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夕方になって、ミン刑事が事務所に姿を見せた。コーヒーを淹れると「すまんな」というあたりに、彼の紳士さが窺える。
「おまえと接触していたニンゲン、すなわち公安警備課一係の連中なんだが、やっこさんらはまとめて餌食になっちまったよ。くだんのシーアンって女がしでかしたんだろう」
「公安って、意外と貧弱なんですね」
「そいつはおまえが強いからこそ言える台詞だな」
「気になることがあります」
「言ってみろ」
「公安のニンゲンが狙われたのはわかりましたけれど、その周りの人達、例えば家族や親類なんかが的にかけられたりはしたんですか?」
「いや。あくまでも同僚を狙った犯行だよ。それ以外に被害はない」
「そうですか」
「無駄な手間は省きたいってだけじゃないのかね」
「シーアンはなんらかの信念を持っているように見受けられました。だから、ターゲット以外は殺らないんじゃないかなって」
「信念、か」
「シーアンは賢い人物に見えたんですよ。そうである以上、彼女には美学があるように思うんです」
「いつかどこかで狼と合流することを望んでいるのかね」
「恐らくはそうでしょう。少なくとも、彼女が狼に魅了されたことは確かでしょうから」
「狼と出くわしたことがない俺からすると、まったく合点しがたい話だよ」
「狼さんは怖かったです」
「それが本音か?」
「はい。微笑みながら、わたしのことをなぶってくれましたから。今なら負けやしませんけれどね」
「あまり無茶はせんで欲しいんだが?」
「無茶をしたくもなるんですよ」
「まあ、おまえのハイキックを食らった日にゃあ、俺だってぶっ倒れちまうことだろうな」
「けれど、わたくしめの大きな胸は邪魔なんですよねぇ」
「胸? なんだ、いきなり?」
「いえ。格闘するにあたっては邪魔なんです」
「そうかもしれんな。だが」
「だが?」
「いや、なんでもねーよ」
「ちゃんとおっしゃってください」
「だったら言うが、マオは案外、胸のデカい女が好きなのかもしれないぜ?」
「おぉ、マオさんはミン刑事にそんなことを匂わせたのですか?」
「ヤツが、んなこと、言うわけねーだろうが。ただ、シャオメイはえらくスタイルが良かったなって思ってな。さて、つまんねー話はしまいだ」
ミン刑事が席を立った。
「これでめでたくシーアンって女も指名手配だ。とっとと捕まってくれるといいんだがな」
「他力本願なんですか?」
「まさか。俺様のテリトリーを汚すようなら、必ずブタバコにぶち込んでやるよ」
「期待しています」
「任せておけと言いたいな。俺はなあ、メイヤ。こんな腐った街で、おまえみたいな女と出会えたことを、本当に良かったと思っているんだよ。神様に感謝したいくらいだ」
「でも、奥様のことも大切になさってくださいね?」
「そんなこと、当たり前だろうが。歳を食った男にはそれなりにテクニックがある。女をひぃひぃ言わせるなんて、わけないってことだ」
「ドキドキしちゃう話ですね」
「元気でいろ。それだけだ」
「わかっています」
「それじゃあな」
ミン刑事は事務所をあとにしたのだった。




