19-4
三日後の午後、絵描きのもとを訪れた。相変わらず寂しい路地で店をやっている。執拗に殴られたせいだろう。顔はでこぼこだ。なんとも痛々しい。
「大丈夫?」
「まだちょっと痛いですけれど、平気です」
「さすがに、今日の商品は少ないわね」
「それでも一所懸命描きました」
「うん。そうだと思う。どれも良く描けているように見えるから」
「以前にも言ったかもしれませんけれど、本当は油絵を描きたいんです。でもお金がかかるので」
「スケッチも素敵だわ」
「そう言っていただけると、なんだか報われます」
絵の隅は石ころで留められている。風で飛ばないようにするためだ。そんな貧乏な絵描きを、わたしは少し愛おしく思う。
「一枚、いただけるかしら」
「いいんですか?」
わたしは懐に手を忍ばせ、長財布を手にすると、一万ウーロン支払った。
「こんなにいただけません」
「いいのよ。貴方の絵には、それだけの価値があると思うから」
「本当に、ありがとうございます。それで、どれがご希望ですか?」
「そこの丸まっている猫の絵がいいわ。とっても可愛らしいから」
「ありがとうございます」
「そういえば、聞きそびれていたわ。以前、飼っていた黒猫は死んでしまったと言っていたわよね?」
「はい」
「だったら、このモデルの猫は新参者?」
「そうです。でも、飼っているのかと問われると、それは微妙なところなんです」
「どうして?」
「朝から出掛けて、夜になったら戻ってくるんです。ひょっとしたら、ただご飯を食べに来ているだけのことかもしれません」
「それでも毎日やってくるのは、きっと貴方が優しいからよ」
「そうでしょうか?」
「猫好きにわるいヒトなんていないっていうのが、わたしの持論。それにしても、貴方の恋人が亡くなってから、もう二年も経つのね」
「当然ですけど、毎年、花を手向けています」
「今度、わたしも連れていってもらっていいかしら」
「だけど、お忙しいのでは?」
「そうでもないの。そして、例え忙しくても、お墓参りはしたいの」
絵描きの恋人は、盲目だった。常に杖で前を探りながら歩いていた。そして、赤信号であることに気付かずに横断歩道を渡ろうとして、車に撥ねられ、救急車で病院にまで搬送されている途中で亡くなってしまった。どうしたって悔やまれる。車にぶつけられて地面に転がった様子が、容易に想像できてしまうから。
帰り道。近所の『画商』で木枠の額縁を入手し、『金物屋』でフックを購入し、『雑貨屋』で細い縄紐を買った。それらを使って、早速、猫が丸まっている様子を描いた絵を壁に飾った。
宝物が一つ、増えたような気がした。




