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16-5

 翌日の午後。


 わたしの事務所を訪れた政治家先生、ヨウ議員は、ソファの上でやはりへーこら頭を下げて見せた。


「助かりました。ありがとうございます。娘が返ってきて、これほど幸福なことはありません」

「貴方を揺すっていた組織は特定出来ましたか?」

「出来ていません。ですけど、いいんです。娘が戻ってきてさえくれれば。これで法案が通るのを、なんの憂いもなく見届けられます」

「何よりです」

「ええ、ええ。それはもう」

「でも、法案を主に推し進めた貴方は、この先もヤクザに狙われると思います。復讐を受けるのではないかと考えます」

「ボディーガードを増やします。それでダメなら、潔く殺されるしかありませんね」

「そこまで腹を括っていらっしゃる?」

「暴対法は私にとって最優先事項なんです。といっても、いきなりこの街のシステムそのものを変えられるとまでは思っていませんが」

「この街はヤクザの巣窟だと言っても過言じゃありません。それでも、なんとかしてどうにかしてやろうという議員の存在は頼もしく感じます」

「そのご意見を市民の総意として受け取りたいものです」

「話は変わりますけれど、報酬をいただけますか?」

「当然です」


 ヨウ議員が後ろに控えているボディガードに「おい」と声を掛けた。黒いサングラス姿の彼はテーブルに小さな風呂敷包みを置いた。開けて中を見せる。帯がされた札束が三つ。すなわち、三百万ウーロンある。


「足りないとおっしゃられるのであれば、都合をつけます」

「充分です。むしろ、割のいい仕事だったと言えます」

「探偵さんは素晴らしい。また何かあれば、相談にのってやってください」

「そうならないことを祈ってます」

「ところで……」

「はい?」

「左の頬の傷は、どうされたんですか……?」


 またかと思う。適当に、「ちょっとしたことがあったんですよ」と答えた。

 ヨウ議員は「わかりました」とだけ言って、席を立った。


「重ねてになりますが、今後も何かあれば、また依頼をさせていただくかもしれません。その際にはご協力いただけると幸いです」

「ですから、二度とお会いしないで済むことを祈っています。貴方に幸あれと申しておきます」

「貴女はことのほかできた人物であらせられるようだ」

「わたしはただの探偵ですよ。大したニンゲンじゃありません」


 一人になったところで、改めて、ミカミのことを思い出す。本当に面白い男だった。迷いも見せずに匕首を突き出してきた様は素直に評価できる。


 そういえば、ミカミの組織、『グウェイ・レン』は『フー』の直参だと話していたっけ。でもって、『虎』は彼のことを持て余しているようなことを言っていたっけ。


 ヤクザという枠に収まりきらない、そんなヤクザがいてもいい。

 そう思う。


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