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14-2

 一週間後。


 男が事務所を訪ねてきた。覗き窓から視線を寄越したところ、「公安の者です」などと言う。わたしは戸を開け、彼を中に導き入れた。見るからにパリッとした黒いスーツを着ている。それなりにいいものなのではないか。


「名刺をいただけますか?」

「どうぞ」


 男は名刺を渡してきた。先に訪ねてきたシーアンのように取り上げることはしなかった。礼儀正しい人物なのかもしれないと思わされた。


 わたしはソファにつきつつ、名刺をテーブルの上に置いた。客人と向かい合う。


「公安のかたとは先だっておしゃべりをさせていただきました」


 あまり愉快とは言えない会話だった。そんな考えが、表情に滲んだかもしれない。


「それはシーアンという名の女ですね?」

「ええ」

「やはりそうでしたか……」

「そうであるとして、何か問題でも?」

「そのシーアンが姿を消したんです」

「そうなんですか?」

「ここ一週間、出勤していません。何せ公安です。彼女は様々な情報を握っている立場にあります。ですから、私どもも困惑しているわけでして」

「わたしを訪ねてきたのはどうしてですか?」

「シーアンと最後に接触した人物は、貴女である可能性が高い」

「何故、そういったご判断を?」

「我々にとっての一丁目一番地はなんだと思われますか?」

「そうですね。例えば、狼の一件では?」

「その通りです。この街の刑事課のニンゲンとシェアした情報を総合した上で導き出した結論なんですが、マオさんでしたか? 彼が狼を追うにあたってのキーパーソンだと、我々は踏んでいるんです」


 男が彼の名を呼ぶことには、あまり不快感を覚えない。敬意のようなものが感じられるからだ。


「そこで、マオさんを良く知るらしい貴女を訪ねることにした。その担当がシーアンだったんですよ」

「なるほど。そういうことですか」

「ええ。彼女に何かおかしな点は見られませんでしたか? なんでもいいんです。我々はそれほどまでに切羽詰まった状況に追い込まれている」

「何も述べられませんでしたよ。マオを起点としつつ狼を追おうと考えている。そんなことは匂わせていましたけれど。それで結局のところ、何がおっしゃりたいんですか?」

「彼女には嫌疑がかかっている」

「なんの嫌疑ですか?」

「狼と接触しているのではないかという嫌疑です」


 わたしは眉をひそめた。


「そんなふしがあるんですか?」

「彼女は、とあるファイルを持って消えたんですよ」

「ファイル?」

「ええ。狼に関するあらゆる情報をまとめたファイルです。無論、そこには機密的な文言も記載されている」

「ファイルのコピーはあるんですか?」

「ありません」

「いたずらに刷ると情報漏洩の危険性が生じるから原本しかないということですね?」

「はい」

「だからといって、シーアン氏と狼に接点があるというのは考え過ぎでは?」

「そうかもしれませんが、あり得ないないとは言えない以上、あり得るかもしれない」

「要するに、可能性の問題だと?」

「ええ。マオさんは我々より狼に近いところにいると考えています。周囲に聞き込みをした結果、とても有能だという話でしたから」

「優しい男だとも言っていませんでしたか?」

「評判が良かったということは幾度となく聞かされました。しかし、そういった性格は、捜査にあたって意味をなさない」

「でしょうね」

「例えば、マオさんが狼と対峙する場面にまで至ったとします。その際、シーアンは彼のことを後ろから撃つように命じられるかもしれない」

「えらく飛躍した物言いですね。しかし、わたしが知っていることをもって言うと、狼はマオのことについては一人で相手をすると思います。そこにシーアン氏が割って入る余地はないはずです」

「例えそうだとしても、万が一ってことはありませんか?」

「ないと思います」

「そうですか……」

「狼は自由です。奔放です。好き勝手にヒトを殺して暴れ回る。仮にマオが接近したとしても、彼はそれすら嘲笑うでしょう。だからといって、マオが狼を仕留められないということはないと考えます。本当に有能なんですよ、彼は」


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