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16-3

 夕方。捜索がてら街歩きをしている最中に、とある大通りでユアンのことを見つけた。「どけよ、コラ。俺はヤクザもんだぜ?」的なオーラを存分に発しながら、偉そうに歩いてくる。彼の左肩に、わたしは左の肩をどんとぶつけてやった。


 ユアンは「どひゃあっ」と大げさな声を上げながら、しりもちをついた。


「な、何すんだよっ! って、う、うぁ、メイヤじゃねーか」

「アンタ、貧弱すぎ。肩が当たったくらいでへたり込むとか」

「俺はおまえほど頑丈にゃあできてねーの。体幹鍛たりしてねーっての」

「体幹だなんて、難しい言葉を知っているのね」

「馬鹿にすんなよな。つーか、手ぇ貸せよ」

「嫌」


 わたしはユアンの背中を蹴って、早く立てと促した。立ってもバシバシおしりを蹴りまくる。「いててててて、いてーっての!」とか言いながら、蹴りから逃れようとする彼である。まったく、男をいたぶるのは面白い。


「それで、なんだってんだよ。用があるから俺に突っ掛かってきたんだろ?」

「そういうこと。ねぇ、暴対法って知ってる?」

「知ってるよ」

「あら、意外」

「俺だっていっぱしのヤクザだからな。アンテナくらいは張ってるんだよ。シノギの締め付けを厳しくしてくれるような法案には文句の一つも言いたくなるってもんだ」

「じゃあ、暴対法を主導した人物については?」

「それも知ってる。ヨウっていう議員さんだろ?」

「そのヨウさんの娘がさらわれたらしいのよ」

「は? マジか?」

「嘘を言ってどうするの」

「娘をさらった、か。闇献金疑惑を持ち出したヤツらがやったってことか?」

「恐らくね」

「でも、法案はもう通るのを待つだけだって聞いたぜ?」

「その通り。それは手を下した連中も充分わかってるはず。だから議員の娘をさらうっていうのは、法案を取り下げさせたいわけじゃなくて、単なる復讐だろうってこと」

「始末がわりーな」

「アンタなんかでもそう思うの?」

「家族とはいえ、無関係なニンゲンだ。そんなヤツを巻き込むだなんて、気持ちのいい話じゃねーよ」

「つまるところ、何も知らないのね?」

「知らねーけど、少なくとも、俺らの仕業じゃねーよ。ボスはそんなつまらねーことを指示したりしねーから」

「ふーむ。じゃあ、ちょっと目先を変えて、『剥製屋』さんあたりから当たってみようかしら」

「『剥製屋』ってのは、ヒトをホルマリン漬けにして売りさばく、あの胡散くせーじじいのことか? やめとけよ。あんなヤツと関わるのは。気味が悪すぎんだろーが」

「だったら、『人売り屋』さんを調査すべき?」

「『人売り屋』は仕入れたもんはとっとと売り払っちまうだろうさ。そう簡単に口を割るような連中だとも思えねーしな」

「まあ、そうよね」

「『剥製屋』の手にも、『人売り屋』の手にもかかってねーケースを考えるほうが建設的だ」

「となると、例えばどこから洗えばいい?」

「人格を強烈に否定しつつ、当面の金も得ることができるっていうめでたい商売がある。木っ端チンピラなら考えそうなこった」

「それは?」

「決まってるだろ? 『娼館』だよ、『娼館』。嫌々をする女を不特定多数の男に抱かせる。それ以上の拷問があるか?」

「へぇ。意外と頭が回るじゃない」

「娘っ子の写真くらいはあるのか?」

「受け取ったわよ」

「片っ端から調べてみろよ。それで見つからなけりゃおしまいだ」

「言うわね」

「ヤクザだからな」

「三下のくせに」


 わたしは今一度、ユアンのおしりを蹴り上げたのだった。


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