16-2
向かいのソファについたヨウ議員。その背後には後ろ手を組んだボディーガードが二人。
ヨウ議員は、明るい紺地の、いかにも仕立ての良さそうなスーツをまとっている。額はすっかり禿げ上がっており、側頭部にだけ白髪が残っている。金持ちの風体だから、ファーストインプレッションは最悪。謙虚さが窺えない権力者には嫌悪感しか覚えない。
しかし、相当切羽詰まっているのか、態度自体は悪くない。暴力団対策法などという喧嘩上等的な法案を推し進めた人物にも見えない。ハンカチでおでこの汗を拭いながら、へーこらへーこらと頭を垂れてくる始末だ。
「あの、ウチの連中がお話ししたと思うんですけれど……」
「ええ。伺いました。なんでも娘さんが誘拐されたそうですね」
「そのようでして」
「暴対法とやらがおじゃんになることを先方は望んでいるわけですね?」
「ええ、はい」
「娘さんの命を第一に考えるのであれば、その旨、受け容れた方がいいと考えますけれど」
「法案はすでに私の手を離れてしまっています。あとは議会で承認を受けるだけなんです」
「やはり、もう覆せないと?」
「はい……」
「ふーむ」
わたしは腕も脚も組んだ。天井を向いてから、真向かいにいるヨウ議員に視線を戻す。彼は今にも泣き出しそうな顔をしている。男のくせにだらしないなと思う。でも、可愛い娘がどこぞの誰かにさらわれてしまったというのであれば、泣きたくなるのも当然か。
「時に、さらわれてしまった娘さんはおいくつなんですか?」
「十八を迎えたばかりです」
「十八?」
「はい。四十二の時にもうけた子でして。……いけませんか?」
「いけないなんてことはありませんよ。四十を超えてもハッスルすることはいいことです」
「ハッスル、ですか……?」
「セックスはいいものです、きっと」
「きっと?」
「わたしはまだ、したことがありませんから」
「そうなんですか」
「ええ。そうなんです」
「それで、あの……」
「娘さんのことですね?」
「はい、はいっ。なんとか見当はつきませんか?」
「無理です。わたしは未来の猫型ロボットでもありませんし」
「猫型ロボット……?」
「テレビの話です。さて、どうしましょうか」
「ですから、探していただけると助かるのですが……」
「探すといっても切り口がない。ちなみに、なんですけれど」
「な、なんでしょう?」
「娘さんは美人ですか?」
「え?」
「美人さんですか?」
「は、はい。それはもう。私には似ずに妻の美しい茶色い髪を受け継いだようで。瞳の色も綺麗なグレーなんです。ちょっと見惚れてしまうくらい……」
「オヤバカですね」
「それは、まあ、はい……」
「わかりました。探してみましょう」
「ほ、本当ですかっ!?」
「ええ」
「金に糸目はつけません。どうか、どうかお願いいたしますっ」
「それにしても」
「は、はい」
「貴方は多分、いわゆるタカ派と呼ばれる議員なんですよね? そういったニンゲンって、総じて押しが強いかたばかりだと思っていました」
「背に腹はかえられません。家族を失いたくはありません。それで、報酬は……?」
「首尾良く解決できた際に請求させていただきます」
「前金は必要ないんですか?」
「それはそうでしょう? だってわたしは、まだ何もしていないんですから」




