26.『ミン刑事の奥様が』 26-1
事務所のソファで向かい合っていると、コーヒーに口をつけてから、ミン刑事が切り出した。
「メイヤ、ウチのニンゲンにならないか?」
「それは幾度となくお断りしているはずです。ミン刑事はお父さんのようなヒトです。でも、わたしは誰かの子であるより、一人の女として生きたいんです」
「いや、そうじゃない。こっち側のニンゲンにならないかと言っているんだ」
「こっち側?」
「俺と一緒に仕事をしねーかってことだ」
「要するに、警察官にならないかと?」
「そうだ」
「登用されるにあたっては、テストがあるものだと思いますけれど。だとすると、わたしにとっては難関です。高校すら行っていませんし。学なんてありませんから」
「試験なんて、俺の権限ですっ飛ばしてやる」
「うーん……」
「ダメか?」
「はい。やっぱり、うんとは言えません」
「そう来るか」
「ミン刑事と仕事をすることは、確かに魅力的です。でも、わたしは探偵という職業に誇りを持っています。それに、マオさんが帰ってくるまでは、事務所を閉めるわけにはいきません」
「わかった。これ以上は何も言わねー。今の話は忘れてくれ」
「誘っていただいたことには感謝します」
「いいよ。頭なんか下げなくて」
「時にミン刑事」
「なんだ?」
「奥様との関係は良好ですか?」
「当たり前だろうが。だがなあ」
「だが、なんですか?」
「いや。アイツを孕ませてやれないことが残念でな。言葉にはしないが、子を欲しがっているように思うんだよ」
ミン刑事は種なしらしい。だからいくら奥様を抱こうが自らの子をもうけることはできないのだ。それは不憫なことだし、あわれだと言ってもいいのかもしれない。
ミン刑事は「もう行くぜ」と言って、ソファから腰を上げる。「つまんねー話を持ち出して、ホント、すまなかったな」と彼は続けた。
「ですから、つまらない話なんかじゃありませんよ。女刑事って、確かにカッコいいなとも思いますし」
「いつか心変わりすることを願っているよ」
そう言うと、ミン刑事は立ち去ったのだった。




