15.『ヤクザの大親分より』 15-1
ボディガードをつけているワンロンが事務所を訪れた。『四星』なるヤクザのボスである。彼からは以前、依頼を請け負ったことがある。息子であるソウロンの警護を担ってくれと言われた。だが、護衛の甲斐もむなしく、そのソウロンは殺されてしまった。とはいえ、たかが親分の息子が死んだというだけの話だ。わたしにとっては憂うべきことでもない。それでも若干の心残りもないのかと問われると、あると答えるより他ないのだけれど。
ワンロンは二メートル近くある巨躯。道中の車中において一服をつけていたのだろう。わたしの嗅覚がそう知らせてきた。葉巻を口にしたまま来るようなら、とっととお帰り願ったかもしれない。訪問してくるにあたって喫煙したままなんて無礼だし、そもそも我が事務所に灰皿などないのだから。
わたしはワンロンを客人用のソファに座らせてから、正面についた。お茶を振る舞ってやろうとは思わない。腕も脚も組んでふんぞり返る。ヤクザに対して礼儀正しくある必要はないと思う次第だ。
「ヤクザの大親分がなんの用かしら。というか、貴方はヒトを訪ねる立場じゃないでしょう? 部下に命令する立場じゃないの?」
「ヤクザでも礼儀は尽くす。そのへん、理解してもらいたいな、お嬢さん」
「お嬢さんじゃないわ。メイヤよ、メイヤ」
「悪かった。なあ、メイヤさん」
「何?」
「どうやらわしは、命を狙われているようなんだよ」
「敵対組織に?」
「そうらしい」
「貴方ほどのニンゲンでも、狙われるっていうの?」
「わしのような人物だから狙われるんだ。以前にも話した。恐らくはラオファだよ」
「ラオファか。この界隈でいっとう金がかかるっていう殺し屋ね?」
「そういうことだ」
「とはいえ、貴方のところにも殺し屋はいたはずよ。ヤヨイだったかしら」
「そのヤヨイが殺された。海に打ちすてられていた。彼女ほどの手練れを殺れるニンゲンは限られている。だからラオファの仕業だろうと踏んだ」
「ふぅん」
「察しが悪いのかな、メイヤさんは」
「まさか。守ってくれって言っているんでしょう?」
「ああ、そうだ」
「後ろに並んでいるデカブツ三人は役に立たないの?」
「ラオファをの姿を一目見たら、揃って腰を抜かすように思うんだよ」
「まあ確かに、ラオファって女はちょっとフツウじゃないみたいだけれど。垂直の壁を駆け上がって見せたしね」
「なんとかしてラオフアを仕留めてほしい」
「それが依頼?」
「そういうことだ」
「請け負う理由がないわね」
「あのな、メイヤさん、ウチの傘下の連中は、まだ子供らに麻薬の密売を行っているようなんだよ」
「貴方、まさか決め事を破ったの?」
「そうは言っていない。ただ、末席にある組織にまでは、そう簡単に指示が行き届かないということだ」
「それって約束を反故にしたのと同義じゃない」
「ウチの代紋を背負っているとはいえ、末端は末端だ。だから、懲罰を加えるか、看板を下ろさせるかしようと考えている。追放、絶縁、なんでもアリだ」
「その見返りとして、ラオファを消せと?」
「いけないかね?」
「『四星』のボスとして、そう言っているの?」
「無論だ。あらかじめ言っておこう。わし自身は子供にクスリを売ることは良しとしていない」
「その言葉、信じていいのね?」
「信じてもらうしかない」
「わたしに断る権利なんてないんでしょう?」
「まあ、そうだ」
「だったらいいわ。貴方のかたわらにつくことにする」
「現状、若頭に据えてやるようなニンゲンはいない。補佐を見付けるのがやっとってところだ。だからわしはもう少し長生きせにゃならん」
「ヤクザの論理なんて知らないわよ」
「いいのかね?」
「ええ、いいわ。最近、運動不足だし。そうでなくたって、修羅場をくぐっておいて損はないだろうから」
「報酬の話だが」
「いいわよ、そんなもの。お金に困っているように見える?」
「見えんな。どうしてだ?」
「色々とあるのよ。早速だけど、今日の予定は?」
「夜に場末の『キャバレー』で傘下の連中と定期の連絡会がある」
「連絡会程度だったら、事務所に呼び付ければいいのに」
「そうもいかんよ。それこそ、決め事だからな」
「ラオファは来るかしら」
「やっこさんがこちらの動きを把握しているようなら、必ず現れるだろう」
「ああ、訊くのを失念していたわ。もし貴方のことを守り切れなかったら?」
「わしを慕うニンゲンが、なんらかのかたちでメイヤさんに復讐しようと考えるかもしれん」
「そいういうのは復讐とは言わないの。とんだとばっちり」
「相変わらず、勇ましいことだ」
ワンロンは豪胆に「がっはっは」と笑ったのだった。




