた《渡界の界竜》様から、まだちょっぴりとしか生きてない若輩者が〝初めて〟を奪ったのだから……興味の方が強いのには納得だ。
…………しかし。
「…………それでも、〝好奇心〟に生きるカルディア様だからこそ、恋心に〝好奇心〟を抱かなければいけなかったのです。そうじゃなきゃカルディア様の恋心は育ちすらしないのです」
カルディアが恋をするには、それこそが必要不可欠な条件だった。恋に関して、彼女の〝好奇心〟が刺激されること。それが重要だった。
「それに興味を引かれるアルフォンスから『俺と恋をしてみよう』と言われたから……カルディア様は好奇心から、アルフォンス相手とした恋をするのです。カルディア様達の恋は〝恋を知りたい〟という気持ちから始まるのですよ」
「…………本当、徹頭徹尾〝好奇心〟だな」
「それがカルディア様の異常性なので。当然っと言っちゃあ当然なのですよ」
全ての始まりも〝好奇心〟。全ての終わりの〝好奇心〟。
これほど行動原理が〝好奇心〟からブレないのも、それこそがカルディアの異常性がゆえ。
それほどまでに……〝好奇心〟はカルディアの在り方であったのだ。
「…………ん?」
しかしここで、エイスがあることに気づいてしまう。
時には遠回りした世界を滅ぼすほどに壮大な、アルフォンスの復讐劇の果て──……その、結末の答えに。
「……アリス」
「うふふ〜……なんです?」
「…………その、言葉にまとめるとかな〜りちっぽけな感じになる気がするんだがな? 要するに、だ」
「はい」
「今回の……世界を滅ぼした復讐劇は結果として……あの二人が恋を育み始めるための下準備でしかなかった──ってことか?」
「……まぁ、簡単にまとめちゃうとそうなりますね!」
──ニンマリ。
そんな笑顔が似合いそうなほどの満面の笑顔で。身も蓋もなく。堂々と肯定したアリスの言葉に、エイスは目を見開いて固める。
それから彼は……心底おかしいと言わんばかりに、笑い始めた。
「は、ははっ……! あはははは! あ、あそこまでやって! ひ、一つの世界を滅ぼした結果が……! 一つの恋の始まり未満とか……! 面白過ぎるだろう! ははははっ!」
「ふふふっ。そうですね? 面白いですね? ふふふふっ……あはははは!」
堕天使と淫魔はケラケラと笑う。とてもとても楽しそうに笑う。
だが、二人とも言葉にはしなかったが……間違いなく、同じことを思っていた。
だってこれは、異常性を有する……壊れた竜達の物語の一つ。
そんな竜がする、世界の滅亡から始まる恋なんて。
そんなのとっても……壊れた竜の物語らしい始まりだろう──?
「今回も壊れた竜らしい、素晴らしい結末だったのです!」
一つの物語の結末を見届けた堕天使は楽しげに──自身が望む未来へ一歩近づいたことに満足しながら──そう朗らかに呟くのだった……。
《全知》の堕天使が見つめる遠い遠い未来の先。
逃げた魂を追いかけながら。寄り添って世界を渡る二匹の竜の姿が……未来の光景として、彼女の視界に映る。
かくして、堕天使が望んだ未来への布石がまた一つ、打ち込まれた。




