17.『二度殺した』 17-1
ミン刑事に現場に呼び出された。場所は洒落た外観のアパートの一階。
「どうしてわたしを召喚しようと?」
「最近、どんな事件に出くわしても、もう一つ、身が入らねーんだよ」
「というと?」
「それだけ狼の動向に関する優先度が高いってことだ」
「プライオリティついては、わたしもそう考えているつもりです」
「そっちは俺に任せておけ。この街に舞い戻ってくるようなら、必ず殺してやる」
「それは何度も聞きましたけれど」
「言ったろ? 俺はもうとっくにキレちまってるって」
「わたしの頬と背中の傷は、もはやトレードマークです」
「そうは思わないニンゲンのほうが、ずっと多いんだよ」
一週間もの間、部屋の住人である女性は職場に姿を見せなかったとのこと。そこでミン刑事が呼ばれ、彼はアパートの管理人らとともに中へと踏み込んだ。そしたら、首吊り状態の女性と対面することと相成った。玄関の戸は施錠されていなかったらしい。
首には縄紐の痕跡が二つあった。一つは首の根元あたり、もう一つは喉仏のあたり。絞殺された上で吊るされたということなのだろう。となると、ある意味、二度殺されたということになる。やりきれない話だ。
そのあたりの事実をわたしに説明し終えたミン刑事は、「とまあ、そんなわけで、だから紛れもなく殺人だよ」と述べた。それから「ひょっとしたら、犯人はあくまでも自殺に見せ掛けたかったのかもしれないが、そうでないことは死体を観察すればすぐにわかることだ」と続けた。
絞殺、あるいは首吊りで亡くなった場合、全身の筋肉はやがて弛緩し、よって被害者は糞尿を垂れ流すものだと耳にした覚えがある。実際、部屋の中にはなんとも言い難い汚臭が漂っている。そういった点も含め、見るにたえないさまだったから、ミン刑事は遺体をとっとと片付けさせたのだろう。
「殺人だとすると、誰が犯人なんでしょうか」
「そのへんがわからんから、おまえに調べろと言っている」
「ミン刑事の依頼なら受けようと思います」
「その意気だ」
「被害者に恋人はいなかったんでしょうか?」
「恋愛関係のもつれが動機じゃないかと疑っているってことだな?」
「はい」
「しかし、そうじゃないんだよ」
「被害者に恋人はいなかった?」
「ああ。ただ、文通をしていたようだ」
「文通、ですか」
「マガジンラックに幾つも手紙がある。消印を見て、文通相手の男がこの街の住人であることはおのずと知れた」
「そんな近距離にいるにもかかわらず、文通だけで済ませていたんですか?」
「いや。時には電話で話をする間柄だったらしい。仏さんを観察している最中に、偶然、コールがあってな。出てみると文通相手の男だった。そいつから、すべてを聞かされたというわけだ」
「ふーむ」
「なんでも訊いてみろ。知っている限りの情報は提供してやる」
「犯人は殺害後、どこにどうやって被害者を吊るしたんでしょうか?」
「上に梁があるだろう? それを利用して、吊るされていた」
「梁が設けられたアパートなんてそうそうありませんね。デザイナーズのアパートなのでしょうか」
「恐らくな」
「文通の相手はシロなんですか?」
「現状、どう勘案しても、そういうことになる」
「なるほど」
「それでもやっこさんから洗ってみるか?」
「そうするしかないと考えます。何か事情を知っているかもしれない人物がいるとするなら、それは文通相手の彼でしょうから。名前と住所は?」
「どの封筒の裏にも記されている。ご丁寧なこった」
「速やかに動きます」
「ああ。そうしてやってくれ」




