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24.『喧嘩の流儀』 24-1

 夜、街角で営業している『キャバレー』に入った。この界隈では規模が大きいほうだ。友人からのお誘いである。「いつかお店に遊びに来てねー」と言われていたので、約束を守る格好で訪れた次第だ。それなりに高級感があって、ステージ上ではトランペットにサキソフォンが鳴り、ベーシストがくるっとコントラバスを回して、なんとも明るく、賑やかな雰囲気だ。そのうち、他の客の接待で忙しかったらしい友人がやって来た。黄色いドレス姿。露出が多い。胸元もぱっくりと空いている。


「ごめんごめんね、メイヤちゃん。お待たせしちゃって」

「かまわないわよ。それよりいいの? 女一人の相手に時間を割いちゃって」

「女性一人でもお客様だもん。というか、わぁ、メイヤちゃん、ドンペリ、入れてくれたの?」

「安くてマズい酒よりは高くて美味しい酒を。こういうところでお金を出し惜しみしようとは思わないの」

「だったら、よりよい接待をして差し上げないとね」

「それはありがたいけれど。こういうところって、やっぱりお触りは厳禁なわけよね?」

「それはそうだよ。決まってるじゃない」

「それでも男がわんさか押し寄せてくるって、ある意味、尊い商売だわ」

「たまに触ってくるヒトもいるけどね。それが客商売のつらいところ」

「そういうことなんでしょうね」

「もし私が変なお客につけ回されたりしたら、メイヤちゃんは助けてくれる?」

「ええ。勿論」

「やっぱり、メイヤちゃん大好きっ」


 友人が横から抱き付いてきた。あまり大したことを言ったつもりはないと思うけれど、それはさておき、わたしは結構、ここの賑々しい雰囲気が好きなのかもしれない。


「それより知ってる? ここのオーナーってヤクザなんだよ?」

「こういうお店って、決まってそういうものだと思うけれど」

「私がもっとまともな職業に就きたいと言ったとして、それは経営者のヒト達に受け容れてもらえるのかなあ」

「祝って送り出してもらえないようなら、この『キャバレー』に失望せざるを得ないわね」

「これは私の意見なんだけど」

「うん?」

「メイヤちゃんがここでキャバ嬢をやればナンバーワンになれるよ?」

「頬にも背中にも傷がある身なんだけど?」

「だけど、絶対にお客さんは付くよ。これって勘じゃなくて確信」

「ありがとうとでも言っておけばいいのかしら」


 その時だった。

 真後ろの席に、ヒトがついた気配があった。


「おう、そこの冴えへん若造のボーイさん、ここでいっとう高い酒を持ってこいや。ワシは金に糸目つける男やないぞ」


 などと、後ろの男はニッポンの言葉でしゃべる。そのあたりがいかにも横柄だ。いけ好かない。楽しく飲んでいる最中に品のないことを述べられると、多少ならず不機嫌にもなる。


「ホンマ、金ならあるんやぞ。余るほどにな。せやさかい、おう、今度はそこに突っ立ってるボーイさん、おまえやおまえ、この店、貸し切りにしろや。カタギのかたがたがえろうおるとこで飲むつもりはないぞ」


 前を向いたまま、わたしが「彼、よく来るの?」と尋ねると、「忘れた頃に来るよ」という友人の返答があった。


 男はボーイから「お客様。これだけのお客様の入りです。貸し切りはちょっと……」と言われた。彼は片言ながらもニッポンの言葉をしゃべれるらしい。


「ほなら、せめてわんさかべっぴんさんを連れてこいや」

「それもちょっと……」

「ッホンダラァッ!」


 そんな怒声とともに、ボーイの彼は殴り飛ばされてしまったようだ。どっと弾き飛ばされ、倒れてしまった音がした。男は「ほっだら、いつもの通り支配人と話つけたるわ。さっさと呼んでこいや!」と怒鳴る。しょうもないトラブルのせいで、陽気な音楽もんでしまった。


「ホント、後ろは賑やかね。これじゃあゆっくり飲めないじゃない」


 わたしがそう言うと、友人はしょうがないなあとでも言わんばかりに苦笑じみた表情を浮かべた。


「あのヒトっていっつもそう。気に食わないボーイだとすぐに殴るの」

「あなた達からしたら邪魔だってこと?」

「それはそうなんだけど……」

「こういうところの支配人って、腕が立つと思うんだけれど?」

「それが、ここの支配人は例外らしくって、気がちっちゃいの」

「こんなに大きな『キャバレー』の支配人なのに?」

「うん……」

「人事異動を考えた方がいいわね」

「でも、あんなお客さん、どんなニンゲンが支配人になっても、きっと相手をしきれないよ」

「客は揃って逃げているようだけれど、売り上げには響かないの?」

「あのヒト、お金はきっちり払ってくれるから。金銭的な損害はないの」

「だけどね、ぶっちゃけ、わたしは気に入らない」

「メ、メイヤちゃん、やめようよ。あんなのと関わったところで、ろくなことはないよ」

「貴女、あの男にお触りされたことがあるんじゃないの?」

「少しだけ。でも、それもお店のためだから……」

「そんなこと、ゆるすほうがおかしいわよ」


 わたしはすっくと立ち上がって、初めて後ろを向いた。ボーイが止む無く持ってきたらしい琥珀色の酒が入ったグラスを大きく傾けている男がいる。センター分けの長髪。グレーのスーツに赤いネクタイ。どこかで見た覚えがあると若干考えを巡らせると、それはやはりミカミ・カズヤだと気付いた。


 テーブルにグラスを置いたミカミは、ぷはーっと息を吐くと、「うまいでぇ。やっぱ酒はこうやないとなあ」と言い、右の膝を右手でバシッ叩いた。


 わたしはミカミの席に近付いた。相変わらず両の耳たぶでは銀色のボディピアスが主張している。「おぉ、これはこれはメイヤちゃんやないか」と彼は視線と言葉を向けてきた。喜びに満ちた顔をする。


「貴方がいると迷惑らしいわ。実際、客もこぞって逃げちゃったみたいだし」

「ニッポンの言葉が通じるのはホンマ嬉しいわ。ワシからしたら母国語やさかいな。でやな、この店の売り上げにはきっちり貢献してしてるつもりやぞ? 金ははろてるがな。それよりなあ、メイヤちゃん。ここで会えたのもなんかの縁や。ワシの相手、したってくれんかあ。酒なんかよりもよっぽどイケるんや。前に言うたやろ? ワシは楽しい喧嘩がしたいんやって」

「ここでやるの?」

「ご覧の通り、ここのホールは広いさかいなあ。喧嘩するにはおあつらえむきや。赤絨毯の上でやるのもええやろう。おらぁ、とっとと音楽流さんかい。ワシらの再会を祝わんかい!」


 戸惑ったように、つんのめりながら演奏が再開された。ミカミは立ち上がってホールにの中央に躍り出ると、例によって懐から匕首を抜き払った。


「ホンマ、ゾクゾクするわぁっ!」


 そう言って、ミカミは匕首を上に放り投げた。それに気を奪われていると、途端、左のほおに拳を見舞われた。


「ギャッハッハッ! メイヤちゃん、まだまだ甘いなあ」


 匕首はトンと刃を立てて、床に突き刺さったのだった。


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