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8-2

 せっかく『ロンシンフロント』にまで来たのだ。だから、カジノでひとあそびすることにした。実は、はなからその腹積もりだったのである。

 

 貸衣装屋でいっとう高価なドレスを借りた。鮮やかな赤色。そういえば、マオさんとここを訪れた時も、露出過多なワインレッドを選んだんだっけ。


 ハイヤーを頼んで、後部座席に乗り込み、ネオンが煌々と照るカジノの前で止めてもらった。早速、ドアマンが訪れた。降車し、赤絨毯の上を歩く。入店すると、いっせいに客から目を向けられた。自らを美しいとうたうほど無駄に雄弁ではないけれど、わたしは女性として目立つことだろう。それは客観的な評価だ。男性の下半身を刺激して止まない性的な魅力に溢れていることは自覚している。


 ブラックジャックの席についた。「遊ばせてもらうわ」と言いつつ、テーブルに紙幣を置き、チップを買った。ディーラーは無言でトランプを一枚滑らせてきた。スペードのエースである。ラッキー。次のカードを待つ。またラッキー。スペードのキングだった。あまりお金を積んでいないので稼ぎは微々たるものだったけれど、幸先はいい。運は続いて、次も次も勝った。


 四戦目を迎える前に、サービスを提供してくれたディーラーにお礼の五百ウーロンを寄越してから、席を立った。ポーカーをやった。スロットもやった。いずれも勝ったのだけれど、さして満足感は得られなかった。カジノは一人で来るところではないように感じられた。ご主人様が隣にいてくれれば……そう思う。


 チップをキャッシャーで換金してから、三階のバーカウンターを訪れた。ブラッディマリーを飲んだ。今夜はこの街で一泊しようと思う。一日くらい、午前中の外回りはすっ飛ばしてもいいだろう。


 唐突に、左隣の丸い回転椅子に男性が座った。レッドアイをオーダーしようとしていた時のことだった。


 男性はバーボンのロックを頼み、運ばれてきたそれをすする。わたしはその様を横目に見つつ、「他に席は空いているわよ」と言った。


「どうせ飲むなら美しい女性の隣がいいと思って」

「わたしは見た目ほど軽い女じゃないわ」

「わかっているつもりです。立ち去れとおっしゃいますか?」

「そこまでは言わないわよ」


 男性はタキシードを着ていた。センターで分けられた髪はかっちりと固められている。若い男だ。成人を迎えたばかりように見える。目鼻立ちは整っていて、中々の二枚目ではあるものの、わたしの価値観からすると、そうイイ男には見えなかった。


「一人で遊びにきたわけじゃないわよね?」

「ええ。婚約者と一緒です。だけど彼女、バカラに夢中になっているようで」

「あまりイイ女とは言えないわね」

「そう思います」

「わたしは傷物よ。見ればわかるでしょう?」

「背中に幾つもある縫合の痕のことですか?」

「ええ。そして今は、頬の縫い傷を見て驚いている。違う?」

「幾分。でも、どれだけの傷があっても、貴女が美貌の女性であることは間違いない。むしろ傷すら美しく見える」

「とんだ口説き文句ね。そんなんじゃ、わたしはなびかないわよ。だいいち、しょうもない女だとは言え、貴方には連れがいるんでしょう?」

「けれど、貴女になら僕のすべてを差し上げてもいい」

「それも気の利いていない台詞だわ。見た目だけで判断するのも、どうかと思う」

「貴女には心に決めた男性が?」

「いるわ。遠いところに行ってしまったんだろうけれど」

「その彼はどうして貴女の前から姿を消したんですか?」

「復讐するため」

「復讐?」

「ええ、それだけよ。これ以上、話そうとは思わないわ」

「僕は自由でいたかった」

「また、いきなりね」

「自分の結婚相手くらい、自分で見付けたかったんです」

「そうすることは出来なかったの?」

「産まれる前から親に決められていたことだったので」

「わたしはそんな決まりごとを打ち破った男性を知っているわ」

「その彼は、どうしたんですか?

「給仕の女性と結婚したの」

「それはスゴいですね」

「掟は掟。だけど、それに従うだけの男はつまらないと思う」


 男は口籠り、多少、俯いた。苦笑を浮かべたように見えた。


「僕が本気で告白したとして、ならば貴女はうなずいてくれますか?」

「だから、そんな真似はしないわよ。わたしの話、聞いていた?」

「お金ならあります」

「ああ、その物言いは最悪ね。やっぱり貴方はわたしのことを見誤っている」


 レッドアイを飲み干すと、グラスをカウンターに置いた。それからわたしは「まず、僕という呼称はやめなさい。子供っぽいから」と告げた。それから男の耳にそっと口を寄せ、「貴方はただの甘えん坊よ」と、ささやいたのだった。


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