22-4
夜の繁華街を行く。その最中にあって、紫色のスーツを着た男と出くわした。人目を引く風体からヤクザなのだろうと見当がついた。
「アンタがメイヤ・ガブリエルソンなんだろう? 違うか?」
「違わないけど、だったらなんだっていうの?」
「とんだ僥倖だってことだ。俺は『チューロン一家』って看板を掲げさせてもらってるウェイってもんなんだが、アンタとは常々、喧嘩をしてみたいって考えていたんだよ」
「喧嘩?」
「えらく腕が立つって噂じゃねーか。実際、やるんだろう? そんな物腰だ」
「やりそうだから、やり合いたいっていうの?」
「事務所で椅子にふんぞり返っているのは退屈でな。だからこうして、時々、街に出ては相手を探してる」
「ボディガードも付けないで?」
「そんなの煙たいんだよ。街歩きくらい一人でさせろって話だ」
「どうしてもって言うのであれば、わたしの事務所に来れば良かったと思うけど?」
「そんな真似をするのは野暮ってもんだ」
「『チューロン一家』なんて聞いたことがないわ。どこかの直参?」
「ああ。『四星』だよ」
「その『四星』のボスからは、カタギに手を掛けるなって言われているんじゃないの?」
「どうしてそんなことを知ってるんだ?」
「ワンロンさんとは顔見知りだから」
「ほぅ。だが、殺さない程度なら問題はないだろうさ。とにかくやってもらおうか。おまえ、マオの後継者なんだろう?」
「後継者じゃないわよ。留守を預かっているだけ」
「俺はその昔、ヤツと引き分けたんだよ。だからおまえに代理を担ってもらいたい」
「それは本当に引き分けだったの? マオさんが自ら退いたんじゃないの?」
「ああ。やっこさんは「無益だ」とだけ言い残して、踵を返しやがったからな」
「彼らしい理由だわ。で、ご覧の通り、わたしは女よ。それでもやりたいっていうの?」
「俺は性別は選ばねーんだ。誰であろうが向こうに回す。本気でやる」
「そういう考え方、嫌いじゃないわよ」
ついてこいと言われた。どうやら街中でやらかすほど阿保ではないらしい。胡同に入り、路地に折れ、狭い道路で向かい合った。
ウェイはジャケットを脱ぎ捨てた。白いシャツを着ていても、派手な体付きをしているであろうことが見て取れる。筋骨隆々といった感じだ。相当鍛えているのだろう。
「今でこそ組織の頭を張るようになっちまったが、俺はずっと下っ端で良かったな。ヤクザになった理由は、裏の世界で腕っ節を試したかったからだ。それだけで良かったんだよ」
「わたしが本気で格闘の世界に身を投じてからまだ一年。ぺーぺーなのよ?」
「言ったぜ? やりそうな雰囲気があるって」
「わかった。かかってきなさいよ。喧嘩を売ってきたのは貴方のほう。わたしから突っ掛かる理由はないわ」
「了解した。おらぁっ! 行くぞぉっ!」
仕掛けてきた。ボクシングスタイルを見せたかと思うと、前触れなく浴びせ蹴りを放ってきた。すぐさまウェイは立ち上がる。そうそう簡単に当たるはずもない大技を見舞おうとしてくるあたり、口ほど大した輩ではないのかもしれないと思いつつ、改めて身構える。彼の動きは実に速かった。直線的に接近してきて膝をぶつけてきた。ボディに食らった。特段、効いたわけじゃないけれど、後ろに退くことを強いられた。ゴツい体は見掛け倒しではないらしい。なかなかのパワーだ。フツウのニンゲンなら悶絶して倒れるところだろう。
「ちょっとした化け物ね。それだけの力があれば、まだまだのし上がれるでしょうに」
「ねーちゃんも大したもんだ。もろに入ったのに倒れないとはな」
一直線の路上で睨み合う。本気を出していい相手かもしれない。そう思う。
と、その時だった。ウェイががくんと膝をつき、どっと前のめりに倒れ込んだ。突拍子もないことだったので、少し驚いた。
彼の向こうに人影。灰色のカンフースーツに黒いエナメル質の手袋。
紛れもなく、ラオファだった。銃を構えている。ウェイの後頭部を撃ったのだろう。暗くてよく見えないけれど、銃声がしなかったあたり、サプレッサー付きだと思われる。
「あらら。いきなり邪魔をしてくれるのね。ただの喧嘩だっていうのに」
「……君は現状、ターゲットじゃない」
「それでもやりましょう。色々とね、貴女には腹が立っているの」
「……それはいわれのないことだよ」
「ぐだぐだ言わないで!」
突っ込み、ジャンプ一番、勢い良く右の飛び蹴りを食らわせようとした。ラオファは低く屈んで避け、わたしは彼女の頭上を通過した。
素早く身を翻し、改めてラオファと対峙する。彼女は尚も銃口を向けてくる。
「へぇ。やっぱりやるじゃない」
「……面倒な女だね」
「貴女個人としてはどうなの?」
「……個人?」
「殺りたいでしょう? わたしを」
「……僕はいたずらに殺しはやらない」
「そう言わずに相手になりなさい!」
接近し、左のジャブを一発二発と繰り出す。他愛もなくかわされた。けれど、足元がお留守になった。右のローキック。決まった。ラオファは「……やめなよ」と言った。「……本当に、ターゲット以外は殺るつもりがないんだ」と続けた。対してわたしはそれを無視して、左のミドルを放つ。
ラオファはバク転を決めて距離を取り、着地したところで一発二発と撃ってきた。わたしはそれを掻い潜る。。
「……君は達者だね」
「いい加減、敵として認めてもらえるかしら?」
「……いずれ仕留めよう」
「いずれじゃなくて、ここで白黒をはっきりさせたいわ」
「君が『虎』以上の金を払ってくれるというのなら、僕は君の仲間になるだろう」
「本当に金で動くのね」
ラオファがまっすぐに向かってきた。速い。飛び上がった。わたしのことを飛越して、走って逃げる。やむなく発砲。当たるようには思えない。実際当たらず、脇目も振らず逃げた彼女は闇の中へと消え失せた。
「ああ、もうっ!」
ちくしょうと口走ったわたしである。やはり逃げ足は達者だと唸らざるを得ない。わたしだって足には自信があるけれど、彼女には追い付けそうな気はしない。
それでも、いつか必ず、型にはめてやろうと思う。これって決意だ。




