エピローグ Ⅰ ──好奇心を満たすために、君/俺と恋を始めてみよう。
神竜「まぁ、わたしぐらいになれば? 後からでもあの子達のやり取りぐらい知れるのさ!」
死神(…………本当は滅茶苦茶アイツらのやり取りが気になってたんじゃねぇか……。てか結局、出歯亀したな……コイツ……)
次が最後の更新です。
最終話を書き切る前に発熱してしまったので、ちょっとお待ちしていただくことになるかと思いますが。気長にお付き合いください。
よろしくどうぞー
多分、最初の時点から……彼女に惹かれていたのだと思う。
『もぉぉ〜……竜の癖に人間風情にここまで追い込まれて〜! 情けないんだから〜!』
人間に襲われて、逃げるしかなかった自分を。弱かった自分を助けてくれた竜。
『よく、ここまで成長したね』
常識に囚われない、アルフォンスの想像を超える行動を起こす──《渡界の界竜》カルディアは、アルフォンスに竜としての在り方を教えてくれた。弱かった自分に、強さを与えてくれた。
『あっ。言っておくけど……これに慣れたらどんどん竜化させる部分を増やしていくから。完全に竜型になった私と戦えるようになってもらうから。頑張ってね?』
……まぁ、その過程で。その理不尽さと過酷さにほんの少しだけ、苛立ちを抱かなかったことがない……と言ったら嘘になるけれど。それよりも、力を得られたことは有り難かったから。助かったのは事実だから。感謝の気持ちの方が、遥かに強い。
『下等生物が、竜に、何かさせようとするとか、間違ってると思わない?』
そして……何よりも。竜という強種である自負を持ったその姿が美しくて。無邪気に力を振るう災厄のような強さに、心惹かれずにはいられなかった。
それはきっと、強い種に惹かれる本能だった。竜は人の姿を模そうとも、所詮は獣だ。理性があろうとも知性があろうとも、本質は本能で生きる獣である。
ゆえに、獣らしく。アルフォンスが自分よりも強いモノに惹かれるのは必然であり……自分より強者であるカルディアに惹かれるのも、当たり前であった。
だから、本能でもきちんと理解していた。彼女が自分よりも強い存在であることを。
分かっていたけれど……。
『死ねぇぇぇえっ!!』
『………………ほぇ?』
毒々しい液体を纏った矢先に反して……真っ白な光──それは女神の力だった。本人に自覚はないが……彼は女神に操られていた時期があったがゆえに、その力を知覚できるようになっていた──に包まれた矢がカルディアに迫る。
本人が気づいているかは分からないが……彼女の足元にも、悪意に満ちた白い光が纏わりついていた。
アレは良くないモノだ。
アレがカルディアを、あの場に留めている──……。
そう思ったあの時──アルフォンスの身体は。カルディアを守るために反射的に、動いていた。
『カルディアッ!!』
『あ』
彼女の身体を押し退けた。カルディアは驚いた顔をしながら後ろに倒れて、尻餅をついた。
それと同時のタイミングで──カルディアが立っていた場所に躍り出た自分の背中に、毒の矢が突き刺さる。
──トンッ!
『っっっっ!!』
声にならない悲鳴が漏れた。一瞬で身体中に回った激痛に、本能的に悟った。
あぁ、これは助からないと。こんな痛みをカルディアが負わなくて良かったと。
その後のことは、あまりよく覚えていない。なんせ、激しい痛みの所為でマトモな思考なんて一切働いていなかったので。
何か答えた気がするも、それすらも曖昧だった。
それでも、好きな女をを守れたことだけは確かで。
それだけで、アルフォンスとしては充分で。
(あぁ……好きな女を守れて、よかった……)
────アルフォンスはそう満足しながら。……竜としては呆気なく、その命を落としたのだった。
……。
…………。
………………が。運命というのは案外、思いもよらぬ結果を齎すらしい。
死んで、魂だけになって。死後の世界──《冥界》へと辿り着いた。
永遠に夜が続く世界では、時間感覚がドンドン狂っていく。永い間ここにいたのか、ほんの数秒のことなのか。どれくらい時間が経ったのかも分からなくなって……。
このまま、他の魂達と同じように。いつかそこら辺に浮かんで、自分が生まれ変わる番を待つだけになるのだろうな、と。なんとなく思った。
けれど、アルフォンスの魂は呼び出された。《冥界》の主人によって、蘇生された。
生き返らせられた理由がまさかの──……〝カルディアを命懸けで助けた理由を聞きたかったから〟だなんて!
…………そんな理由で死んだ生命を生き返らせられるだなんて……。
もしやカルディアも、少なからず自分を思ってくれている……?
(…………ま、まさか……本当に??)
最初は上手く理解できていない様子のカルディアだったが。時間が経てば経つほど、その頬がじわじわと赤くなり始めている。
そんな、分かりやすい反応を返されれば。彼女の中にも自分を想ってくれる部分があるのだと、嫌でも察する。
とはいえ今まで見たことがないほどに、本気で困惑しているのもまた確かなので。
どうやらカルディアは、好きという気持ちがよく分かっていないところもあるみたいだ。
(……だけど、だ。俺の気持ちが嫌じゃないなら。迷惑じゃ、ないのなら)
アルフォンスは考える。もしもカルディアが好きという気持ちが分からなくて、こんな感じならば……好きという気持ちを理解するようになれば。
〝そうなる可能性〟ぐらいは、あるかもしれないと。
…………だが、忘れてはいけない。相手はあのカルディアだ。
そう上手く、事が進むはずがない。はずが、ないのだ。
アルフォンスはこの後直ぐに……それを知ることとなる。
◇◇◇◇
「…………好き……好きだから私を守ったの……?」
アルフォンスから命を賭けてまで自分を助けたい理由を聞いたカルディアは……思いっきり困惑していた。
最初はよく分からなかった。カルディアは恋愛的な意味で誰かを好きになったことがないから、好きと言われても「へ〜。そうなんだ〜」ぐらいしか思わなかった。
…………なのに。
(な、何これ? なんか、熱い……??)
意識よりも先に、心が反応していた。
顔が熱い。いや、顔だけじゃなくて身体の奥から火が出そうな気分だ。
落ち着かない。むず痒い感じがする。なのにそれがなんなのか分からない。
自分がどうなっているのかが、全然分からない。
「カルディア……?」
「!!」
──ビクッ!!
必要以上に、身体が跳ねた。
恐がることなんてないのに。目の前にいる竜は自分よりも遥かに雑魚であるのだから、こんな恐る必要なんてないのに。
「あ、ぅ……」
なのに、身体が。心が。上手く言うことを、聞いてくれない。
本当に、自分に何が起きてるのか……分からない。
「…………」
顔を真っ赤にして、涙目になったカルディアを見たアルフォンスの顔から……徐々に表情が抜け落ちていた。
背筋に湧き上がるのは痺れ。マグマのように溢れ出す興奮が……復讐をしていた時よりも遥かに強い興奮が、彼の行動を大胆にする。
「カルディア」
アルフォンスは彼女の腰に腕を回して、抱き締めた。
……あの、カルディアが。恐ろしく強い竜が、自身の腕の中で小動物のように震えている。
口角が無意識に、上がる。牙の根元が、甘く疼く。
「どうした、カルディア。そんな可愛い反応をして」
「や、止め……止め、て。離し、て……分かんない……分かんないの……何? 私、何が、起きてるの……?」
「分からない?」
「わ、分かんないっ……!」
「は、……はは。あはははっ……!」
嬉しそうに笑うアルフォンスを、カルディアは涙目で睨みつけた。
自分はこんなに動揺しているのに笑うなんて酷いと、恨めしい気持ちを視線に込める。
すると、それを敏感に感じ取ったのだろう。彼は目尻に浮かんだ涙を拭いながら……心の底から嬉しそうに微笑んだ。
「カルディア。お前も、俺を好いてくれているんだな」
……。
…………。
「…………え?? 好き??」
顔を真っ赤にしていたカルディアは告げられた言葉に、目を見開いて固まる。
そんな彼女に、アルフォンスは告げる。
「あぁ。その反応は、まさにそうだろう?」
「…………」
「……カルディア?」
カルディアは無言のまま固まっていた。
だって思いもしなかったのだ。考えもしなかったのだ。
自分がアルフォンスを好きだなんて! 本当に、そんな考え、微塵もなかった!
「…………え。私、好きなの? アルのこと」
「……えっ? 違うのか?」
「分かんない」
「わ、分からない……」
ギョッとしたアルフォンスは〝分からない〟と素直に告げられて、思いっきり頬を引き攣らせた。
だが、更なる衝撃が彼を襲う。
「だって、恋なんてしたことないもの。だから、本当に分かんない!」
「…………お、おぅ……」
カルディアは言う。今までの自分の竜生に……恋愛事は無縁だったのだと。
そりゃあ永い刻を生きているから、他人の色恋沙汰を見たことはあったけれど。あくまでも鑑賞していただけで。カルディア自身が恋をしたことがある訳ではなかった。
……だからだろうか? 永い永い間、一切恋愛経験がないからか? カルディアは自分が誰かに〝恋〟をすることがあるだなんて、思ってもいなかったのだ。
現に今も、アルフォンスに恋心を指摘されても……「本当にそうなのかな??」という、自分自身の気持ちを疑う方が強い。
そう本心を打ち明けると。アルフォンスはなんとも言えない顔になった。若干、納得いかないといった様子だ。
だが、直ぐに何か思いついたようで……彼はニヤリ、カルディアに向かって笑いかける。
「なら、カルディア。その分からないを知りたくないか?」
「…………お?」
「お前は、好奇心で生きる竜だろう?」
「…………!」
そう言われてしまえば。今の今まで大人しくなっていた〝好奇心〟が息を吹き返し始めた。
カルディアは〝好き〟という気持ちが分からない。今まで生きてきて、そんな感情は必要なかったからだ。
(知り、たい……)
でも、知らないことは知りたい。面白そうならやってみたい。
(知りたい知りたい、知りたいっ……!)
それがカルディアという竜の持つ〝強過ぎる好奇心〟という名の異常性。
溢れ出んばかりの好奇心を前に我慢なんて……できるはずもないのだ。
「どれだけ時間がかかろうとも……必ず。俺がお前の〝好き〟という気持ちを理解させてみせるから。だから、カルディア。俺と恋をしてみないか?」
真剣な顔でアルフォンスが告げてくる。
……やっぱり好きって気持ちはよく分からないけれど。アルフォンスの言葉に乗せられて、なんだか乗り気になったカルディアは……。
〝好奇心〟に目をギラギラと輝かせながら、満面の笑みを浮かべた。
「その言葉に嘘はない? なら、私に恋を教えてみせてよ! アル!」
……かくして。
強過ぎる〝好奇心〟に生きる竜はその好奇心に突き動かされて……復讐の果てに世界を滅ぼした竜と〝恋を始める〟ことにしたのだった……。




