18-3
わたしはテープを手に『電気屋』を訪れて、「ビデオデッキはありますか? VHSです」と尋ねた。
故障した洗濯機の面倒を見ていたらしい店の主人は、額の汗をタオルで拭うと、にっこりと笑った。
「ビデオデッキが入用かい? メイヤちゃんなら安くしとくよ?」
「いえ。ごめんなさい。わたしはこのテープの中身が見たいだけなんです」
「そういうことなら、ウチに上がっていくといい。ビデオを見れる環境は整っているから」
「さすが『電気屋』さんですね」
「まあ、そうだよな。はっはっは」
奥の間に通されて、ちゃぶ台につくと、奥様が麦茶を振る舞ってくれた。彼女はわたしの正面に座り、にこにこと笑みを向けてくる。わたしも笑顔を返し、それから「いただきます」と言って、ガラス製の小さなコップに口を付けた。
「いつ見てもメイヤちゃんは綺麗だねぇ」
「そうですか?」
「ほっぺの傷を気にしているのかい?」
「気にはしていません。気にしてもしょうがないですから」
「立派だねぇ、メイヤちゃんは」
「そう言っていただけると、照れてしまいます」
「ああ、ごめんね。ビデオが見たいんだったね。長居は無用だね。おばさんはさっさと退散するからね」
「どうせ大したものじゃないと思うんですけれど」
「大したものかもしれない。とにかく、まずはメイヤちゃん一人で見たほうがいいよ」
「お気遣い、感謝します」
「いいんだよ」
そう言うと、奥様は腰を上げ、階段をのぼって、二階に姿を消した。それをしおに、わたしはテレビとビデオの電源を入れ、テープをデッキに挿入した。まもなくして映像が始まった。
驚いた。だって、まだ幼いわたしと若い母が映っていたから。
わたしはにこにこと笑っている。目の前には大きなホールケーキ。イチゴがたくさんのっている。
ケーキに立てられたろうそくの火を、わたしは勢い良く息を吹き掛けて消した。母が拍手をする。恐らく父が撮っている映像で、わたしはやはり満面の笑みを浮かべている。
撮影者が母に変わった。まだ四つやそこらのわたしの肩を父が抱く。
お母さんが「はい、チーズ」と言った。父は「動画なんだから、はい、チーズはないだろう」と笑った。
父は「メイヤは本当に可愛いなあ」と言い、「目に入れても痛くないってこのことだよ」と続けた。「目には入れないよ?」と答える無邪気なわたしがいた。
父が「メイヤ、誕生日、おめでとう」と楽しげな口調で言った。母の「本当におめでとう」という声も聞こえた。そこで映像が途切れた。きっと両親は撮影をやめて、わたしと一緒にケーキをほおばったのだろう。
わたしにもこんな当たり前の時間があったのだと思うと涙が溢れた。
父がいなくなってしまったせいで、家族は崩壊してしまった。彼にとって、わたしと母の何が不満だったのだろう。そう考えると、さらに涙がこぼれた。
父のことがゆるせないことは変わらない。だけど、とにかくわたしには父がいる。
父が戻ってきて、また一緒に暮らしたいと言えば、わたしはどうするだろう。いや、きっとそんなことはあり得ないと思うのだけれど。
わたしはわたしと母を捨てた父のことがゆるせない。どうしたって、ゆるせないのだ。
「お父さんの馬鹿…」
思わずそう、言葉が漏れたのだった。




