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退店。
ミン刑事を引っ張り込むようにして、彼の左腕に自身の右腕をぎゅぅっと絡み付けた。
「おいおい、メイヤ、なんのつもりだ?」
「わたしにはお父さんの記憶がありません。ミン刑事が本当のお父さんだったら良かったのにな、って」
「おまえを捨てたニンゲンはクソだ。心底、腹が立つ」
「やっぱり優しいです、ミン刑事は」
わたしは少しだけ、ミン刑事の腕にしなだれかかる。煙草の香りが鼻先をくすぐる。この匂い、嫌いじゃないんだよなあと思う。
「わたしはどうすれば恩返しができますか?」
「おまえとの間に貸し借りなんざ一つもねーよ」
「そう言ってくださるミン刑事が、わたしは好きです」
「俺の今の役割を教えてやろうか?」
「はい」
「そいつはな、マオのヤツが戻ってくるまで、おまえのことを守ってやることだ」
「わたしがどれだけ強くあっても、ミン刑事には迷惑をかけてしまうんでしょうね」
「だから、迷惑なんかじゃねーよ。俺がそうしたいから、そうしてやるんだ」
「ちょっぴり泣きたくなってきちゃいました」
「それはよしてくれ。おまえの涙なんざ見たくない」
路地を行く最中、チンピラ三人に前をとおせんぼされた。うち一人がミン刑事のことをおっさん呼ばわりし、わたしのことを置いて消えろだなんて言った。にやついた顔には嫌気が差す。
「俺の顔も知らねーのか。はっは。とんだごろつきもいたもんだ」
「んだとぉ、おっさん!」
「いいな、おまえ。先頭切ってるおまえだよ、おまえ」
「な、なんだよ」
「いいからおまえ、ちょっとこの女と喧嘩してみろ」
「は、はあ?」
「つべこべ言わずにやれってんだよ」
ミン刑事は懐からオートマティックの拳銃を抜き払った。三人に順繰りに銃口を向ける。それだけで相手らは「ひ、ひぃっ!」としりもちをつき、怯えた様子を見せた。
「チャンスをくれてやるっつってんだ。何度も言わせるんじゃねーよ。おまえ、この女をのしてみろ。そしたら、俺も考え直してやる」
「い、いいのかよ…?」
「いいって言ってる。やってみろ」
途端、一人の男が立ち上がり、「う、うおぉぉぉっ!」と雄叫びを上げつつ、襲い掛かってきた。わたしは間合いに入ってきたところで、右のハイキックをぶん回した。えげつないくらいにヒット。男は左方の吹っ飛び、背中から壁に叩き付けられた。ミン刑事が感心したように「ヒュゥッ」と口笛を吹いた。残りの二人が「ひ、ひぃぃぃっ!」と揃って悲鳴を上げる。
「やらかすなら相手を間違ってるぜぇ」
ミン刑事はしゃがみ込むと、怯え、腰を抜かしたままでいる男のうちの一人を選んで、その頬にぺたぺたと軽く銃身をぶつけた。
「わかるよな? そこでのびちまったお仲間もきちんと連れて返れよ? 俺をあんまり怒らせるな」
二人が肩を貸す格好で、三人組は慌てた様子で向こうで左折して姿を消した。
「つまらない男ばかりです」
「この街はいつだってそうだ。だからこそ、マオみたいなヤツがより映えて見える」
わたしは夜空を見上げた。満月だ。彼が満面の笑みを浮かべている様子は浮かばない。それでも、若干、目尻を下げ、口元を緩めて見せている表情は思い描くことができた。




