10.『斜陽作戦』 10-1
ミン刑事から事務所に連絡があった。例によって、「ちょっと出てきてくれないか」という話である。「どうせそのうち、おまえは嗅ぎ付けるだろうと思ってな」というおまけの文言付きだった。住所を聞いて、電話を切った。今度はどういった事件だろうと興味がわく。相変わらず、わたしの好奇心は尽きないのだ。
現場を訪れた。とある胡同に面したアパートの四階の一室。何か事件が起きるなら、集合住宅であることが多い。この界隈で一軒家を構えていることは珍しいからだ。
入室。
まっすぐ続く廊下の向こうにヒトの死体らしきモノが見えた。ミン刑事はそのそばに立っている。黙って被害者を観察しているようだった。
わたしは彼のもとへと近付いた。
「遅くなりました。途中でちょっとした別件に見舞われて」
「別件ってのはなんだ?」
「犬を探していました」
「犬だあ?」
「小さな女のコが犬を連れて散歩をしていたんです。だけど、他の犬に構っている間にリードをはなしてしまい、それで見失ってしまったようでして。だから、一緒に探してと依頼を受けた次第です」
「その犬は見つかったのか?」
「路地で見付けました。へたり込んでいました。自分でもどうしたらいいのかわからなかったみたいです」
「解決したようで何よりだ」
「ええ。それにしても」
「そうだな。一風、変わった殺人事件だ」
まだ若いと見受けられる女性が死んでいる。レースの付いた白いブラウスに、丈のある薄紫色のプリーツスカート姿。口にはガムテープ。悲鳴を上げさせないために貼り付けたのだろう。カーテンレールには縄紐が取り付けられていて、死体は両腕をその縄紐で吊るされている。まるで十字架に磔にされたような格好だ。カーテンレールなんて、そんな頑丈にはできていない。だからアルミ製のそれは今にも外れてしまいそうである。致命傷とおぼしき痕は胸にあり、それなりに刃渡りのある得物で一突きにされたであろうことが窺い知れた。
「本当に異常な現場ですね」
「そう感じるのも無理はない」
「ただ殺害されたというだけなんですか?」
「強姦されたのちに殺されたようだ。陰部とその付近は精液まみれだよ。スカートをめくって確認してみるか?」
「結構です。強姦殺人だということさえわかっていれば問題ありません。女性の立場からすると、ちょっとゆるせませんね」
「実を言うと三件目だ」
「そうなんですか?」
「ああ。新聞でもテレビでも報道させていないのは、住民をいたずらに怯えさせないための措置だ。まあ、注意を喚起するという意味では、とっととリークしちまったほうがいいのかもしれんが。そのへん、難しいところなのさ」
「でしょうね」
「にしても、磔にするってのは、どういった意図があってのことなんだろうな」
「三件とも、玄関には鍵がかかっていたんですか?」
「ああ。一件目については恋人がいた。二件目については夫がいた。三件目については愛人がいた。各自とも当然部屋の鍵は持っていたわけだが、いずれのドアにもチェーンロックがかかっていた。だからそれぞれ通報してきたっていう寸法だ」
「で、チェーンロックを切って中に入ったらビックリ、三件とも、死体が殺されていた」
「そういうことだ」
「なるほど」
「公安が追ってる」
「公安が?」
「ああ。重要犯罪と認定したらしい」
「この街以外でも同様の事件は起きたんですか?」」
「その通りだ。今回のを含めて、計七件だそうだよ」
「そうですか。承知しました。調べます」
「えらく簡単に言ってくれるな」
「ですけど、ミン刑事は本件の捜査に混ぜるつもりで、わたしを呼んだんでしょう?」
「まあな。こんな凶悪事件について、おまえに勝手をされたんじゃたまらんからな。少なくとも、おまえが動いていると知っていれば、フォローなりなんなりできる」
「フォローなんて必要ないと言いたいところですけれど、まあ、危険が伴いそうには思いますね」
「だろうが」
「だけど、やっぱり協力くらいはさせてください。先に言った通りです。女性がターゲットにされてしまっては、、黙ってはいられません」
「おまえはつくづく強いな。強すぎるくらいだ」
「それは自覚しています」
「DNA鑑定を進めたとしても、被疑者が特定できないことにはなんともならん」
「尻尾すら掴めない?」
「ああ」
「影すら見えない?」
「ああ」
「だとすると、現行犯でしょっぴくしかなさそうですね」
「だが、それはかなり相当難しい芸当だろう?」
「そう思います」
「これは俺の勘だが、単なる強姦殺人じゃねーと思う。何が犯人の動機なのか、是非とも知りたいところだ。それにしても、いつも物騒だな、この街は」
「同感です」




