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22.『賑々しい』 22-1

 夜、二十三時頃。


 『飲み屋』からの帰り、『キャバレー』の裏手にある路地にて倒れている複数の男らを発見した。いずれもうつ伏せになっている。なかば興味本位で、よいしょと一人を仰向けに引っくり返した。カっと目を見開いたまま死んでいる。間違いなく見覚えのない顔だ。


 眉間に銃弾を浴びた痕がある。血はまだ乾いてはいない。見たところ、正面から撃ち抜かれたようだ。幾つも放った上で、偶然、頭部にヒットしたのだろうか。そうは思えない。恐らく一撃で仕留められたものだと推測される。きっとそうなのだろうと勘がささやいてくる。犯人の腕はことのほか達者であるに違いない。鉄砲の扱いに慣れているニンゲンだろうということがだ。となると、いわゆる殺し屋の仕業ではないか。手練れのジョブキラー。そんなやからがいるのかと問われれば、わたしは一人だけ、パッと思い浮かべることができる。


 死んだニンゲンは死んだニンゲンだ。今更、どれだけ手を尽くしたところで生き返るはずもない。わたしは再び帰路を行く、事務所についたら、警察に連絡しようと思う。それくらいはしてやろうと考える。知らない人物らだとはいえ、幾つもの死体を放っておくほど、わたしはにんにんではないつもりだから。


 夜道を進む。今日は一日、なんだか肌寒かった。夜ともなれば尚のこと。だから足早に夜道を進む。


 すると、期せずして、その背中に出くわした。灰色のカンフースーツに黒いエナメル質の手袋。見たことのあるいでたちだ。後ろからでも見知った人物だと判断できる特徴的な姿である。


 紛れもなく、ラオファだ。


 この界隈でいっとう金がかかる殺し屋だとのこと。ここで会ったが百年目だとは言わないし、現状、怨恨等も抱いてもいない。率直に言えば、とにかくわたしを楽しませてもらいたいというだけだ。


 わたしは彼女の背に声を向ける。


「待ちなさいよ、ミス・ラオファ」


 ラオファは身を反転させ、こちらを向いた。


「……君は誰?」

「あら。こないだあったばかりなのに、ご挨拶ね。もう忘れたの?」

「……ターゲット以外に興味はないから」

「ともあれ、お生憎様。わたしは興味があるの。加えて、街の安寧を願う者としては、ここらでそろそろ、貴女を駆逐しておきたい」

「……ふぅん」


 ラオファが銃を向けてきた。いっぽうで、わたしは懐から抜き払ったオートマティックを静かに地面に置いた。


「ほら、これで丸腰よ。だから貴女も飛び道具はナシにして」

「……君は馬鹿?」

「馬鹿じゃないわ。探偵よ」

「……探偵?」

「あるいは撃ってくる? 当たるつもりはないけれど」


 ラオファが発砲してきた。消音器付き特有のぱすぱすという物静かな音が鳴る。その時にはもう、わたしはサッと右へと動き、射線上にはいない。さらに銃弾から逃れるべく、左右にステップを踏むなり上半身を屈めるなりして、ランダムに動く。まもなくして蹴りが届く間合いまで詰めた。界隈一の殺し屋相手にやるじゃん、わたし。


 銃を弾き飛ばしてやろうと考えて下から上に右足を蹴り上げたのだけれど、素早く手を引かれ、かわされてしまった。左手のアッパーを突き上げてくる。最小限のスウェーバックでギリギリ避けた。やっぱりやるなあと思う。裏を返せば、これほど愉快な手合いはいない。


 ラオファは後ろに飛び退き、距離を取った。


「……やる、ね」

「そろそろお見知りおきいただけるかしら」

「……僕の仕事を邪魔するようならるよ?」

「何度も言わせないで。わたしは貴女のことを盛大に邪魔してやりたいのよ」

「……何か『フー』に恨みでもあるの?」

「ないわ。それにしても、いいの? 貴女ほどのやり手が、一組織の殺し屋を請け負っているだなんて」

「……金は武器だ。力だ。神様よりはよっぽど信用できる」

「あら。それが貴女のプリミティヴな考え方? 意外とつまらない女なのね。そういうふうに思考するニンゲンがどういった性質を有しているのか、言い当ててあげましょうか?」

「……経験則?」

「プロファイリングよ。貴女は幼児期に親から折檻を受けた。違う?」

「……覚えてない」

「嘘よ。記憶から消し去りたいのはわかるけれど」


 ラオファはこちらに目を寄越したまま、腰の後ろに付いているらしいホルスターに拳銃をおさめた。


「……君はうっとうしいんだね」

「続けましょうよ。どちらかが死ぬまで」

「……金は武器だと言ったよね?」

「ええ」

「……金は力だとも言った」

「ええ、そうね」

「……今夜の仕事は済んだわけだから、僕は君の相手なんてしたくない」

「わたしがファックして欲しいって言ってるのよ」

「……金にもならない。得もない。だから僕は、やっぱり逃げようと思う」


 くるりと身を翻し、ラオファはこちらに背を向けた。


「こら、待ちなさいよ! これだけこっちを熱くさせておいて逃げる気!」


 何も答えなかったラオファである。タタッと向こうに走り去った。


「ま、わたしが勝手に熱くなってただけだけど」


 前方の暗闇の中から、人影が現れた。ぼさぼさ頭に年季の入ったこげ茶色のトレンチコート。ミン刑事だった。わたしは地面から銃を拾い上げ、それを脇の下のホルスターにおさめた。


「ミン刑事、どうしてここに?」

「偶然だよ。酔い覚ましがてら、ここらを歩いていた。まったく、えんがあるぜ、おまえさんとは」

「女とすれ違いませんでしたか?」

「すれ違った。灰色のカンフースーツをまとった女と、だ」

「ラオファですよ」

「ほぅ。それは興味深い。やっこさんの顔を見た警察官は、俺が初めてかもしれねーな。次にツラを拝んだ時には、問答無用でぶっ放してやることにしよう」

「だけど」

「だけど?」

「あの女はわたしが仕留めるべき相手です」

「殺し屋なんて誰が沈めても同じだろうが?」

「因縁じみたものを感じるんですよ」

「因縁?」

「はい。恐らく、わたしにしか彼女をることはできない」


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