15-2
夜。
『キャバレー』の裏口で張っている。”シャオシャオ”という名の店だ。『四星』の経営であるらしい。以前、殺されてしまったワンロンの息子であるソウロンが所有していた店は”リンリン”といった。ネーミングセンスがあるとは言えない。なんだかパンダみたいな名前だなと思った。
黒服のゴツい男らが二人一組で店の周囲を警戒している。警備範囲を一周して戻ってきたら次のボディガードらにバトンタッチ。また新たに巡回が始まる。警護を担っているのは十人いる。来るなら来てみろという構えのようにも見える。人海戦術でのぞめば、一定の効果はあるのかもしれない。だけど、凄腕の殺し屋が、そんなこと、気にするだろうか。気にも留めないように思う。彼女は確実にターゲットを殺すべく、機をうかがっているような気がしてならない。
わたしは”シャオシャオ”の中に入った。ミラーボールが照らす中、ワンロンが上座につき、彼の正面の左右には傘下であろう組織のボス達がずらりと並び、座っている。こういう会合って、言わば顔合わせみたいなものだ。事務レベルの協議は済んでいると見て間違いない。
連絡会が終わったらしい。ワンロンが席を立った。前に進む。長達は席についたまま、彼に向って深々と頭を垂れる。
彼の近くに寄り、そっと「表から出るの?」と尋ねた。
「裏口からだ」
「裏の裏をかくつもり?」
「いや。どちらから出ても同じだ。わしの命を狙っているというのであれば、ラオファはどうあれ、見逃さない」
裏口から胡同に出た。場末の『キャバレー』ということもあって、その道幅は広くない。計五人のボディーガードがワンロンを取り囲む。彼らは一様にして懐に手をやっていて、いつでも発砲できる準備だ。物騒な話である。まあ、護衛の対象がヤクザの大親分ともなると要警戒は当然か。
なんとなく、上に目をやった。
きらりと輝くモノが目に映った。
咄嗟に、ヤバいと悟った。
そう感じてまもなく、鈍色の矢が幾つも天から降り注いできた。投げ下ろされた鉄針によって、ワンロンを取り巻くボディガードらは頭部を串刺しにされ、みな、どっと倒れてしまった。
わたしが針に見舞われなかったのは幸運だった。ワンロンに命中しなかったのもラッキーだったとしか言いようがない。彼女の存在に気付いた時にはもう遅かったのだから。
自衛すべく頭を抱えつつ、「店に入って!」とワンロンに言った。だけど、彼は逃れようとしない。彼女のことを見上げながら、まるで何か眩しいモノでも見るかのように目を細めた。
「来たか……」
ワンロンはそう呟いた。灰色のカンフースーツをまとった長い黒髪の女が建物の三階、その屋上から見下ろしている。間違いなくラオファだ。闇に合っても黒手袋がぬめりと光っている様子が見て取れた。
「建物の中に入って!」
わたしはもう一度叫んだ。ワンロンはゆったりとした足取りで、ようやく”シャオシャオ”の中へと引っ込んでくれた。さっさと歩けと思った。何せ命を狙われているのだから。
屋上からラオファは飛び降りた。飛び掛かってきた。手にはサプレッサー付きの拳銃。空中からびすびすと撃ってきたが、ランダムにステップを踏むことで、すんでのところで難を逃れた。
彼女の着地地点から少し逸れ、すかさず蹴りを一発。上手くいった。右手から銃を弾くことに成功した。
距離を取る。
ラオフアは腰から新たに鉄針を取り出す。両手の指に三本ずつ握り込み、臨戦態勢。一体、何本持っているのだろうか。
鉄針を投げ付けてきた。わたしにはその切っ先が確かに見えた。シュッシュッと左右に屈んで避けてやった。
突っ掛かってくる。
右のハイキック。いとも簡単にガードされた。ならばと次は右のストレート。それも屈んでかわされた。左のボディブローを食らった。だけど、わたしの腹筋はその程度で破られやしない。
また距離を取る。
わたしは両手を目の前に掲げ、構える。右の足をぽんぽんと地面につきながらリズムをとる。
「……誰だ、君は」
「あら。男っぽい口調で話すのね」
「……君は誰なんだと訊いているよ?」
「メイヤ・ガブリエルソン。探偵よ」
「……探偵?」
「そう。わけあって、今はヤクザの警護を担っているの」
「……死ね」
「そうもいかないわ」
ラオファが突っ込んできた。速い、滅茶苦茶。
右の腹部に拳。だから、そんなの腹筋で跳ね返すっての。左の首筋にカミソリのような手刀。だから、それくらい、かわすっての。
相手の髪をふんづかまえて引っ張り込み、顔を拘束して首相撲の格好。左と右の膝をリズミカルに脇腹に突き立てる。
両手をバッと上げて、ラオファは拘束から逃れた。ぴょんぴょんと後ろに退く。どうやら接近戦だと互角にやれるようだ。
「……しくじった」
「みたいね」
「……俺は退散することにするよ」
「私怨を買ってしまったかしら?」
「……そんなものは存在しない。依頼があれば、殺すだけだ」
ラオファはやはり異常な運動能力でもって、建物の壁を駆け上がる。わたしは懐から抜いた銃で発砲する。いずれも外れてしまったので、「んもうっ!」という悔しさに満ちた声が出たのだった。




