21.『老人と馬』 21-1
おぉ、馬だと驚いた。街中の大通りで信号が変わるのを待っているのである。
青になると、馬は交差点を渡った。再び路肩を歩きはじめる。その動きはゆったりとしている。まるで我が物顔。悠然と道を行く。堂々としている様がとてもカッコいい。
ここ『開花路』で暮らし始めて長いけれど、馬が歩いているところなんて初めて見た。
無意識にと言っていい。気付けばわたしは鹿毛の馬の真横に並び、その上に跨っているごましお頭の老人に声をかけていた。
「すごいすごいっ! 馬なんて初めて見ました!」
老人はが馬を止めた。
車道をひっきりなしに車やバイクが通り過ぎるのに、やはり馬はまるで気にする素振りを見せない。凛々しくて、優雅なのだ。本当にカッコいい。
馬に乗っている老人は、眉間に深く皺を寄せ、険しい顔で見下ろしてきた。
「興味があるのはわかったが、わしも馬も珍しがられようなどとは思っておらん」
「でも、カッコいいです。すごいですね! 馬ですね! このあたりで飼っていらっしゃるんですか?」
「まあな」
「大きいですね!」
「世の中には、もっと大きな馬もいるがな」
「お願いがあります。うしろに乗せていただけませんか?」
「はあ?」
「馬に乗るのが、わたしの一つの夢なんです!」
「前だろうがうしろだろうが、こんな街中で素人を乗せてやるわけにはいかん。ともすれば危険だからな」
「じゃあ、おうちにお邪魔してもよろしいですか? もっとじっくり馬を見たいんです」
「つくづく変わったことを言うお嬢さんだ」
「すごいすごい! 馬だ、馬だーっ!」
わたしはぴょんぴょんと飛び跳ねたのだった。




