24-3
翌日の夜、『立ち飲み屋』にて。
「『グウェイ・レン』の親父殿に目を付けられるとは、ついてないな」
ミン刑事はそう言うと、ビールジョッキを大きく傾けた。いっぽうでわたしは焼酎のお湯割りをすする。
「相手が勝手に突っ掛かってくるだけです。愉快な男だとは思いますけれど」
「愉快な男か。ま、おまえならそう感じるかもしれねーな」
「ヒトを殺したという実績はあるんですか?」
「いや。ミカミも含めて、『グウェイ・レン』が人殺しをしたという話は聞いたことがない」
「じゃあ、やっぱり」
「ああ。妙な手合いだとしか言いようがないな」
「ミン刑事はミカミと会ったことがあるんですか?」
「あるよ。一度だけな。牢屋の中にいるヤツと面会した」
「留置所での彼はどんな様子なんですか?」
「俺の顔を見るなり、煙草と酒を寄越せと言ってきた。なんとも食えない野郎だよ」
それを聞いて、わたしは「ふふ」と軽く笑った。
「何がおかしい?」
「いえ。彼らしいなと思いまして」
「ミカミは刹那的に生きようとしているきらいがある。極道の命なんざそう長くないと割り切っていやがる」
「人生は楽しんでなんぼだと考えているわけですね?」
「ああ。やっこさんはそのあたりを突き詰める腹なんだろうな」
「だとすると、ミカミはやっぱり阿呆ですね」
「阿呆か。その表現は驚くほどしっくりくる」
「またやり合いたいです」
「間違っても、やられるなよ」
「勿論です。それで、ミカミは実際、『虎』に煙たがられているんですか?」
「そうみてーだ。裏を返せば、ミカミが従わない限り、『グウェイ・レン』は自由だってことだ。『虎』の傘の下にある中で、やっこさんはある種のイレギュラーなんだよ」
「『虎』からしたらそんなヤツ、切り離してしまえばいいと思いますけれど」
「先にも言ったが、ミカミはとにかく金だきゃ持っているらしいんだよ。資金源は不明だがな」
「彼がてっぺんを取るようなことになれば、様々な状況が色々と変化するように思います」
「それこそ、やっこさんにその気はないだろうな。ただ喧嘩を楽しみたいだけであって。野心なんてもんはねーのさ」
「ホント、阿呆ですね」
「ああ。トップに立つだけの器であるように思うんだがな。また釈放されたようなら改めて連絡する。なんだかんだ言っても、そのほうがいいだろ?」
「ミカミは正々堂々としています。だからわたしも彼を買っている」
「それでも警鐘くらいは鳴らしておきたい」
「ミン刑事は相変わらず心配性ですね」
「おまえのことについては、そうありたいんだよ」
三日後、事務所にてミン刑事から連絡を受けた。ミカミが釈放されたらしい。彼は街で目ぼしい輩を見付けたら問答無用で喧嘩を吹っ掛けることだろう。そしてまた連行されるに違いない。まったくもって、馬鹿馬鹿しい男だ。でも、馬鹿だからこそ、思うがままに振る舞うことができるのではないかとも考える。捕まえられたところで警察に根を持たないらしいところも、さっぱりとしていて気持ちがいい。次は本気で応えようと思う。そうあることが正しい。面白おかしく喧嘩をするための礼儀でもある。
ミカミ・カズヤ。
わたしはその名を、確かに脳裏に焼き付けたのだった。




