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12-2

 ミン刑事は「俺が出会った時、アイツは孤児だった」と切り出し、わたしは「孤児?」と問うたのだった。


「ああ。親父にもおふくろにも先立たれてな。自宅は不動産屋に押さえられ、それで孤児をやるしかなくなったんだ。当時も孤児院ってのはあったんだが、そういったもんに入れてもらおうとは思わなかったようだ」

「どうしてでしょうか」

「わからん。ただ、誰の世話にもならないっていう、やっこさんなりの意地があったんじゃねーかな。実際、ヤツは誰にも媚びようとはしなかったようだし、物乞いもしなかったそうだ。近所の『八百屋』からトマト一つをかすめ取るような真似すらしなかったらしい。だからこそアイツは、常に一人ぼっちだった」

「一人ぼっちだったっていうのは、マオさん自身が語られたんですか?」

「まさか。俺は当時のマオの状況を知っていて、だから真実を語っているってだけだ」

「確かに、マオさんなら、一人ぼっちだなんていう、言わば泣き言みたいな言葉をを口にするとは思えませんね」

「そういうこった」

「ええ」

「話を続けよう。とにかくくさいガキがいるってんでな。ひょんなことから近所のニンゲンにそう聞かされて、それでアイツと会ったんだ。腐った水の匂いがする路地裏で、両膝を抱えて座っていた。その時、俺に向けてきた目はには確かな光があったよ。生きることを諦めていない。そんな目だった」

「ミン刑事はその時、どうされようと考えたのですか?」

「強い野郎に見えたことが気に入ってな。だから、飼ってやってもいいぞって言ったんだ。ウチのせがれにしてやるのもやぶさかじゃあないってな。しかし、アイツはその誘いを拒んだ」

「何故なんでしょう」

「警察官の厄介にゃなりたくなかったそうだ。世の中の右も左もわからなかったことには違いねーんだろうが、ヤツは警察の根本が本質的に腐敗しちまっていることを本能的に悟っていた。そんな連中に面倒を見てもらうのはまっぴらごめんだ。そう考えたんだろうな」

「ミン刑事のことを頼ろうともしなかった。だったら、彼は誰を頼ったんですか?」

「誰も頼っちゃいねーよ。ただ、とある探偵に拾われた」

「とある探偵?」

「シャン・シャンシーって名のおっさんだ。アイツが何をもって拾われることを良しとしたのかはわからんが、アイツは探偵である前に、探偵の弟子だったのさ。言わば二代目なんだよ。俺はたびたび、シャンに依頼をしていた。有能だったよ。なんでも解決してくれた」

「マオさんはそのシャンシーさんを慕っていたのでしょうか」

「どこか変わっているってのがマオの特徴だ。それは今も昔も変わらん。だからシャンシーは何か面白いことを言って、やっこさんの興味を惹いたんだろう。それくらいしか、想像がつかんな」

「マオさんが二代目だということは、わたしで三代目ですか」

「そうなるな」

「察するに、シャンシーさんは唐突にいなくなってしまったのですね?」

「いなくなったっつーか、死んじまった。つまんねー話だよ。しょうもない一件に手を出して、ヤクザの怒りを買っちまって、始末された。どうにもそういうことらしいぜ」

「それで、マオさんはシャンシーさんの遺産を受け継がれた……?」

「シャンシーはその昔、金になる案件ばかりを請け負っていた時期があったらしくってな。危ない橋も渡っていたんだ。それこそ、月にうん百万と稼いでるって噂もあった。だが、マオを拾ってからは、しょうもない事件ばかりを相手にしていると話していたな。ちょっとばかし飛躍した言い方になるが、やっこさんにとって、それだけマオが可愛かったってことなんだろう」

「マオさんのご両親は、どういうかただったのでしょうか」

「聞かされたことはない。話すつもりもないんじゃないかね」

「でも、きっと、マオさんがあそこまでひねくれられてしまったのは、ご両親のせいなんですよね?」

「あっはっは。ひねくれているように見えちまうか?」

「それはもう」

「でも、アイツはいイイツだ。そんなヤツだから、おまえを傷付けた男のことがゆるせずに、そのあとを追い掛けた。そこに嘘偽りなんてないだろうさ」

「そうなんでしょうね」

「悲しいか?」

「そうではないと言ったら、嘘になります」

「だが、気持ちだけは汲んでやれ。自分がどうすべきか、またどうあるべきか、そのあたりについて考えた末の結論だったんだろうからな」

「あの」

「なんだ?」

「マオっていうのは、偽名ですよね?」

「偽名ってわけでもねーさ。母親の姓みたいだからな」

「だったら、下の名前は?」

「アイツの本名は、マキシマ・ユウキっていうらしい。飲んでいる最中さいちゅうに、ぽろっとこぼしやがった」

「じゃあ、ユウキって呼んであげたら、彼は喜ぶでしょうか」

「んなわけねーよ。どうあれその名を捨てて、マオって名乗っているわけだからな。フツウ、親から与えられた名前ってのは大切にするもんだ。だが、やっこさんに至ってはその限りじゃない。マオにとってマオって名前は、単なる識別子にしか過ぎないってことだ」

「やっぱり、悲しいんですね、マオさんって……」

「そうでもねーよ。愛するに値する女と出会えたんだからな」

「それって、シャオメイさんのことですか?」

「だよ。アイツが愛した女なんて、この世に一人しかいない」

「シャオメイさんって、どんな女性だったんですか?」

「イイ女だったさ」

「そうですか……」

「勘違いするなよ。今のおまえがシャオメイに劣っているだなんて、俺は微塵も思っちゃいねーんだからよ」

「わたしとシャオメイさんとの差異はなんだと思われますか?」

「抱かれたか抱かれていないってことじゃないのか?」

「まあ、そういうことになりますよね」

「事実は事実だ。だが、生きている以上、おまえにはまだまだ色々な可能性が残されている」

「かもしれませんけれど。ああ、一刻も早く、帰ってきて欲しいなあ……」

「背丈も伸びた。見るからに頑強そうになったし、精神的にも強くなった。そんなおまえを見たら、マオのヤツは驚くかもしれねーな」

「マオさんのビックリした顔は、ちょっと見てみたい気がします」

「ヤツに戻ってほしいというのは、俺の本音でもある」


 わたしはヘッドスライディングの態勢から上体を起こし、「ですよねっ」と声を弾ませ言った。


「ああ。なんかこう、違うんだよな。何か事件が解決して、夜、家でビールをあおっていても、何か違うんだ。マオがいねーんだって思うと、ささくれだったもんが、心の奥底に引っ掛かっちまう」

「彼はいい意味で特異性を孕んだ人物ですから。誰かの胸に、なんらかの爪痕を残してしかるべきだと思います」

「客観的にそう言えるあたり、おまえは本当に成長したな」


 そう聞かされ、わたしは微笑んだのだった。


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