20.『爆弾魔の終わり』 20-1
わたしは「お変わりはないですかあ?」、「依頼があれば請け負いますよぉ」と言いつつ、午前中の日課である外回りに精を出していた。何も頼み事をされないことはちょっと寂しい。
だけど、ご主人様だった、いや、今でもご主人様であり続けているマオさんの台詞を思い出すと、寂しいだなんて言うわけにはいかない。
「探偵の仕事なんてない方がいいんだよ」
確かにそうだ。街が平和であることに越したことはない。
中華料理屋に寄って、外の屋台で昼食に麻婆豆腐を食べた。好物である。中でもカシューナッツが大好きだ。取って置いて、最後にまとめて食べるという習慣がある。厨房まで進み、皿を返すと、「今日も美味しかったです」と述べた。「わざわざすまないね。空いた皿くらいこっちで片付けるのに」という返答があった。美味しいものをいただいたのだ。食器を返却するくらいは礼儀だと思う。
「今日も儲かっているみたいですね」
「ご覧の通り、満員だ。嬉しく思っているよ」
「麻婆豆腐は売れますか?」
「いや、ラーメンが良く出るよ。麻婆豆腐はちと割高だからな」
「ラーメンとライスを頼んだら、おなかいっぱいになりますよね」
「だから、ガテン系のあんちゃん達には需要がある」
「気持ち良く商売を続けられることを祈っています」
「祈るか。時々思うんだ。メイヤちゃんって、いつもなんだか大げさだよな」
わたしは頬を膨らませた。
「いけませんか?」
「いけないだなんてことはないよ。いつも綺麗にたいらげてくれて、ありがとうな」
「また寄ります」
「そうしてもらえると嬉しい」
店をあとにした。口の端を指先でこする。麻婆豆腐の汁が付着した。これはみっともないと考えてハンカチを使って口元を拭った。それが間違いだった。真っ白なハンカチが赤い液体で汚れてしまったからだ。あちゃあと思う。ジャケットのサイドポケットにはポケットティッシュが入っているというのに。迂闊だった。この分だと、ハンカチは入念に手洗いしなければならない。完璧な女性でいたいのに、わたしはどこか抜けているんだよなあという思いを新たにした次第である。
街の大通りを行く。ことのほか知り合いが多いわたしである。あちこちで足を止め、友人と他愛のない世間話をする。ここ、『開花路(ロ』において、それほどまでに顔が行き渡っているのだなあと考えると、なんだか誇らしく、また嬉しい気持ちになる。この街は紛れもなくわたしのホームグラウンドだ。
そんなことを考えながら歩いていたのだけれど、本当に突如として、十メートルほど先のマンホールが爆発音と共に宙を舞った。二十メートルは浮いた。
咄嗟にわたしは「危ない!」と叫んでいた。だけど、突然のことなので市民はなすすべもなく、そのうちの一人の頭にマンホールが直撃した。
わたしはうつぶせに倒れた被害者に急いで近付いた。男性だ。白髪頭のてっぺんが血の色に染まっている。動かしていいものかどうかと迷った挙句、そっと仰向けにした。意識があるかどうか確かめた。幸い、不運に見舞われた老人は気を失ってはいないようだった。
「な、なんだ、いったい……」
「地下で爆発が起きたものだと考えられます」
「痛いよ。わしはここで死んでしまうのか……?」
「考え過ぎです。そんなことはありませんから」
ケガの具合はわからないけれど、わたしは「大丈夫ですよ、大丈夫」と老人に声をかけた。それから、「誰か救急車を呼んでください!」と大声を出した。
近くの公衆電話のボックスに、女性が飛び込んだ。どうやら取り乱すことなく事実だけを伝えてくれたらしい。やがて救急車が訪れた。
車に乗せられる際、老人が声をかけてきた。
「なあ、おねえさんや、わしは本当に大丈夫なのか……?」
「ですから、大丈夫ですよ。意識は、はっきりしていますから」
「まったく、運がないな……」
「突然、マンホールが飛び跳ねたんです。仕方ありませんよ」
多分、問題ない。骨折しているかもしれないし、打撲であったとしてもしばらく痛みは消えないはずだ。いくらかの縫い傷も残るものと考えられる。けれど、命に別状はないだろう。
わたしは公衆電話から病院に連絡をしてくれた女性にお辞儀をした。
「ありがとうございました」
「いえ、そんな。できることをしようと思っただけです」
「だけど、ありがとうございました」
「ケガを負われた方はお知り合いなんですか?」
「いいえ。まったく存じ上げません」
女性は頬を緩めて見せた。
「貴女は勇敢なんですね」
「ヒトとして当然のことをしたまでです」




