13-3
翌朝。
街からは少し離れたところにある郊外の刑務所の前で待っていると、二十歳くらいとおぼしき男性が勝手口から姿を現した。手には茶色いバッグ。痩せ型で背は高くない。黒い髪は短く整えられている。
彼は歩み寄ってくるなり、「よぉ、ナナコじゃねーか。どうしたんだよ、こんなところに」と晴れやかな笑みを見せた。
それを受けて、満面の笑みを浮かべた彼女である。だけど、瞳は涙で潤んでいる。
「リンシ君、お帰りなさい」
「まあ、お帰りだわな。でも、まさか五年やそこらで出てこれるとは思ってなかったよ。俺ってば、五人も殺した殺人犯だかんな」
「きっと模範囚だったんでしょ?」
「規則正しい生活はできたよ。有意義だったとまでは言わねーけど。で、誰だよ、そっちのパツキンのねえちゃんはよ。色っぽさMAXだな。一発、世話になりてーもんだ」
「リンシ君っ」
「ジョークだよ、ジョーク。ありがとうな、ナナコ。俺みたいなヤツのことを、気に掛けてくれて」
「リンシ君は正しいことをしたの。私はそう思ってる」
リンシ君は「ぎゃはは」と笑った。
「でもナナコ、言っとくぜ。どうあれ俺はヒトを殺したんだ。惨殺だ。そんな俺がまともなわけねーだろ?」
「でも……」
「ああ。俺はシージーを貶めたニンゲンをぶっ殺したってことについては、なんの後悔もしてねー。だけどなあ……」
「何?」
「いや。殺人犯に職が用意されてるってんなら、それはヤクザしかねーだろうって思ってな」
「そんなことないよっ」
「そんなこと、あるんだ。カタギの仕事にゃ就けねーよ」
「だけど……」
リンシ君は「そう暗い顔すんな」と言い、ナナコちゃんの頭をくしゃくしゃと撫でた。「ホント、俺は何も悔やんじゃいねーんだ。悔やんでも悔やみきれねーのは、シージーが殺されちまっってことだけなんだよ」と苦笑まじりに述べた。
「リンシ君…」
「だから、泣くなっての。それで、シージーの親父さんは元気にしてるか?」
「フツウに仕事をしてるみたいだよ? でも、リンシ君に対する感謝の気持ちはたえないと思う」
「感謝はされなくてもいいんだけどな。俺が好きでやったことだし」
「でも、きっとありがたく思ってるはずだよ?」
「ともあれ、俺は立派な極道になってやるさ。墨入れてな。どうせヤクザなんて短命だろ。俺にはそんな人生がふさわしい」
「だからっ」
「なんだよ」
「私はリンシ君のこと、好きだよ? 大好きなんだよ……?」
「そっか」
「うん……」
目元をこすぎながらナナコちゃんがすすり泣いている中、わたしは「リンシ君」と声をかけた。
「おぉ、パツキン美女からのお呼びだ。なんだって聞いてやるぜ」
「本当に、後悔はないの?」
すると、リンシ君は「ぎゃっはっはっ」と笑った。
「あるわけねーだろ。シージーは、いいヤツだったんだ。ホント、なーんも後悔してねーよ。むしろ、あの五人の連中がのうのうと生きていくことが我慢できなかったんだ。だから、できるだけ残酷な方法で殺してやった。みんな揃って命乞いをした。それでも殺してやった。俺にはヤツらの死を悼むつもりなんて微塵もねーよ。ざまあみろって思ってるくらいだ」
「下手をすれば死刑になっていたのかもしれないのよ?」
「そん時はそん時だ。さあ、行こうぜ、ナナコ。おまえのことを家まで送り届けてやらなくちゃなんねー」
「リンシ君は、こんな時でもそうんなことが言えるんだね……」
「だからナナコ、泣くなっての」
「うん。ありがとう……」
「礼なんて要らねーよ。つーか、おまえも男になんか悪さをされるようなことがあれば、遠慮なく俺に言えよ? そんなヤツ、ぶっ殺してやるから」
「またそうやって悲しくて優しいことを言うんだから……」
「ぎゃはは。なあ、ねえちゃん」
「何かしら」
「アンタ、探偵かなんかか?」
「あら。察しがいいわね」
「昔から勘だきゃいいんだよ」
「その探偵を拝んだ感想はどう?」
「堂々としてて、カッコいいな。女のくせしてよ」
「女のくせにっていうのはセクハラよ」
「ああ、わりぃ」
「ウチで雇ってあげてもいいわよ?」
「そんな稼ぎがあるのかよ?」
「ええ」
「でも、やめとく。俺は俺自身で自分の道を切り開く」
「素敵な台詞ね。好きになっちゃいそう」
「だったら一発、ヤらせてくれよ」
「それはお断り」
「ぎゃっはっは。つくづく面白いねーちゃんだなあ。んで、左のほっぺたの傷はどうしたよ?」
「その点については誰に対しても黙秘するの」
「ふーん。でも、わかるぜ。なんつーかこう……大切な傷なんだろ?」
「本当に勘がいいわね」
リンシ君はまた、ぎゃっはっはと品のない笑い方をしたのだった。




