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1-2

 夜。


 いつもなら眠っている時間なのだけれど、新しいソファだからだろうか、上手いこと寝付けずに、だから外を散歩して回ることにした。非常に治安の悪いこの街において女性が一人で夜に出歩くのは、ちょっとした自殺行為に等しい。だけど、それはわたしには当てはまらない。だってわたしはメイヤ・ガブリエルソンなのだから。


 フートンに出たところで、巨大なビア樽がテーブル代わりの『立ち飲み屋』に入った。焼酎のお湯割りをひっかけた。良く顔を見掛ける肉体労働者から「もしメイヤちゃんが娼館に就職したら毎日通うぜ」と言われ、「わたしの予約はそう簡単には取れないわよ」とやり返す。チンピラ風の男から「メイヤちゃん、一回でいい、一発でいいからヤらせてくれよ」と言葉を向けられれば、「バーカ。死んじゃえ」と返してやる。昔なら「セクハラです!」と目を吊り上げ、肩を怒らせたことだろう。そう。今のわたしはもうすっかり大人なのだ。


 店をあとにし、路地をぐるりと巡って事務所に帰ることにした。


 街灯がほとんどない道中、建物の壁を背にしている人影を見付けた。近付くにつれ、若い男性だとわかった。もう少し歩みを進めたところで、知り合いだと気が付いた。売人のユアンだ。そう頻繁に顔を合わせることはないけれど、一応、知り合いではある。彼は丁寧な手つきで、おさつを一枚一枚数えていた。


 わたしはそっと忍び寄り、「わっ!」と大きな声を発した。よほど驚いたらしく、ユアンは「どひゃあっ!」と叫びながら派手にしりもちをついた。その拍子に、お札が散らばった。それを慌てて掻き集める彼である。


 ユアンが立ち上がったところで、わたしは声を掛けた。


「アンタ、何してるの?」

「今日は給料日なんだよ。それで金を数えてたんだ」

「こんなところで? いつ強盗に遭うかもしれないのに?」

「家はすぐそこだよ。そうでなくたって防犯対策はばっちりさ」


 ユアンはジャケットの前を広げて見せた。確かに左右の懐のホルスターには、それぞれ拳銃が収まっている。


「そもそも家で数えればいいじゃない」

「迂闊に持ち帰ると全部ぶんどられちまうんだよ」

「誰に?」

「かみさんにだ」

「アンタ、結婚してたの?」

「ああ。ケツの毛までむしりとるような、おっかねぇかみさんだよ。給料日は「おかえり」の前に、「金を出せ」って言ってくる。でも、全額渡しちまうと俺の趣味嗜好ってのが満たされないわけであってだな、だから八割はくれてやって、残りの二割を俺の財布におさめるって寸法だ」

「なるほど。だからここで金勘定をしていたわけね」

「小遣いが少ねーのは悲しいとこだけど、一度惚れちまったもんは、きちんと養ってやらないとな」


 えっへんとでも言わんばかりに胸を張って見せたユアンである。でも何せ小男なので、がきんちょが威張っているようにしか見えなくもない。


「それにしても、いつ見ても目立つな」

「何が?」

「ほっぺたの傷だよ」

「ああ、これね。クールでしょう?」

「見てるほうがいてーっての。誰にやられたんだよ?」

「前に内緒だって言ったわよ?」

「マオの旦那がしくじるとは思えないんだけどなあ」

「傷を負ったのは自業自得。それよりユアン、アンタの組織、最近羽振りはどうなの?」

「その質問って、探偵としての情報収集の一環か?」

「まあね」

「儲かってるよ。以前にも増してな」

「以前にも増して?」

「ああ」

「何か裏があるわけ?」

「教えてやってもいいぜ。ただし、一発ヤらせてくれたらな」

「あー、ホント、男ってそればっかり。嫌になっちゃうなあ」

「俺以外の男に抱かれてくれんなよな」

「アンタに抱かれるのもお断り。話の続き、聞かせてくれる?」

「半年ほど前からクスリのルートを増やしたんだよ」

「仕入れのルートのこと?」

「そうだ。よそからトラックで陸送するのは効率が悪い。賄賂を渡したところで、街に運び入れてもいい量っていうのは組織ごとに決められちまってるからな」

「そうやってかみはバランスを取ってるのよ。流通量を制限することで街の現状を維持している。でも、より良い環境を作るにあたってはずっとサボタージュ。やっぱり多くの警察官は腐っていると言うより他にないわね」

「んなこと今更説明されるまでもねーよ。俺達からすれば、とにかく金が得られればいいんだ」

「それで、そのルートっていうのは?」

「実はな」


 そう前置きをしてユアンが話したのは、「妊婦を使い始めたんだよ」ということだけだった。


「妊婦を使う?」

「正確に言うと、妊婦を装った女を上陸させるんだけどな」

「あー、なるほど。そういうことか」

「やっぱおまえは勘がいいな。そういうことだよ。俺が発案したんだぜ?」

「発案なんて、そんな大したものじゃないでしょ。どうせ誰かの二番煎じ」

「あんまりキツい言い方してくれんなよ。俺は昔のおまえのほうが良かったな。愛想があって、可愛げもあってよ」

「子供の時間はとっくに終わったの」

「へいへい。で、どうする? 今回は俺が引率の当番なんだよ。ちょうどこれから向かうところだ。なんだったら、現場まで見学に来るか?」

「いいの? そんなに簡単に手の内を見せちゃって」

「俺とおまえの仲じゃねーか」

「アンタと親しくしてるつもりはまるでないわよ」

「付き合いだよ、付き合い。仲良くやってりゃあ、おまえはそのうち、ヤらせてくれるかもしれねーだろ?」


 またそれかと呆れてしまった。ヤることばかりを考えているやからには軽蔑という言葉が良く似合う。


「どうよ、メイヤ。ついてくるか?」

「そうしよっかな。なんでも見ておいて損はないし」

「どこに出向こうとしているか、わかってんだな?」

「港以外にあり得ない」

「ま、それくらいはわかって当然か」

「そりゃあね」


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